第2章 (5) ガンバの冒険

文字数 1,868文字

 フェリー乗り場に二時二分前に戻った俺たちは慌てて切符を買った。フェリーに目をやると乗船ハッチの上を最後の乗客が歩いている。係員がハッチを閉じるための安全確認を始めた。
「やばい! すいませーん。僕たち乗ります!」
本橋が自転車に飛び乗りフェリーの方に走り出した。係員は少し不満そうな表情をしたものの、俺たちが来るのを待ってくれた。俺たちが入った直後に乗船ハッチがゆっくりと上がって、フェリーは師崎港へと出発した。
「ギリギリだったな」本橋はリュックから水筒を出してゴクゴクと飲んでハーッとため息をついた。
「河原田が時間を確認しなかったらまた一時間待ちぼうけだったね」俺も水筒の麦茶を飲んだ。
河原田は俺と本橋よりももっと疲れてぜぇぜぇ言っている。顔も真っ赤だ。「サッカー部二人と同じペースでダッシュは拷問だよ」河原田はリュックから真っ黄色なレモンティーの缶を取り出し、プルトップを引っ張った。「プハーッ! やっぱこれだよ」
「河原田、それ何本目のレモンティーだよ、お前が一番金使ってるじゃねえか。やっぱ俺も伊良湖丼食っとけばよかったよ」本橋が河原田を睨む。
「皆が甘酸っぱい物を欲しい時に一人だけ……」俺も河原田を睨む。
「いや、このレモンティーはね、次いつ買えるかわからないから、本当に疲れた時に元気になるために予備として買っておいたんだよ」俺たち二人に責められて河原田は慌てて弁解した。本橋と目が合った。本橋は今にも吹き出しそうだ。
「すぐ来ちゃったね。本当に疲れた時」俺が追い打ちをかける。
「何が予備だよ。伊良湖岬で買って伊良湖岬で飲んでんじゃん」本橋がとどめを刺した。
「面目ない」河原田が照れ笑いを浮かべた。ケンカの後味の悪さもいつの間にか無くなっていた。
 五分くらい経つとようやく河原田も回復してきたようだ。顔色が正常になった。
「河原田、師崎までどのくらいかかるの?」
「本橋、計画書読んでないだろ。四十分だよ」俺が一生懸命作った計画書を何だと思ってるんだ。
「しっかりと読んだよ。あれは感動的な計画書だった、二、三回泣いたかな」本橋は俺の気持ちに気づいたのか、おどけて誤魔化している。こいつが行き当たりばったりで人任せなのは小学生の頃から変わっていない。そう思うと、なんだか微笑ましいような気分になってきた。三つ子の魂百までか。俺はその頃と比べて変わったのだろうか。
「一番下にいるの俺たちだけじゃん。上に行こうぜ。あと三十分以上あるんだし」本橋がまた思い付きの提案をした。自転車にロックをかけて、細い階段を登って二階に行った。

「うぉーっ、海だ! あそこ見ろよ。ずっと先までなんも見えない。ずっと海だよ」
一番最初に二階甲板に出た本橋が、進行方向と逆側の渥美半島と志摩半島の間から見える太平洋に興奮している。小学生の時に朝再放送されていたアニメ【ガンバの冒険】のワンシーンを思い出した。街ネズミのガンバが、海が見たくて港に来て、船に乗って初めて広大な海を見て感動するのだ。
「本橋、お前ガンバみたいだな」
「ガンバってあのネズミのアニメの?」
「うん」
「俺も観てたよ。あ、わかったそれ。ガンバが初めて海を見る場面だろ? あれいいよな。ガンバがこれから何が起こるのか、期待と不安でワクワクゾクゾクしているのがさ。あれ観ていつか冒険に出たいって思ったもん」本橋が目を輝かせている。本橋もガンバ好きだったのか。やっぱりこいつとは気が合うのかもしれない。
「あの白熊怖かったよなあ」
「それ白熊じゃなくて、白イタチのノロイだよ」河原田がツッコんだ。
「ところで本山、ってことは俺はガンバキャラってことだよな。いいね、皆の先頭に立って引っ張る男」本橋が勝手にご機嫌になっている。
「そうだね。お前はガンバだな。言い出しっぺで勢いだけはいいのがよく似てるよ。もしくはヨイショ。体がでかくて威張っているのが似てる」
本橋は学年全体では真ん中よりちょっと大きい160センチくらい。俺はクラスでも前から二番目の148センチ。河原田はその中間くらいの身長だ。
「言うねえ本山。じゃあお前は痩せっぽちでロマンチストで女々しいシジンだな」
俺は、いつもは飄々としていて、やる時にはやるイカサマが好きなのだが、自分でもそんなキャラじゃないのは分かってる。しかし本橋はいちいちグサッとくることを言ってくる。俺だって好きで痩せている訳じゃない。大きくなりたくて毎日牛乳を最低一パックは飲むようにしているのだ。
「じゃあ俺は……」河原田も会話に入って来た。
「お前はガクシャ!」俺と本橋が同時に答えた。
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