第1話

文字数 1,192文字

街角から小林明子の曲が流れていた当時私は18歳だった。

就職をして、一人暮らしをして働いていた。

世間は好景気にわいていたけど、夜になると、置き去りにされたように感じて、孤独のあまり正気を失うのではないかと思うときがあった。私が探していたものって一体なんだったんだろう。そんな思いで生きるために働いていた。

そして、いつか誰かを愛し、愛されたいと、願っていた。

人によっては、結婚なんかしたくないって言う人もいるけど、私はずっと結婚したかった。
 
強烈な希望で胸が張り裂けそうだった。

けれども、時は容赦なく流れ、私は今も一人で、あっという間に54歳になり、結婚していないことにコンプレックスを抱いている女。

それを埋め合わせるために、仕事をしてきたようなものね。もし彼と結婚していたら。子供を産んでいたらどんな感じだったかと考える時がある。

彼と別れた後、結婚した知人から、結婚したがっている男性を紹介され、付き合ったこともあったが、この人のためならなんでもしてあげたい、一緒に人生を歩んでいきたい、そういう情熱に焦がれた人はいなかったことを認めざるをえないだろう。

なぜなら関係が終わった後に思い悩み泣いたのはあの人だけだった。それが愛にしろ憎しみにしろ、あの人に対する感情のあまりの激しさゆえに他の男の人の入りこむ余地がまるでなかったのもまた事実だ。

今さら思い出したくもなかったが、今日があの人の60回目の誕生日。過ぎた時代にこだわるのは無意味なことだが、何か言いようのないあなたへの感情が、今も私を捉えて離さない。

実は私は男性と付き合ったのは彼が初めてだった。

少しでも惹かれる男性の前に出ると、昔からいつも話すことができなかった、他の少女たちのように男の子に興味をしめさなかったので、友達には奥手なのだと思われていたが、別に奥手なわけでなく、ただ引っこみ思案なだけだった。

多少非常識かもしれないが、あの時、あなたとの恋に落ちた私は、自分の人生を生きたんだってことが分かる。私が求めていた本物の自分。そういう思いがあった。

けれども写真の中の私はちょっぴり悲しそうな顔をしてコージーコーナーのケーキを食べている。この写真は、私のアパートの部屋で彼の誕生日を二人ではじめて祝った時に撮ったものだ。その写真には、私があの時肉眼では気づかなかったものが鮮明に映し出されている。

コージーコーナーのケーキか……懐かしい。

私のアパートに来る時、彼はいつもコージーコーナーのケーキを買ってきてくれた。

夜遅くまでやっていたコージーコーナーが渋谷にあったんじゃないかしら……。

「はい、ケーキ」そう言う彼の声が今も聞こえるような気がした。

でも、私を本気で愛してくれる男性なら、妻と子供がいるはずがない。

事前にそんな説明はいらないはず。

「実は俺、結婚してるんだ」

と言った、あの喘ぐような告白。

その瞬間、私の笑顔は消えた。
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登場人物紹介

今の私

あの頃の私

そして、あの頃の彼

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