第2章 (6) 運命の出会い

文字数 4,383文字

 師崎港には定刻通り午後二時四十分に到着した。ここから今夜の宿、美浜ユースホステルまでは海岸沿いの国道247号線を道なりにおそよ十五キロだ。
「思ったより早く到着できそうだね。四時前には宿に着けると思う」本橋に聞かれて、河原田が到着予定時刻をアナウンスした。
「よしっ、ビーチでナンパだな」本橋がヘアバンドを整えて気合いを入れている。「美女たちが待っているから急ごうぜ。俺が先頭に立ってお前らの風よけになってやる」言うや否や颯爽と走り出した。動機は不純だしヘアバンドはダサいが先頭に立ってくれるのはありがたい。俺は持久力には自信があるが、自転車の性能がかなり違うので、多分本橋が一番体力が残っている筈だ。
「俺が一番後ろを走るから、間に河原田が入りなよ」
 一番体力に不安のある河原田を真ん中にして、俺たちは海沿いを進んで行った。自転車で連なって車道を走ることに慣れてきたのだろう、本橋も河原田も堂々としたフォームになってきた。左手はずっと海で、その向こうにうっすら見える陸地は津市とか鈴鹿市辺りだろう。海を渡ったからか、フェリーに乗る前までよりも旅をしている感覚が強くなっている。一瞬両親の顔が浮かんだが、まだ初日なのにホームシックになってる場合じゃないと、すぐにかき消してペダルを漕いだ。
 何度か内陸側に入って民家が多い場所を抜けて、また海沿いに戻って来たところで、車を停めて海岸線の防波堤に座っていちゃついているカップルの前を通り過ぎた。見た感じ大学生くらいだろうか。まだ明るいのに人前でキスなんてして、ああいう人たちの感覚はどうなってるんだろう。俺もあと五年もしたら大学生になってあんな風に人前でキスをするようになるのだろうか。
「もとやまー! 戻って見物しよっかー?」俺の心を見透かしたように本橋が声をかけてきた。
「バーカ! お前こそもっとよく見ておかずにしたかったんじゃないのー?」俺が言い返すと、「胸でかかったねー」と河原田が叫んだ。
 そういうところはちゃんと見てるのな。しかもあの一瞬で。やっぱ河原田も女の胸とか気になるのか。中学生になって周りがエロい話をして盛り上がっているので、話を合わせたりはするが、手をつないだりデートしたいとは思うけど、セックスって遥か遠くの惑星のようで、オナニーさえ怖くてしたことがない自分がいつかそういうことをするのが想像つかない。
 カップルを通り過ぎてから十分以上が過ぎた。もうだいぶ来た筈だ。段々と道沿いに旅館やホテルが多くなってきた。宿泊客らしい人達もちらほら歩いている。
「この辺だと思うんだけど」河原田がそう言ったので、俺たちは自転車から降りて、自転車を押しながら美浜ユースホステルを探した。左手の建物から出てきたと思われる高校生くらいの女子三人組とすれ違った。三人共タイプは違うが粒ぞろいにかわいかった。
「今の子たちかわいかったね」河原田も気が付いたようだ。
「運命の出会いかもな」本橋も続いた。
「それは飛躍し過ぎだろ」
「そうでもないかもよ」本橋は彼女たちが出てきた建物を指さした。少し古さはあるが清潔感のある白い建物だ。そしてエントランス部分の屋根だけ赤くなっていて、そこには【美浜ユースホステル】と書かれていた。
「こんにちはー」
 エントランスから中に入って挨拶をすると、奥からジーパンに地味な茶系のアロハシャツを着た、五十歳くらいの優しそうなおじさんが出てきた。
「宿泊のお客様ですか?」
「はい、そうです」
 俺たちがそう答えると、おじさんは自転車を建物の脇に停めて戻ってくるように指示をして、受付の本棚から予約リストのファイルを取り出した。
「浜松市の中学生三人組だね。本山君、本橋君に河原田君で間違いないかな?」
「はい大丈夫です」
「では、ここのルールを説明します。あなたたちのお部屋は二階の201号室です。鍵はかけないでください。二段ベッドが二つあるのでご自由に使ってください。お部屋での飲食は禁止です。トイレとシャワーは共同です。男女別々になっているので間違えないように。夕食は七時から二階の食堂で始まります。今日は別の宿泊客もいますから、顔を合わせたら挨拶をしてマナーを守って交流してください。明日の朝は九時までにチェックアウトしてください。朝食の時間は六時から八時の間で指定していただいた時間にご用意します。何か質問はありますか?」
「他に泊まっている人はたくさんいるんですか?」本橋が尋ねた。
「ああ、今日は君たちと、高校生の女の子のグループ、それにバイクで一人旅をしている男の人だけだよ。合宿用の最大十五人泊まれる部屋があって、そこに学生たちが泊まると賑やかになるんだけどねえ」
 おじさんの説明を聞きながら、本橋の顔を見ると、こちらを見て目配せした。河原田も頷いている。女子高校生グループは絶対にさっきすれ違ったあの子たちだ。
 俺たちは先に会計を済ますと、おじさんの案内で201号室に移動した。
「じゃあ、夕食までは自由に過ごしてくださいね」おじさんは一階へと戻って行った。
「ほら来たよ。運命の出会い」本橋が切り出した。
「マジで運命の出会いかもね。男女三人ずつって出来過ぎでしょ」河原田も興奮している。
「でも、向こうに恋人がいるかもしれないぜ」
 俺は普段から、物事に対してあまり期待しないようにしているのだ。
「バカだなお前は。そりゃ俺だってあいつらに彼氏がいるかなんか知らないよ。でも、仮にいたって一夜のアバンチュールならOKかもしれないし。なんでもプラスに考えないと損するぜ」
 本橋はそう言うが、お前にも太田さんがいるじゃないか。
「モト、俺たち旅に来てるんだし、旅先での恋があってもいいんじゃないかな。実は、さっきすれ違った薄いピンクのワンピースの子タイプなんだよね。あの子絶対いい子だよ」河原田も頬を上気させて、熱弁を振っている。なんだよお前まで。
「ところで、誰がどのベッドに寝よっか?」
 二人ほど単純に旅の恥をかき捨てられそうにないので、話を変えることにした。
「俺は一番背の低い黒Tシャツの子のベッドで!」
「俺はもちろん、ピンクの子と」
 まったく、こいつらは。
「そういう意味じゃなくて、本当にどこに寝るのかって話なんだけど!」
「ああ、ここの部屋のこと? お前好きなとこ選んでいいよ」
 本橋が興味無さそうに答えた。俺は北側の二段ベッドの上の段を選んだ。うちにも二段ベッドがあって、かつては姉ちゃんと寝ていたが、俺は下の段だったので上の段で寝たことがなかったのだ。そして南側のベッドは朝日が差し込んできそうなので、ゆっくり眠れそうな北側にした。
「じゃあ俺こっちの二階。二段ベッドで寝たことないから上がいい」本橋が希望を言って、さっさと梯子を上ってベッドに横になった。そして最後に河原田が俺の下のベッドを選んだ。理由は「なんとなくこっちの方が安全そうだから」。
「どういう意味だよ、河原田!」
「ハユの斜め下の方がモトの斜め下よりも安全だということかもしれないよ」河原田が禅問答のようなことを言って、本橋を煙に巻いた。
 俺も梯子を登って自分のベッドに寝転がった。河原田は俺の下の段のベッドで胡坐をかいて本橋に話しかけている。
「八十五キロ走り切ったね」
「ああ、天気も良くてラッキーだったな。明日も同じくらい走るんだろ?」
「距離的には二十キロくらい長くなって上りは増える。明日の朝は筋肉痛になってそうで怖いな」
「河原田は二日後になるんじゃね?」
「おっさんじゃないから」
「晩飯までどうする? 昼寝?」
「寝るのはもったいなくない?」
「じゃあ、あの子たちとどうやって仲良くなるか考える」
「よろしく!」
 本橋と河原田は完全にロマンスに期待している。俺は……向こうから話しかけてきたりしたらアリだけど、自分からは行けそうにない。でも本橋たちが話しかけて仲良くなったらそれはそれで悪くないかも……って何を考えてるんだ俺は。こいつらの話を聞いているとこっちまでおかしくなってくる。
 寝返りを打ってうつ伏せになった。目の前の壁に通気性を良くする為か、横長の小さなすりガラスの窓がある。何となくその窓を開けてみた。少し風が入ってきて気持ち良い。ふと外に目をやった。おお、ここの裏がもう砂浜だったんだ。それほど大きな砂浜ではないが、結構人気があるようだ。もう四時だというのに三十人くらいの人影が見える。泳いでいるのはその半分くらいか。ユースホステルに一番近い位置に、三方がコンクリートの壁になっていて、これは公共のシャワーか……ん!?
 俺は慌てて、そして音を立てないように静かに開けた窓を閉めて、小さな声で叫んだ。
「運命の出会いだ!」
 なんと、先ほどすれ違った女の子たちが水着でシャワーを浴びようとしていた。窓と砂浜の間には松の木があり、シャワー室を隠しているのだが、奇跡的にこの窓から見下ろせる部分だけ枝がよけてくれている。
「どうした?」
「なんだよ!」
 本橋たちが尋ねてくる。ついしゃべってしまったが、独り占めしても良かったんじゃないかと気づいた時には、既にやつらも俺のベッドに乗り込んできて、それぞれが気に入っている子が浴びている時に交代で覗くことが一瞬で決まっていた。シャワーは一つしかないらしく、一人ずつ順番に入っているようだ。今は本橋が気に入っていた子が浴びている。
「やべえな。うぉっ、おっぱい洗おうとして水着ずらしてちょっとビーチク見えた!」
「ずるいよハユ。俺にも見せてよ」河原田も必死だ。
「俺のクロダイちゃんは見せねえよ。お前はお前のピンクのマダイだけな。あ、マダイが入って来た。はい交代」本橋が場所を譲る。元々は俺のベッドなんですけど。
「うわー、なんだよこれ。早速再会できるなんて。おっ、うわっ、すげっ」河原田も我を忘れて窓にかぶりついている。
「モト。来たよ。モトのマゴチが」
「誰がマゴチだよ」
 そう言いながらようやく俺も覗きこんだ。三人組の最後の一人。さっきすれ違った時には一人だけパンツルックにチェックのシャツを着ていた子だ。三人の中では一番地味だったけど、実は一番気に入っていた。水着もこの子だけ上下分かれていないワンピースタイプだ。あっ! おっぱいを洗うために少し水着をずらすことがワンピースタイプではできないことに気が付いた。てことは、ということは、もしかして、あ、あ、あ、彼女が左右の肩紐をずらした。そして胸を隠していた部分を下にずらして、豊かな白いおっぱいが露わになった。
「おい本山。お前の女もおっぱい出してんの?」本橋が聞いてきた。
「いやあ、なんか普通にシャワーしてるだけで全然動きないわ」
 そう答えつつ、彼女のおっぱいを凝視した。股間が痛い。今夜、もしあの子と話すことができたらそれだけで気絶してしまいそうだ。
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