第6話「異常なバグ」

文字数 4,181文字

 正生はバグの攻撃を避けながら周りを旋回し、敵の様子を確かめていた。

 少し表情が硬くなり、バグを見ながら校舎や周囲を見回しの大きさを確認する。

(なんだこいつ。ずいぶんデカいな)

 通常戦うバグは自分二人分くらいの大きさだが、いま目の前にいるバグの身長は校舎の四階に相当する。

 ここまで大きなバグを見るのは正生も初めてだった。

(まあデカくても、部分部分で四肢を破壊すればいいだけの話だ)

 正生は上昇して腕時計を斧に変形させ、バグの肩に向かって勢いよく刃を叩きつけた。

 轟音がして強圧でバグの巨足が地面に沈む。
 しかし、バグの肩に刃は刺さっておらず、バキッと斧に亀裂が入って刃が砕け散った。

「な……」

 驚きで目を見開き固まってしまう。
 その隙に、バグが振り返って横殴りを叩きつけた。

 巨大な拳が横腹を直撃し、「ゔ」と短く濁った声を漏らして横に吹っ飛ばされる。
 離れた校舎まで飛ばされ壁に叩きつけられ、正生の身体が下に落ちないほどに大きく壁が窪んだ。

 叩きつけられた強圧で一瞬呼吸が止まる。
 力が入らなくなり、壊れた斧が手から滑り落ちた。

 気道が開いた瞬間、乾いた声と共に血を吐き出す。

「げほっ、ったくよォ……デカい上にカタいとか。なに喰ったらそんなんになるんだよ」

(しくったな、まともに食らっちまった。だがやべえなコイツ……一撃が重すぎる。速度はそこまで速くないから避けられるが、次食らったら確実に死ぬぞ)

 口角が上がっているが額から冷や汗が伝う。
 細い呼吸が外界に排出され、脳内に女性の声が流れた。

《大きな負傷を検知。SAシステムを起動して傷の治療を行います。読み込み中、七パーセント。サイコを服用してください》

 何やら指示をされるが、正生はその指示を聞かない。
 すると目の前にデカデカと電子ウインドウが出てくる。

〈負傷率・死亡確率が標準値を超えました。警告。サイコを服用してください〉

 大きな文字が視界を占領してくる。

 正生は大きく舌打ちして、ウインドウを拳で薙ぎ払い壁に叩きつけた。
 ガラスの割れる甲高い割裂音が響き、ウインドウの破片の青が飛散する。

「勝手に修復(なお)そうとすんじゃねーよ」

 正生は忌々しそうに奥歯を噛み締め、叩き潰したウインドウのカケラを睨んだ。

 前に視線を移せば、バグがこちらに向かって来ていた。正生は自分の背後、校舎へ目をやる。

 ここで戦えば校舎は完全に破壊されるだろうし、ここはまだ避難できていない生徒たちが多い。

 背中の痛みを押し殺しながら、体を起こしてヴィークルに触れる。
 今の衝突で一部が破損してしまったのか、緑の火花を数回散らしていた。

(型落ち機だしそろそろ限界か。買い替えるにも新型は高いんだよなあ)

 などと考えながら、正生はヴィークルを無理やりにでも動かしてその場を離れる。

 再び運動場に行き、バグを誘導して攻撃を避ける。

(刃物で粘ってみても良いが、全部壊されるのがオチだろうな)

 横に電子ウインドウを出すと、画面からボルトアクション式ライフルが出てきた。

 バグの攻撃を避けながら手のひらでボルトハンドルを跳ね上げ、ハンドルを後方に引いてロックを解く。

 手元に電子ウインドウを出して弾薬を出現させ薬室に一発ずつ押し込み、ボルトを前に押し出し薬室の弾薬を装填した。
 ボルトハンドルを押し下げて薬室を閉じると、銃口をバグへと向ける。

 一発。
 銃声と共に放出された弾丸はバグへと命中する。

 しかし着弾した瞬間、弾が破砕してしまった。

(硬質すぎて普通の武器じゃ効かねえか……だったら)

 正生が手を前に出すと、炎の槍が複数出現した。

 バグに向かって一斉に放ち、大きな衝撃音が鳴り響いて白煙が立ち込める。

 顔の前で手を振って煙を払い、前方を確認する。
 煙の中で動く影に、正生はジト目になった。

(全然効いてねえし)

 バグは巨拳を振るって煙を薙ぎ払う。
 その体には傷一つついていず、正生は大きくため息をついた。

「正生!」

 避難誘導を終えた再子がヴィークルで正生のもとまで来た。

 会話する間もなくバグの拳が振ってきて、二手に分かれて回避しバグを錯乱させる。

「正生! このバグちょっと大きすぎない?」
「ああ、しかも体が硬くて傷すらつかねえ。SAシステムも効いてないみたいだしな」

 正生はボルトハンドルを起こしてロックを解き、ボルトを引いて薬莢を排出する。

 銃身を軽く撫でると、薬室に入っている弾薬に水色の文字コードのようなものが刻まれた。

 再びボルトを押して弾薬を装填し、ハンドルを倒して薬室を閉じる。
 銃口をバグの足に向け、引き金を引いた。

 発砲音がとどろき、水色コードの刻まれた弾丸が猛スピードで射出される。
 弾はバグの足に被弾した瞬間に砕け散るが、バグの足が着弾点を中心として氷に覆われ始めた。

 バグの足が動かなくなり、動きを封じることができた。
 しかしバグは全体が凍る前に自身の足の凍った部分に拳を叩きつけ、足ごと氷を破壊してしまった。

 自損した足がバラバラになって地面に落ちるが、数秒と経たずバグの身体に集結して元の体躯に戻っていく。

「チッ。こいつ自己再生すんのかよ」

 正生は苦い顔をして不快をあらわにする。
 ライフルから手を離して消し去り、再子へ目を向けた。

「再子。悪いが周りの安全の確保、頼めるか」

 彼の言葉を聞いて再子は目を見開いた。
 視線を下げて顔に影がかかり、少しして「わかった」と短く返答する。

 再子はヴィークルで後方に下がり、手を横に振るう。
 青色の結界が出現してバグと再子たちを囲んだ。

「あんま使いたくなかったが……」

 正生は手元で電子ウインドウを開き、そこからカプセル剤を出した。

 透明の殻に青い液体の入った薬――サイコである。

 正生はそれを口に放り込んだ。
 飲み込んで「マズ」と低い声をこぼす。

《特定解除コードを確認》

 脳内に機械的な女性の声が響く。

《システムコール。S01、ユーザー認識。外敵を確認しました》
《承認します。ストレージ容量、〇・一パーセント消費。SAシステムの安全装置を解除します》

 声が止み、正生の赤い目に青字で数字コードが浮かび上がる。
 正生はヴィークルでバグへと急接近した。

 バグの拳が勢いよく降ってきて、背後に回って避け右手を横に振るう。
 直後、天空から巨大な光線がバグに向かって放たれた。

 光線は轟音を鳴らしてバグの片腕を滅却し、爆風をまき散らす。

 再子は強風に髪を流され腕を顔の前にやる。

 木々やフェンスなど周りの物が吹き飛び、地面が大きくえぐれて瓦礫が舞い踊る。
 飛散したものが結界に衝突し、ところどころ結界に亀裂が入っていた。

「っ、まずい」

 再子はヴィークルを風に煽られつつ、電子ウインドウから鉄槍を出して瓦礫や飛散物を弾き落とす。

 バグは光線を受けて動きが鈍くなり、正生はその隙にバグの懐まで潜り込んだ。

 手元で電子ウインドウを開き拳銃を出す。バレルに赤字のコードが刻まれた。

 正生の口角が引き上がり、彼は銃口をバグに押し当てる。
 引き金が引かれ、ゼロ距離で炎の弾丸がバグの身体を貫いた。

 バグの機械質な体に風穴が開いて青い液体が噴き出す。
 もろに顔面に噴射を受け、正生は「うべッ!」と汚い声を上げた。
 少し飲み込んでしまったようで、腕で顔を拭いながら口の中の液体を吐き出す。

 不快げに眉を寄せ、視線をバグの方に戻した。
――瞬間、目を見開いた。

 風穴の開いた機体内に光の粒が集まっていて、正生の視界に〈高濃度のサイエネルギーを察知〉と表示が出る。

(何でバグがSAシステムを……ツ! まずッ!!)

 回避する間もなく正生に向かって光線が放たれた。
 それと同時に、再子が猛スピードでヴィークルで正生に突っ込んできた。

 勢いに任せて彼ごと横に押し出すが、再子は避けきれず光線が腹部に当たって強圧で吹っ飛ばされてしまった。

 身体を結界に叩きつけられ血を吐き出し、彼女の意識が遮断される。

 光線を受けてヴィークルが破砕し、再子の体躯と共に地面に落下した。

 バグは正生が仕留めたはずだったが、腹部の穴が徐々に再生して再び動き出す。

「! なんで……」

 バグは腹部を再生しながら再子のもとへゆっくりと歩みを進めるが、彼女は気絶して動けない。

「再子!! クソッ!」

 正生はすぐに能力を発動しようと手を前に出す。
 しかしいくら力を込めてもSAシステムが応答しない。

(おい嘘だろ、なんで発動しない!?)
《コードがリジェクトされました。システムにエラーが発生。ユーザーID・S01のSAシステムにサイバー攻撃を確認。システムを強制終了し、再起動します》

「んなことしてる場合じゃねえって!!」

 武器を出そうにもSAシステムが開かない。

 正生は胸ポケットに入れていたペンを出してショットガンに変形させた。

 射程範囲内までバグに近き、ヴィークルに付属している赤いボタンを足で踏んで銃を構える。

 バグの注意を引き付けるために数回発砲した。
 射出の衝撃が腕に伝わるがヴィークルが反応し、衝撃を吸収してバランスを維持する。

 ショットガンの弾丸は命中したが、SAシステムの強化を受けていないため着弾と同時に簡単に破砕してしまう。
 銃撃を受けて、バグが正生へ目を向ける。

〈高濃度のサイエネルギーを察知。緊急回避してください〉

 視界に警告文が出る頃にはもう遅かった。

 背後にいくつもの剣が出現して、猛スピードで降り注いだ。

「かはッ!!」

 剣に身体を貫かれて口から血を吐き出す。

 猛進してくる剣にヴィークルが破壊され、正生は地面に叩き落とされた。

 地面に手をついて上半身だけ起こすが、数回咳き込んで赤い血をこぼす。
 痛みに眉を寄せて視線を前に動かした。

 バグは正生に構うことなく、再子の方へ向き直る。

 バグが口を開き、そこに白い光の粒が集まった。
 再びサイエネルギーの警告文が視界を占領する。

「再子ッッ!!」

 正生が必死に手を伸ばすが、SAシステムは反応しない。

 見開かれた彼の赤い目に、眩しく輝く光線が映った。

 爆音と光が生まれる
――と同時に、再子の前に複数の結界が張られた。

 バグの上から坊主頭の男が降ってきて、薙刀でバグを真っ二つに叩き斬った。

「なッ……!」

 男が着地して薙刀を横にふるった瞬間、バグが巨大な音を立てて爆発した。
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