第25話

文字数 3,586文字

 吉蔵と平吉が横山町へ着いた時、辰がまるで二人を待ち受けていたようにして居た。辰の姿を見た平吉は、吉蔵に分からないよう、軽くこくんと頷いた。
「辰さん、こちらは吉兄いだ」
「お初にお目にかかります。辰と申します」
「おう。吉蔵だ」
「辰さん、俺こちらの吉兄い達と一緒に仕事をすることになったんだ」
「大工の仕事をかい」
 平吉は、吉蔵に向かって、
「話しても構わないですか」
 と尋ねた。
「信用できるのか」
「大丈夫です」
「なら構わない。お頭も何だったら仲間に入れろと言っていたからな」
「はい。辰さん、俺押し込みをするんだ」
 辰は、平吉の言葉に大袈裟に驚いた。案外芝居が下手だな、と平吉は思ったが、おくびにも出さなかった。
「二人で押し込むんですかい」
 その問いに平吉が、
「いや、俺を入れて九人だ。どうだい、辰さんも十人目にならないかい」
「それだけの人数で押し込むとすれば、余程の大店を狙っているんですね」
 辰の言葉に、吉蔵が答えた。
「ああ。大人数だけにそれ相応の大店をやる。もう目を付けているんだ」
「成る程。準備は万端という訳ですね」
「ああ。お前さん、今は仕事は何をしてるんだい」
「口入れ屋で手代の仕事をやっています」
「うん、そんな仕事より雲泥の差の稼ぎが入るぞ。どうだい、平吉も言っていたが、一緒にやらねえかい」
「押し込みを、ですかい」
「ああ。不満か」
「とんでもございません。私如きの人間が、押し込みの手助けを出来るかどうか、それを心配しているだけで」
「大丈夫だよ辰さん。辰さんなら出来るって」
 芝居がかったやり取りが続いたが、吉蔵にはその辺の所は見破られなかった。
「分かりやした。お手伝いさせて頂きます」
「いい心掛けだ。断っていたら命は無かった所だったんだぜ」
 そう言って吉蔵は懐から匕首を出して見せた。辰は驚いて見せた。
「では、早速仕事場の店へ行って、今日の仕事は休むと言ってきます」
 辰の言葉に反応した吉蔵は、
「奉行所や番所に駆け込む訳じゃねえだろうな」
 と言った。
「飛んでもありやせん」
 と否定する辰を睨みながら、吉蔵は、
「嘘だと分かったら命はねえからな」
 と脅した。
「吉兄い、辰さんは信用の於ける人間です。私が保証します。信じて上げて下せい」
「平吉がそこまで言うなら信用しよう。今から行って帰って来るのはどれ位掛かる」
「へい。一刻程で」
「分かった。ならばここで待たせて貰うぞ」
「では行って来やす」
 辰は急ぎ馬喰町の伊蔵の家へ向かった。駆け足で伊蔵の家の土間に転がり込んで来た辰を見て、さえがただ事ではないなと察し、急いで伊蔵を呼んだ。
「どうした辰」
「平吉が、うまく盗賊の一味に入り込めまして。今私達の家で私の戻るのを待っています」
「何人だ」
「平吉と家で私の戻るのを待っているのは一人です」
「押し込む人数は」
「私と平吉を入れて十人になります」
「二人は仲間に入れたんだな」
「はい。平吉は完全に信用されているみたいです。それと、既に押し込む先は決まっているようでして、その辺は私も平吉もまだ聞いていませんから、押し込む先が分かるのは、これからになります」
 伊蔵は良くやったと辰を労った。辰は、さっき迄の吉蔵とのやり取りを伊蔵に話した。
「やはりお前達を目明しにして正解だったな。正治様によく言っておくよ。それと細かい事が分かったらすぐに知らせてくれ。私がいない場合はさえが代わりに聞いて置く」
「分かりやした。では余り落ち着てもいられないんで、これで失礼します」
「気をつけてな。平吉にも言っておけ」
「へい」
 辰は来た時と同様に、駆け足で去って行った。時間を見計らって横山町の家に着いた。
「戻りました」
「おう。早いじゃねえか。今日はちゃんと休みになったのかい」
「はい。大丈夫です」
「よし。じゃあ俺達の隠家へ行こうか」
 三人は横山町の家を出て、吉蔵達盗賊の隠家のある麻布赤羽橋へ向かった。隠家はそこそこ広く、元は隠宅として使われていたかの造りで、これなら大人数でも充分に暮らせるし、押し込みで得た千両箱を持ち込んで隠すにも都合が良い。これだけの隠宅を借りるだけの資金もあると言う事は、一連の盗賊である可能性が高い。辰と平吉はそう値踏みした。隠家へ着くと、早速辰が頭に紹介された。
「辰、今日からはこの方をお頭と呼ぶんだぞ」
「口入れ屋の手代か。使えそうだな。口入れ屋なら何処の店が景気良いとかの話が入って来るだろう」
「はい。いろんな話が入って来ます」
「うむ。今度はお前から何かしらの話を聞いて、押し込む先を決めよう」
「ところで、私は何の仕事を受け持てば良いので」
「金を運び出す仕事だな。お前と一緒に新しく入った平吉も千両箱を運び出して貰う」
「分かりやした」
「後、何も用が無い時はここに来ていろ。いろいろと言いつける事があるかも知れないからな」
「分かりました。お頭、今度押し入る所は決まっているんですか」
「ああ。日本橋茅場町の両替商をやる」
「茅場町ですと最近も押し込みがあった筈では。火盗改めの警戒が厳しくないですか」
「ほう。辰、詳しいな。寧ろ最近押し込みがあった近くの方が警戒が薄くなっている可能性がある。仮に火盗改めの警備が厳しくても、俺は見事出し抜いてやる。お前達もそういう事だから、安心して俺について来い」
 辰の次に、平吉がお頭と呼ばれる男に尋ねた。
「最近の盗賊は、黒い衣を残して、わざと黒衣の一党だと証拠を残してやすが、お頭は黒衣の一党なんでしょうか」
「俺は黒衣の一党とは違うが、黒い装束は着て行く。証拠として残す事もする。それより、二人共いろいろと聞いてくるが、まるで目明しみたいだぞ」
 そう言ってにやりと笑った顔が、怖かった。
「目明しだなんて飛んでもねえ。一番嫌いな仕事です。なあ辰さん」
「ああ。本当にそうです」
 二人は過度にならないよう否定した。余り過度に否定すると冗談に聞こえなくなってしまう。
「それはそうと、二人は刃物は持っているか」
「持っておりやす」
「私も」
「うん。それならいい。刃物はあった方がいい。ひょっとしたら刃物三昧になるかもしれないからな」
「刃物の出番があるんですかい」
「万が一の為だ。押し込みがすんなり上手く行けば、使う事は無い」
「すんなりいかない場合もあるんですね」
「ああ」
「これまではあったんですか」
「まるでお白洲の尋問みたいだな」
「すみません」
 辰が慌てて誤った。少しでも多くの事を知りたいと思って、少しばかり先走った。
「口入れ屋の手代しかやった事が無いもんで、余計な事を聞いてしまいました。お許し下せい」
 慇懃無礼(いんぎんぶれい)にならないように気を付けて謝った。
「まあいい。お前達酒は飲めるのか」
「はい。嗜む程度は」
「私も」
「じゃあ台所へ行って酒を取って来てくれ。お前達の湯呑も忘れるな」
 二人そろって厨へ行き、一升徳利と湯呑を持って来た。先に頭の湯呑に酒を満たす。頭が一息で飲み干す。直ぐに湯呑をみたすと、
「お前達も飲め」
 と頭が言った。
「お頭。一つお聞きしたいのですが、お名前は何と」
「又お白洲再現か」
 笑いながら頭が言う。
「いえ。滅相もありやせん」
「名を聞いて何とする」
「これは失礼致しました。余計な事を聞いてしまって」
「権藤八五郎」
「……」
「偽りの名ではない。本名だ」
「以前は何処かのご家中で」
「大名家ではあったが、ごく小さな藩だ。私の家は五十石取りの家で、そこの五男坊だった。次男坊でさえ婿養子の口はなく、よりによって五男坊になんか生まれたら、武家では立ち行かず、何処かの商家にでも潜り込まなければならなかった」
 頭は饒舌になっていた。
「では、何処かの商家にお入りになったのですか」
 平吉が訊いた。
「いや。武士にしがみ付いた。剣術で名を残そうと考え藩内の道場へ通った。十三歳でそんな事を考え、十八で目録を取った。周りは神童と騒ぎ、儂を煽り立てた。二十歳の時に江戸へ来た。勿論、自費だ。江戸では江戸藩邸に寝泊まりし、十文字流の道場へ通った。三年で免許皆伝を授かった。絵に描いたような順風満帆さだった。が、儂の人生もそこが頂点でな。他藩の者と刃傷沙汰を起こし、藩籍をはく奪され、気付けば今日に至っておる」
 平吉と辰は身を固くし、どう言葉をかけてよいのか、迷っていた。
「少し喋り過ぎたようだ。儂は横になるから、お主達は酒を持って行って自分等の部屋で飲んでいろ」
 二人は頭の言う通りにして、引き下がった。
 権藤八五郎は、昨日今日仲間に加わった人間に、何故ああまで自分の事を話したのだろうかと考えた。誰かに認めて貰いたくて必死に剣術を習った。免許皆伝まで取り、あとは剣術道場でも開けばという所迄になった。それが刃傷沙汰で全てが終わった。世間が憎かった。そのせいで酒に溺れ、ついには盗賊にまでなり下がった。いつかは火盗改めの捕縛に着くか、刀の錆になるか、覚悟は出来ていた。
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