第3章 (0) 2014年12月16日

文字数 1,223文字

 時計の針が午前0時を回った。熱い紅茶の入ったティーカップの上にスプーンを渡し、そこに角砂糖を乗せブランデーを注ぎ火を付けた。青く燃える炎をしばし見つめ、それをそのまま紅茶に沈める。こうすると紅茶にブランデーの香りが加わって味わいが一層深くなる。ここ数年気に入っているティーロワイヤルという飲み方だ。妻からは一々面倒臭くないのかと言われるが、スプーンに角砂糖を乗せる瞬間が、彫金で極小のパーツをはめ込む時の緊張感に似ていて好きだ。思えば、ジュエリーデザイナーとして就職してから早五年が過ぎていた。

 大学卒業後、就職活動は一切せず、音楽に没頭した。色々なバイトをしながら色々なバンドで演奏し、二十四で自分のバンドを結成した。作詞、作曲、フライヤー作成、HP作成、レコーディング、何でもしたが、音楽だけで食べることはできなかった。三十で音楽を諦めて、手先の器用さを活かせる職業で手に職つけようと、彫金の学校に通い、学校の卒業制作で作った作品が大きな賞を取ったのをきっかけに国際的に名前の売れた大手ブランドから声がかかった。
今年社内の技術フォーラムで初めて最優秀賞を受賞した。ジュエリーデザイナーとして目指している所にはまだまだ辿り着けないが、その足掛かりとしては大きな手ごたえを感じられた一年だった。
 
 明日までに投函しないと元日に届かないので、一昨日から重い腰をあげて年賀状を書いている。妻と今年生まれた一人息子と三人で写った写真に、HAPPY NEW YEAR 2015の文字、家族の名前に現住所、裏面の届け先住所はパソコンでプリントアウトして、一言だけ直筆メッセージを添えている。一言だけなのだが、何を書くべきか考えたりしているとどんどん時間が過ぎていく。三日目にしてようやく残り二十枚程度になった。
 仕事関係や礼儀を通すべき所は全て書き終え、残りは気心知れた友人ばかりだ。多少遅れても全く問題ない。少し気が楽になったので、気分転換に久しぶりにfacebookを開いてみた。数年前に誰かから招待されて一応アカウントは持っているが、ごく稀に友人の近況を見ているくらいで、ほとんど放置していた。
 メッセージのアイコンに1という数字が光っている。

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本橋悠紀彦                         2014/12/16 22:43
河原田久しぶり。元気でやってる?

中学2の時に、俺と本山と河原田で自転車旅行行ったじゃん。あれ2泊3日だったよね? どのルートでどこ行ったんだっけ? 浜松から渥美半島に行ってフェリーに乗った?

あの旅、俺にとっては結構思い出深いんだけど、具体的なコースとか地名が思い出せないんでもう少しハッキリと記憶を取り戻したい。覚えてたら教えて。
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