第2章 (1) サッポロ一番塩ラーメン

文字数 1,616文字

 ジリリリリリリリリリ…… 目覚まし時計の音で目を覚ました。七月二十二日月曜日午前四時三十分。いよいよ自転車旅行当日の朝になった。部屋のカーテンを開けて外を見る。流石にまだ真っ暗だ。
 出かける前に腹ごしらえをしようと、台所に行って電気を付けた。冷蔵庫の横の竹籠の中にあるサッポロ一番塩ラーメンを一袋取る。洗い場の下の棚から小鍋を出して軽くゆすいで、水500mlを計量カップで測って鍋に入れ火をつけた。途中、蓋をすれば早く沸騰するしガス代の節約にもなると母さんから言われたのを思い出して蓋をした。
 お湯が湧いたらそこにスープの粉と乾麺を入れる。説明には麺が茹で上がってからスープの粉を入れろと書いてあるけど、我が家は先に入れて麺を煮込む。そうすると味が麺に染みこんで美味しいのだ。
 茹で上がる一分くらい前に生卵を落とす。そうすることで出来上がった時に半熟のベストな状態になる。小五の時に一度だけ本橋を家に連れてきたことを思い出した。
 出来上がったラーメンを丼に移して、最後にバターを少しと味付け海苔を二枚トッピングして、付属のゴマを振りかけて完成だ。今日も完璧にできた。「超美味い! この絶妙な卵の加減がいいね。お前天才だよ。バター入れたらこんなに美味くなるのも知らんかった」そう言って絶賛してくれた本橋の声が脳裏に甦った。
 ラーメンをすすっていると、外が段々と明るくなってきた。食べ終わったら顔を洗って歯を磨いて、最後に持ち物点検をしたら出発だ。
「おはよう一亮」
父さんが起きてきた。
「おはよう」
「今日か?」
「うん」
「サッポロ一番か。たまには俺も食うかな」
 父さんは俺が使った小鍋に水を入れてまた火にかけた。そう言えばこのサッポロ一番の作り方は俺が父さんから教わった唯一の料理だ。
 父さんがテレビを付けた。ブラウン管の中ではお天気お姉さんが今日の静岡県西部の天気は終日快晴だと言っている。今日これから行く愛知県も隣なのでそう変わりはない筈だ。
「天気良さそうだな」
「うん」
「父さんが大学の頃にな、お前と同じように友達と自転車でユースホステルに泊まりながら京都まで行ったことがあった。あれから三十年近く経つけど未だにそいつらとは仲良くしている。気を付けて行って来いよ。困ったら電話しろ」
そう告げると、父さんはラーメンをすすり始めた。
「ありがとう」
 俺は食べ終わった食器と小鍋を洗って洗面所に向かった。
 洗顔と歯磨きを終えて、自分の部屋に戻ると、L.L.ビーンの登山用リュックに詰めた荷物の最終確認をした。寝袋よし、着替えよし、水着よし、レインコートよし、折り畳み傘よし、タオルよし、ティッシュよし、水筒には今から冷蔵庫に入っている麦茶を入れる。そしてウォークマン。中にはTMネットワークの【CAROL】のカセットテープが入っている。最後に財布、中身は千円札が十五枚、五千円札が一枚。そして万が一のために一万円札を一枚リュックの奥に隠してある。
 外はもうすっかり明るくなった。午前五時十五分。そろそろ出かけないと六時に本橋の家に間に合わない。居間に行くと母さんが姉ちゃんの為の朝食を準備していた。今朝はトーストと目玉焼きに味噌汁のようだ。
「おはよう、一亮」
「おはよう母さん」
 冷蔵庫から麦茶の入ったポットを取り出して、水筒に注いだ。これで準備オッケー!
「母さん、そろそろ行くね」
 母さんはガスコンロの火を止めて俺のあとについてきた。玄関に置いておいた大きなリュックを背負って靴を履く。
「気を付けてね。ちゃんと三食食べるのよ」
「わかった。何かあったら電話するから心配しないで」
 そこに寝起きの姉ちゃんが欠伸をしながらやってきた。
「あんたたち道端に落ちてるエロ本拾って読んだりしちゃダメだからね」
「うるせえブス!」
 これで高校ではおしとやかな優等生で通っているというのだから女は怖い。
「行ってきます!」俺は生まれて初めての自転車旅行に出発した。
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