第21話「最初の人型機械」
文字数 3,147文字
レストランから出て しばらく歩いていたところで再子の意識が戻り、銃が消え去って服の返り血もなくなった。
「あ……あれ? ここ、どこ?」
先ほどまでの記憶がないのか、再子は辺りを見回して困惑する。
松岡がいないため彼を探していると、電子ウインドウが開いて正生から通話がつなげられる。
『再子、大丈夫?』
(あれ、正生なんか話し方……)
正生の声を聞いて再子は違和感を覚えるが、それよりも彼の問いかけの意味が分からず不思議そうにする。
「大丈夫って、なにが?」
『いや、さっきバグが出たんだよ。俺が倒しに行って終たちは先に避難したけど、再子がどこに行ったか分からなくてね』
「え。あ、そうだったんだ」
『これから機関に戻るから再子も合流してくれる?』
「あ、うん……ねえ、なんか正生、って切られてたし」
再子は承諾するが話し方が気になって尋ねようとした。
だがその前に通話が切られてしまって再子は眉を下げた。
悶々とした気持ちのまま、再子は機関へ行こうとする。
しかし自分の服の袖が汚れていて、怪訝そうにそれの匂いを嗅いだ。
(血のにおい……?)
再子は表情を硬くして、改めて後ろや周りを見回す。誰かと争った形跡もなく、再子は首をかしげる。
(バグに攻撃されて気絶でもしてたのかな……)
頭をモヤモヤが支配して払拭しきれないまま、機関の本庁舎へと向かった。
通話を切った正生は、笑顔のまま始へ目を向ける。
「残念ながら、君の目的は達成できなかったみたいだね」
「残念なんて微塵も思ってないくせに」と始は呆れた顔で毒を吐いた。
「さて、僕も君に胸を貫かれたからね。松岡と一緒に機関に連行するけど、それは彼に任せようかな」
正生がそう言った直後、彼の脳内に電撃のようなものが走る。
目の色が元に戻り、コードも消え去った。
頭痛に襲われて正生は頭を押さえる。
「ッ……あれ、俺なにして」
顔を上げ、始を見て襲われたことを思い出す。
電子ウインドウが開いて機関からの呼び出し通知が正生宛てに届くが、そこには〈終始と松岡幸助を連行しろ〉との指示が書かれていた。
正生はため息をついて頭をかき、再び始へ視線を向ける。
その目は酷く冷たく、嫌悪の海に彼女を沈めていた。
「通り魔事件の犯人逮捕に貢献できて嬉しいぜ」
「ふふ、それは良かった。私に謝礼金くれたりしない?」
「誰がやるかそんなもん」
正生は不愉快げに舌打ちをする。
始を拘束して彼女に松岡のいる場所を聞き出し、二人を連れて機関へと戻った。
始と松岡は、機関にある牢獄に入れられた。
両手足を鎖でつながれ、SAシステムの起動を妨害する首輪をつけられている。
境崎が始の牢屋の前に来て、冷めた目で彼女を見おろした。
「まさか、お前がこの時代に残っているとは。まあ、あの男がこの時代に生きているくらいだ。ないとは言えなかったが、ずいぶんとこの世に執着しているんだな。なあ……糸冬始 」
境崎の口から出てきた名前に、始はピクリと眉を動かす。
口元に笑みを携え、下から境崎を見つめた。
「お兄さんや、なにやら人違いをしているようだね。それはいったい誰のことかな」
「今さら隠しても意味はないぞ。お前が、サイクロプス社が最初に造った人型機械〈A#01〉であることは確認が取れている。お前の生みの親、示導終時からな」
「あのジジイ、ほんと口が軽いな」
生みの親と聞いて、心中で終時を見下すように鼻で笑った。
11v3b年の機械進化が起こる二年前、示導終時はA#02の前身となる人型機械を開発していた。
〈A#01〉とナンバリングされたその初号機は機体内に重度の欠陥があるとして回収され、二機以外は全てスクラップされたという。
その二機のうちの一つが、始だったのである。
終始――機体登録名称・糸冬始は、19v3b年(単純年数24380)から21t6x年(68080)のおよそ四万年以上も起動している機体だった。
「俺はもう、その名前は捨てたんだよ」
始は顔を背けて小さく吐き捨てた。
一つ大きなため息をつき、荒く頭をかいて境崎へ視線を戻す。
「言っとくけど、俺は最近の新型バグ発生とは無関係だからね」
「そうだろうな。だが、お前は新型バグ発生の原因に近いはずだ。俺たちに協力しろ。そうすれば解放してやる」
始は境崎の目つきを見て少し黙る。
彼女らは、まだ通り魔事件の犯人だと断定できたわけではないが現段階では容疑者である。
そんな者を罰則なく解放すれば世間からは批判の嵐が来るだろう。
しかし境崎にとってはそれよりも、新型バグの発生原因を明確にすることの方が重要だった。
「アンタ、どうせ終時とは接触できるんだろ? 新型バグについて知りたいなら、あの老いぼれの方が詳しいはずだからそっちに聞きな。ただ、対抗策なら一つは考えられるものがあるから……協力はしてあげるよ。可哀想な人間の為にも、ね」
始が煽るように言い、境崎は呆れて息を吐く。
背を向けて帰ろうとするが、始が声をかけた。
「ついでにあのジジイに伝えといてよ。『早く結晶を寄越せ』ってさ」
何のことか境崎には分からなかったが、了承の意に手を軽く振って牢獄から出て行った。
始は壁にもたれかかって壁を眺める。脳内に、昔の大切な少女の声が浮かんだ。
『私の名前はね、「澄み切った始まりの道を示す」って意味なんだよ』
黒いロングヘアを揺らし、金色の目を輝かせる。その少女は、サイクロプス社社長の娘、示道始澄 だった。
19v2z年――終時の手により人型機械〈A#01〉の一号機として、始が製造された。
製造直後はまだその名前が機体登録されておらず、最初の方は初号機と呼ばれていた。
そしてその外装は、黒髪に銀色の虹彩を持つ十代前半ほどの少年であった。
自己学習型AIを搭載しており、終時は彼を自分の娘のそばに置いた。
当時十三歳の始澄は純粋で明るい子だったが、なぜか研究施設の奥にある特殊な部屋でずっと暮らしていた。
初号機は終時に連れられ、その部屋へと来る。
始澄は明るい笑顔で、初号機を迎え入れた。
『初めまして、私は示導始澄。私の名前はね、「澄みきった始まりの道を示す」って意味なんだよ』
『始まりの道、ですか』
『うん。あ、そうだ。お父さんが君の名前決めていいって言ってたから、私が命名するね』
『はい。お願いします』
初号機は命名を待つが、始澄は「うーん」と悩み声を上げてしばらく考え込む。
少しして何かを思いついたかのように、明るい笑顔を彼に向けた。
『決めた。君の名前は、「糸冬始」!』
『しとう、はじめ……ですか?』
『うん。終時ってお父さんの名前から「終」を取って、私の名前から「始」を取る。それを合体させて、「終り始める」っていう意味だよ』
『終わりの始まりって、なんだか不吉じゃないですか?』
『うん。でも、その終わりが何かにもよるよ。「辛いことの終わりが始まる」だったとしたら、きっと始は幸せになれる。私の分まで、幸せに生きてほしいなって』
『それは、どういうことですか?』
『……私はね、地球では普通に生きていけない身体なの』
始澄は、眉を下げて悲しげに笑う。
彼女は、P$!に対して重度のアレルギーを持っていた。
地球を巡るサイエネルギーは大気中にも微量に含まれているが、そのほんのわずかでも始澄にとっては毒なのである。
専用の部屋で過ごし、抗アレルギー薬を打ち、マスクやサイエネルギー遮断器具を使っても防ぎきれない。
終時が初号機を娘に付けたのは、始澄が普通に生きていける解決策を算出させるためだった。
しかしそう上手くはいかず策は出ないまま数年が過ぎ、機械進化が起こり人間種と機械種の戦乱の時代を迎えた。
そしてそれと共に、「始」がこの世に目覚めたのである。
「あ……あれ? ここ、どこ?」
先ほどまでの記憶がないのか、再子は辺りを見回して困惑する。
松岡がいないため彼を探していると、電子ウインドウが開いて正生から通話がつなげられる。
『再子、大丈夫?』
(あれ、正生なんか話し方……)
正生の声を聞いて再子は違和感を覚えるが、それよりも彼の問いかけの意味が分からず不思議そうにする。
「大丈夫って、なにが?」
『いや、さっきバグが出たんだよ。俺が倒しに行って終たちは先に避難したけど、再子がどこに行ったか分からなくてね』
「え。あ、そうだったんだ」
『これから機関に戻るから再子も合流してくれる?』
「あ、うん……ねえ、なんか正生、って切られてたし」
再子は承諾するが話し方が気になって尋ねようとした。
だがその前に通話が切られてしまって再子は眉を下げた。
悶々とした気持ちのまま、再子は機関へ行こうとする。
しかし自分の服の袖が汚れていて、怪訝そうにそれの匂いを嗅いだ。
(血のにおい……?)
再子は表情を硬くして、改めて後ろや周りを見回す。誰かと争った形跡もなく、再子は首をかしげる。
(バグに攻撃されて気絶でもしてたのかな……)
頭をモヤモヤが支配して払拭しきれないまま、機関の本庁舎へと向かった。
通話を切った正生は、笑顔のまま始へ目を向ける。
「残念ながら、君の目的は達成できなかったみたいだね」
「残念なんて微塵も思ってないくせに」と始は呆れた顔で毒を吐いた。
「さて、僕も君に胸を貫かれたからね。松岡と一緒に機関に連行するけど、それは彼に任せようかな」
正生がそう言った直後、彼の脳内に電撃のようなものが走る。
目の色が元に戻り、コードも消え去った。
頭痛に襲われて正生は頭を押さえる。
「ッ……あれ、俺なにして」
顔を上げ、始を見て襲われたことを思い出す。
電子ウインドウが開いて機関からの呼び出し通知が正生宛てに届くが、そこには〈終始と松岡幸助を連行しろ〉との指示が書かれていた。
正生はため息をついて頭をかき、再び始へ視線を向ける。
その目は酷く冷たく、嫌悪の海に彼女を沈めていた。
「通り魔事件の犯人逮捕に貢献できて嬉しいぜ」
「ふふ、それは良かった。私に謝礼金くれたりしない?」
「誰がやるかそんなもん」
正生は不愉快げに舌打ちをする。
始を拘束して彼女に松岡のいる場所を聞き出し、二人を連れて機関へと戻った。
始と松岡は、機関にある牢獄に入れられた。
両手足を鎖でつながれ、SAシステムの起動を妨害する首輪をつけられている。
境崎が始の牢屋の前に来て、冷めた目で彼女を見おろした。
「まさか、お前がこの時代に残っているとは。まあ、あの男がこの時代に生きているくらいだ。ないとは言えなかったが、ずいぶんとこの世に執着しているんだな。なあ……
境崎の口から出てきた名前に、始はピクリと眉を動かす。
口元に笑みを携え、下から境崎を見つめた。
「お兄さんや、なにやら人違いをしているようだね。それはいったい誰のことかな」
「今さら隠しても意味はないぞ。お前が、サイクロプス社が最初に造った人型機械〈A#01〉であることは確認が取れている。お前の生みの親、示導終時からな」
「あのジジイ、ほんと口が軽いな」
生みの親と聞いて、心中で終時を見下すように鼻で笑った。
11v3b年の機械進化が起こる二年前、示導終時はA#02の前身となる人型機械を開発していた。
〈A#01〉とナンバリングされたその初号機は機体内に重度の欠陥があるとして回収され、二機以外は全てスクラップされたという。
その二機のうちの一つが、始だったのである。
終始――機体登録名称・糸冬始は、19v3b年(単純年数24380)から21t6x年(68080)のおよそ四万年以上も起動している機体だった。
「俺はもう、その名前は捨てたんだよ」
始は顔を背けて小さく吐き捨てた。
一つ大きなため息をつき、荒く頭をかいて境崎へ視線を戻す。
「言っとくけど、俺は最近の新型バグ発生とは無関係だからね」
「そうだろうな。だが、お前は新型バグ発生の原因に近いはずだ。俺たちに協力しろ。そうすれば解放してやる」
始は境崎の目つきを見て少し黙る。
彼女らは、まだ通り魔事件の犯人だと断定できたわけではないが現段階では容疑者である。
そんな者を罰則なく解放すれば世間からは批判の嵐が来るだろう。
しかし境崎にとってはそれよりも、新型バグの発生原因を明確にすることの方が重要だった。
「アンタ、どうせ終時とは接触できるんだろ? 新型バグについて知りたいなら、あの老いぼれの方が詳しいはずだからそっちに聞きな。ただ、対抗策なら一つは考えられるものがあるから……協力はしてあげるよ。可哀想な人間の為にも、ね」
始が煽るように言い、境崎は呆れて息を吐く。
背を向けて帰ろうとするが、始が声をかけた。
「ついでにあのジジイに伝えといてよ。『早く結晶を寄越せ』ってさ」
何のことか境崎には分からなかったが、了承の意に手を軽く振って牢獄から出て行った。
始は壁にもたれかかって壁を眺める。脳内に、昔の大切な少女の声が浮かんだ。
『私の名前はね、「澄み切った始まりの道を示す」って意味なんだよ』
黒いロングヘアを揺らし、金色の目を輝かせる。その少女は、サイクロプス社社長の娘、
19v2z年――終時の手により人型機械〈A#01〉の一号機として、始が製造された。
製造直後はまだその名前が機体登録されておらず、最初の方は初号機と呼ばれていた。
そしてその外装は、黒髪に銀色の虹彩を持つ十代前半ほどの少年であった。
自己学習型AIを搭載しており、終時は彼を自分の娘のそばに置いた。
当時十三歳の始澄は純粋で明るい子だったが、なぜか研究施設の奥にある特殊な部屋でずっと暮らしていた。
初号機は終時に連れられ、その部屋へと来る。
始澄は明るい笑顔で、初号機を迎え入れた。
『初めまして、私は示導始澄。私の名前はね、「澄みきった始まりの道を示す」って意味なんだよ』
『始まりの道、ですか』
『うん。あ、そうだ。お父さんが君の名前決めていいって言ってたから、私が命名するね』
『はい。お願いします』
初号機は命名を待つが、始澄は「うーん」と悩み声を上げてしばらく考え込む。
少しして何かを思いついたかのように、明るい笑顔を彼に向けた。
『決めた。君の名前は、「糸冬始」!』
『しとう、はじめ……ですか?』
『うん。終時ってお父さんの名前から「終」を取って、私の名前から「始」を取る。それを合体させて、「終り始める」っていう意味だよ』
『終わりの始まりって、なんだか不吉じゃないですか?』
『うん。でも、その終わりが何かにもよるよ。「辛いことの終わりが始まる」だったとしたら、きっと始は幸せになれる。私の分まで、幸せに生きてほしいなって』
『それは、どういうことですか?』
『……私はね、地球では普通に生きていけない身体なの』
始澄は、眉を下げて悲しげに笑う。
彼女は、P$!に対して重度のアレルギーを持っていた。
地球を巡るサイエネルギーは大気中にも微量に含まれているが、そのほんのわずかでも始澄にとっては毒なのである。
専用の部屋で過ごし、抗アレルギー薬を打ち、マスクやサイエネルギー遮断器具を使っても防ぎきれない。
終時が初号機を娘に付けたのは、始澄が普通に生きていける解決策を算出させるためだった。
しかしそう上手くはいかず策は出ないまま数年が過ぎ、機械進化が起こり人間種と機械種の戦乱の時代を迎えた。
そしてそれと共に、「始」がこの世に目覚めたのである。