第3章 (5) たそがれ渓谷キャンプセンター

文字数 1,992文字

 お爺さんの軽トラックに乗せてもらって、たそがれ渓谷キャンプセンターに到着したのは午後五時四十分だった。短い時間だったのに、俺たちは全員軽トラックの荷台の上で眠りに落ちていた。
 俺達はお爺さんに起こされトラックを降り、「じゃあな。頑張れよ」と言い残しお爺さんは颯爽と帰って行った。
「カッコいいお爺さんだったな。口数は多くないけど優しくて」
モトはすっかりお爺さんのファンになったようだ。俺も同じ気持ちだった。自力で来ていたら恐らく八時近くになっていただろう。住所くらい聞いておけば良かった。
「なんか、ちょっとの間でも寝たから元気になったな。受付に行こうぜ」
 ハユの号令で、俺たちはキャンプセンターの受付に行って、前金を払ってテントの鍵をもらった。テントの場所まではここから三百メートル程だそうだ。自転車を受付の裏の駐輪場に停めて、俺たちはテントに向かって歩き始めた。
 チェックインの時間は五時までだったのだが、スタッフの人が残業をしていたおかげで特別に受け付けてもらえた。計画書にはチェックインの時間が書かれていなかった。こういった宿泊施設にはチェックインとチェックアウトの時間が必ずあることを思いつかなかった。お爺さんに車で乗せてきてもらわなければ、キャンプセンターのスタッフが残業をしていなければと考えるとゾッとする。そもそも、モトの自転車がパンクしなくても、俺が修理キットを持っていなくても、お爺さんとは出会わなかっただろう。ラッキーだけでは片付けられない何かに導かれているようなこの感覚。これがお爺さんの言っていた「一生懸命生きていれば、困難にぶつかっても何とかなる」ということなのか。
 俺がこの奇跡に感慨深くなっている間に、ハユとモトはハイテンションで、これからの予定について話していた。「とりあえずテントに荷物置いたら探検に行こう」
そうこうしている間にテントに到着した。夏の期間だけテントが十張常設されて貸し出されている。それぞれのテントは五メートル間隔くらいで離れて設置されていて、俺たちのテントの番号は一番だった。
「ラッキー! 何でも一番はいいよな。端っこだからわかりやすいし。さっさと荷物置いて行こうぜ」せっかちなハユは荷物を投げ捨ててもう出かける気満々だ。
「俺は探検に行く元気はないから、ちょっと休んだら晩飯を作るバーベキュー場の様子を見ておくよ」
 今はとにかく脚を休めたかった。
「じゃあ俺も本橋と探検に行ってくる。暗くなるまでには戻るよ」
 二人はテントをあとにした。
 一人テントに残った俺は、とりあえずふくらはぎと太ももをマッサージした。温泉にゆっくり浸かって全身をもみほぐしたい気分だが、残念ながらこのキャンプ場には八分間二百円のコインシャワーしか設置されていない。テントの中で仰向けになって両手を挙げて伸びをした。ああ気持ちがいい。全身の疲れが抜けていくようだ……と思った瞬間、右足のふくらはぎに激痛が走った。
「イテテテテ!」
 声を上げながらテントの中をのたうち回った。その時、テントの入り口のチャックが降りてハユとモトが顔を覗きこんできた。
「お前なにやってんの?」
「助けて! 助けて! ふくらはぎが痛い!」
モトがテントの中に入ってきて、片手で俺の右足の先を持って、もう一つの手で右膝を抑えた。慣れた動作だった。
「足をつったんだよ。こうやって伸ばすと楽になってくる。サッカー部じゃ日常茶飯事だからな」
 モトに足を伸ばしてもらうと少しずつ痛みが引いていくのがわかる。これが足をつるということなのか。
「お前、俺らが戻ってこなかったらずっとギャーギャー言いながら転がってたのかよ。もうちょっと泳がしとけば良かったな」ハユが満面の笑みを浮かべている。このドS人間め。
「マジで来てくれて助かったよ。足がつったのなんて初めてだから何が起こったのかわからなかった」
「本橋が釣りをしようって言うから釣り竿を取りに戻って来たんだ。本橋に感謝しな」
「まさかお前もつりをしてるとはな」釣りと足がつったつりを掛けて上手い事言った感でいっぱいのハユは無視して「えっ、釣りなんてできるとこあるの?」とモトに聞いた。
「うん、川の区域を指定した有料のニジマス釣りがあるんだけど、本橋がその区域をギリギリ外れた下流で釣るって言ってるんだ。それってどうなのかね?」
 真面目なモトは少し心配しているようだ。
「区域外なんだから大丈夫だって。もしなんか言われたら知りませんでしたって言えばいいんだよ。エサ用のイクラも誰かが使い捨てたのを見つけたし。十粒くらい残ってるよ」
「ルール上は禁止されていないけど、かなりせこいやり方だよね」
「俺が責任持つから大丈夫だって。じゃあ行ってくる」
 ハユは上機嫌で未だ不安そうなモトを連れて行ってしまった。遠回しに止めたつもりだったのだが、ハユには伝わらなかったようだ。
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