第13話「蠱毒のバグ」
文字数 4,113文字
校舎に入った瞬間、南館の全ての電灯が一斉についた。
四人とも驚いて足を止め、警戒して辺りを見回す。
「……どうやら、歓迎してくれてるみたいだね」
チャシャは困ったように眉を下げ、安全を確認して建物の中を進んでいく。
教室のドアや窓はすべて開け放たれていたが、ところどころに白い機械の破片のようなものが落ちていた。
電光を受けて白光りするそれはおそらく、バグの機体の一部なのだろう。
チャシャは安全確認をして破片の前にしゃがむ。
「サイエネルギーが検知できないから、たぶんバグの死骸の破片だね」
「死骸って……こんなにか?」
正生は辺りを見回す。
見えるだけでも、胴体と思わしき大きな破片が十以上転がっている。
バグ一体分の死骸とするならば元の機体があまりに大きすぎることになるので、おそらくそれぞれ別個体だろう。
チャシャは嫌な仮説が頭に浮かんで眉を寄せた。
「二人は、蠱毒って知ってる?」
「蠱毒?」
「色んな奴らを同じ空間の中に閉じ込めて、最後の一体になるまで食らわせ続けるっていう、悪趣味なやつだ」
チャシャに次いで証が蠱毒 について話した。
蠱毒は、もともと古代中国で使われていたとされる呪術である。
違う種の様々な虫を同じ容器に入れて互いに食らわせ、勝ち残ったものを祀って呪術の媒体にするのだとか。
それが転じて、バグが互いを食らい合い、サイエネルギーを奪って強くなることを蠱毒と呼んでいるのである。
通常、バグは共食いをしない。
しかし新型バグにおいては極まれに蠱毒を行う個体もいた。それらの新型バグは「サイエネルギーが多ければ多いほど強くなる」ことを認知しているのである。
「蟲毒でサイエネルギーを増幅させたバグは相当強くなる。俺も一回戦ったことはあるが、チャシャがいなきゃ普通に死んでいた」
「私もほぼ全壊に近いくらいまで損傷してたけどね」
以前に戦った蟲毒のバグを思い出して二人とも苦い表情をする。
それも割と最近のことであり、そのときの二人と今の二人では実力が変わらない。
つまるところ――
「ここにいるのが蟲毒のバグだった場合、勝てる可能性は低いってことか」
正生は眉を寄せてつぶやいた。
「そういうことだね。しかも私たちが戦ったことのある蟲毒は、食らっていても最大で十体だった」
今ここに見えるだけでも、それに相当する分のバグの残骸がある。
そして何より、ここはまだ南館の入り口付近である。
「もしバグの残骸がこれより先も続いているのだとしたら……勝てる可能性は、限りなくゼロに近い」
これから先にいるバグが蟲毒で強化されたものだとしたら、それはこの場にいる誰もが戦ったことのない相手となる。
チャシャはしゃがんだまま少し考え込んだ。
彼女たちからしても、この数を食らったバグがどのくらいの強さであるか予測できない。
(応援を呼ぶか……? いや、特務零課の他の取締官じゃ無駄死になるだけだ)
他国からICPOの取締官を緊急招集するという手もあったが、到着までにはかなり時間がかかる。
到着を待っている間に、この蟲毒のバグがさらに力を増してしまう。
そうなればもう誰にも止めることはできないだろう。
(そもそもここにバグがいるとして、どうして外に出ない? やっぱり機関の取締官が操っているのかな……だとすると人手をここに集中させるのはマズいか)
バグの死骸が転がっているのは南館の建物内だけ。
最近ここから聞こえる唸り声がバグによるものだとしたら、長期間は外に出ていないことになる。
廃校舎にずっと閉じこもっている分には、人に被害が出ないので幸いである。
しかしバグの習性上、ずっと同じ場所に留まっていることはない。
誰かが意図的にそうしているとしか思えなかった。
このバグを対処するために他国の取締官を招集すれば、その国の監視が緩まってしまう。
取締官の中に裏切り者がいた場合、その監視が緩んだ隙を攻撃する狙いで動いている可能性もある。
「はあ……どちらにしろ、私たちで片付けるしかないのか」
眉間を押さえて苦々しそうに息を吐く。
立ち上がり、正生と再子へ目を向けた。
「この先、蠱毒のバグがいた場合は私と定原君が主戦力として前衛で動きます。細川君と起動さんは、決して死なないような立ち回りをしてください」
膨大なサイエネルギーは、南館の奥からもれ出ていた。
そこには、部活などの練習場として体育館とは別に大きめのホールが設けられている。
チャシャが先頭を、殿は証が担って周囲を警戒しながら建物を進んだ。
「!!」
ホールの手前まできてチャシャたちは目を見開き、足を止める。
ホールの扉は閉じられていたが、そのそばで上野が壁に背をもたれて地面に腰を下ろしていた。
うつむいていて顔色はうかがえないが、胸部を中心に服が真っ赤に染まっている。
伸ばされた足は右がなくなっていて赤い水たまりが彼女を沈めていた。
「上野!!」
「凉ちゃん!!」
正生と再子は同時に叫び、上野のもとに駆けよった。
正生が彼女の首に手を当て、脈を確認する。
まだ生きてはいるようだったが呼吸が浅く出血量が多い。
頭から血が流れ、口と右目のまぶたの隙間からも血があふれていた。
再子はすぐにSAシステムを起動させて治療を始める。
二人の声を聞いて上野は左目を薄く開けた。
黒い目が光を失ってくすんでいる。
「ぁ……ふたり、とも……きて、くれた、んだ」
薄く開いた口が嬉しそうに、少しだけ引き上がって細く小さな声をこぼした。
「喋るな、すぐ治す」
再子だけでは治療が間に合わないと悟って、正生もSAシステムを起動させて治療をする。
チャシャと証もそばに来てシステムを起動させ、四人がかりで上野の身体を回復させた。
少しして呼吸が安定すると、上野は悲しそうに窓の外を見つめて口を開く。
「また、助けられちゃった。結局、中学の時となんにも、変わってないんだ」
「お前、なんでこんなとこにいるんだ」
「……バグを、止めたくて」
正生の問いに、上野は少し間を開けて返した。
「お前は取締官じゃねえんだから、そういう無謀なことはするな」
「分かってる。分かってるけど……どうしても、止めたかったんだ。止めなきゃ、ダメだったんだ。もっと、早くに気づいていたら……」
「? 何のことだよ」
彼女が苦悶の表情を浮かべるが、正生は何のことか分からず怪訝そうに問う。
「細川君、再子……この中にいるのは」
『ッ!!』
上野の言葉を遮るように、ホールの中から大きな破壊音が聞こえ、扉を突き破って何かが吹っ飛んでくる。
全員身構えるが、壁沿いにいたおかげで飛んできたものには当たらなかった。
飛んできたものは白い機体部品、バグの死骸である。
正生は上野から離れ、先ほど突き破られて大きく開いた扉の穴から中を確認する。
破壊行為があったのか、ホール内は煙が充満していた。
煙の中、ホールの中央に人型の影が見える。
少しずつ煙が晴れていき、その影の主の姿が明確に視界に映った。
正生は目を見開く。
口が半開きになり、固まってしまって声が出なくなった。
そんな正生を見て再子は心配そうにして名を呼び、彼の横に来てホールの中へ目を向ける。
「え」と短く声がこぼれた。
「下野、君……?」
ホールの中央に立っていたのは、下野だった。
彼の体は人間のままだったが、周りにはバグの残骸が大量に散らばり、バグ特有の青い体液がホールの床に海をつくっている。
上野とは真逆で、下野の制服は青く染まっていた。黒い髪から青の液体がしたたり落ちて海に波を生む。
「バグじゃ、ない?」
正生の口からこぼれた声に、下野が反応した。
顔が動いて、扉の方へ向き正生たちを捉える。
下野の黒い目には、青いコードが刻まれていた。
(SAシステムのコード!? なんで光が)
下野の足元で、青い海に瓶が浮かんでいる。
そのそばにはサイコがいくつも浮いていた。
「まさかお前ッ! 適合率かなり低かったはずだろ!!」
下野と上野は機関の入所試験を受けているが、毎回落とされている。
その理由は何より、二人ともサイコの適合率がかなり低いからである。
それも異常なほどの低さで、下野の適合率は、わずか2パーセントだった。
サイコを用いて戦う取締機関がそこまで適合率の低い人物を採用することは絶対にない。
生まれた時から、彼は機関の取締官になることもバグを倒すこともできない運命にあった。
「あァ……正生、起動……俺、やったぞ。バグを、こんなに倒した。適合率が低くたって、俺だって……バグは倒せるんだ」
下野は緩く口角を引き上げる。彼の目から涙がこぼれるが、頬を伝って床に落ちる途中で白い固形物に変化した。
それが海に沈んでトプンと小さく音を立てる。
「これで、お前らを守れるように、なる……」
下野が正生たちの方へ手を伸ばす。
その指先の爪から、小さな破壊音を立てて白い機械質へと変化していった。
「! なんっ」
正生が驚愕して声を出そうとした瞬間、下野の眼球に別のコードが浮かんだ。
《高濃度のサイエネルギー発生》
警告文ではなく音声が四人の脳内に大きく鳴り響く。
「避けろ!!」
証が叫んで、正生を突き飛ばして自分も横に飛びこみ即座に結界を何重にも張る。
チャシャも再子の手を引いて抱き寄せ壁に飛び避け、上野を含めて複数の結界を展開させた。
直後、四人のいた場所を巨大な青い光線が勢いよく突き抜ける。
轟音と突風を生み、南館を突き抜けて本館やその向こうまで穿った。
光線が抜けた後には、証とチャシャが出した結界がボロボロに破壊されていた。
それぞれ重ねた結界の最後の一枚だけが残っていたが、それも風を受けてひび割れ砕け散ってしまう。
下野は体のほとんどがバグ化して、首から上だけ人間の肉体が残っていた。
「俺が、アイツらを……まもる。だから、敵を、排除する……ここにいる者を、すべて、消去する」
下野は口から言葉をこぼしているが、その目に生気はなくなっていた。
まるで誰かにプログラムされているかのように同じ言葉を繰り返す。
そこに彼の意思があるのかどうかは分からなくなっていた。
四人とも驚いて足を止め、警戒して辺りを見回す。
「……どうやら、歓迎してくれてるみたいだね」
チャシャは困ったように眉を下げ、安全を確認して建物の中を進んでいく。
教室のドアや窓はすべて開け放たれていたが、ところどころに白い機械の破片のようなものが落ちていた。
電光を受けて白光りするそれはおそらく、バグの機体の一部なのだろう。
チャシャは安全確認をして破片の前にしゃがむ。
「サイエネルギーが検知できないから、たぶんバグの死骸の破片だね」
「死骸って……こんなにか?」
正生は辺りを見回す。
見えるだけでも、胴体と思わしき大きな破片が十以上転がっている。
バグ一体分の死骸とするならば元の機体があまりに大きすぎることになるので、おそらくそれぞれ別個体だろう。
チャシャは嫌な仮説が頭に浮かんで眉を寄せた。
「二人は、蠱毒って知ってる?」
「蠱毒?」
「色んな奴らを同じ空間の中に閉じ込めて、最後の一体になるまで食らわせ続けるっていう、悪趣味なやつだ」
チャシャに次いで証が
蠱毒は、もともと古代中国で使われていたとされる呪術である。
違う種の様々な虫を同じ容器に入れて互いに食らわせ、勝ち残ったものを祀って呪術の媒体にするのだとか。
それが転じて、バグが互いを食らい合い、サイエネルギーを奪って強くなることを蠱毒と呼んでいるのである。
通常、バグは共食いをしない。
しかし新型バグにおいては極まれに蠱毒を行う個体もいた。それらの新型バグは「サイエネルギーが多ければ多いほど強くなる」ことを認知しているのである。
「蟲毒でサイエネルギーを増幅させたバグは相当強くなる。俺も一回戦ったことはあるが、チャシャがいなきゃ普通に死んでいた」
「私もほぼ全壊に近いくらいまで損傷してたけどね」
以前に戦った蟲毒のバグを思い出して二人とも苦い表情をする。
それも割と最近のことであり、そのときの二人と今の二人では実力が変わらない。
つまるところ――
「ここにいるのが蟲毒のバグだった場合、勝てる可能性は低いってことか」
正生は眉を寄せてつぶやいた。
「そういうことだね。しかも私たちが戦ったことのある蟲毒は、食らっていても最大で十体だった」
今ここに見えるだけでも、それに相当する分のバグの残骸がある。
そして何より、ここはまだ南館の入り口付近である。
「もしバグの残骸がこれより先も続いているのだとしたら……勝てる可能性は、限りなくゼロに近い」
これから先にいるバグが蟲毒で強化されたものだとしたら、それはこの場にいる誰もが戦ったことのない相手となる。
チャシャはしゃがんだまま少し考え込んだ。
彼女たちからしても、この数を食らったバグがどのくらいの強さであるか予測できない。
(応援を呼ぶか……? いや、特務零課の他の取締官じゃ無駄死になるだけだ)
他国からICPOの取締官を緊急招集するという手もあったが、到着までにはかなり時間がかかる。
到着を待っている間に、この蟲毒のバグがさらに力を増してしまう。
そうなればもう誰にも止めることはできないだろう。
(そもそもここにバグがいるとして、どうして外に出ない? やっぱり機関の取締官が操っているのかな……だとすると人手をここに集中させるのはマズいか)
バグの死骸が転がっているのは南館の建物内だけ。
最近ここから聞こえる唸り声がバグによるものだとしたら、長期間は外に出ていないことになる。
廃校舎にずっと閉じこもっている分には、人に被害が出ないので幸いである。
しかしバグの習性上、ずっと同じ場所に留まっていることはない。
誰かが意図的にそうしているとしか思えなかった。
このバグを対処するために他国の取締官を招集すれば、その国の監視が緩まってしまう。
取締官の中に裏切り者がいた場合、その監視が緩んだ隙を攻撃する狙いで動いている可能性もある。
「はあ……どちらにしろ、私たちで片付けるしかないのか」
眉間を押さえて苦々しそうに息を吐く。
立ち上がり、正生と再子へ目を向けた。
「この先、蠱毒のバグがいた場合は私と定原君が主戦力として前衛で動きます。細川君と起動さんは、決して死なないような立ち回りをしてください」
膨大なサイエネルギーは、南館の奥からもれ出ていた。
そこには、部活などの練習場として体育館とは別に大きめのホールが設けられている。
チャシャが先頭を、殿は証が担って周囲を警戒しながら建物を進んだ。
「!!」
ホールの手前まできてチャシャたちは目を見開き、足を止める。
ホールの扉は閉じられていたが、そのそばで上野が壁に背をもたれて地面に腰を下ろしていた。
うつむいていて顔色はうかがえないが、胸部を中心に服が真っ赤に染まっている。
伸ばされた足は右がなくなっていて赤い水たまりが彼女を沈めていた。
「上野!!」
「凉ちゃん!!」
正生と再子は同時に叫び、上野のもとに駆けよった。
正生が彼女の首に手を当て、脈を確認する。
まだ生きてはいるようだったが呼吸が浅く出血量が多い。
頭から血が流れ、口と右目のまぶたの隙間からも血があふれていた。
再子はすぐにSAシステムを起動させて治療を始める。
二人の声を聞いて上野は左目を薄く開けた。
黒い目が光を失ってくすんでいる。
「ぁ……ふたり、とも……きて、くれた、んだ」
薄く開いた口が嬉しそうに、少しだけ引き上がって細く小さな声をこぼした。
「喋るな、すぐ治す」
再子だけでは治療が間に合わないと悟って、正生もSAシステムを起動させて治療をする。
チャシャと証もそばに来てシステムを起動させ、四人がかりで上野の身体を回復させた。
少しして呼吸が安定すると、上野は悲しそうに窓の外を見つめて口を開く。
「また、助けられちゃった。結局、中学の時となんにも、変わってないんだ」
「お前、なんでこんなとこにいるんだ」
「……バグを、止めたくて」
正生の問いに、上野は少し間を開けて返した。
「お前は取締官じゃねえんだから、そういう無謀なことはするな」
「分かってる。分かってるけど……どうしても、止めたかったんだ。止めなきゃ、ダメだったんだ。もっと、早くに気づいていたら……」
「? 何のことだよ」
彼女が苦悶の表情を浮かべるが、正生は何のことか分からず怪訝そうに問う。
「細川君、再子……この中にいるのは」
『ッ!!』
上野の言葉を遮るように、ホールの中から大きな破壊音が聞こえ、扉を突き破って何かが吹っ飛んでくる。
全員身構えるが、壁沿いにいたおかげで飛んできたものには当たらなかった。
飛んできたものは白い機体部品、バグの死骸である。
正生は上野から離れ、先ほど突き破られて大きく開いた扉の穴から中を確認する。
破壊行為があったのか、ホール内は煙が充満していた。
煙の中、ホールの中央に人型の影が見える。
少しずつ煙が晴れていき、その影の主の姿が明確に視界に映った。
正生は目を見開く。
口が半開きになり、固まってしまって声が出なくなった。
そんな正生を見て再子は心配そうにして名を呼び、彼の横に来てホールの中へ目を向ける。
「え」と短く声がこぼれた。
「下野、君……?」
ホールの中央に立っていたのは、下野だった。
彼の体は人間のままだったが、周りにはバグの残骸が大量に散らばり、バグ特有の青い体液がホールの床に海をつくっている。
上野とは真逆で、下野の制服は青く染まっていた。黒い髪から青の液体がしたたり落ちて海に波を生む。
「バグじゃ、ない?」
正生の口からこぼれた声に、下野が反応した。
顔が動いて、扉の方へ向き正生たちを捉える。
下野の黒い目には、青いコードが刻まれていた。
(SAシステムのコード!? なんで光が)
下野の足元で、青い海に瓶が浮かんでいる。
そのそばにはサイコがいくつも浮いていた。
「まさかお前ッ! 適合率かなり低かったはずだろ!!」
下野と上野は機関の入所試験を受けているが、毎回落とされている。
その理由は何より、二人ともサイコの適合率がかなり低いからである。
それも異常なほどの低さで、下野の適合率は、わずか2パーセントだった。
サイコを用いて戦う取締機関がそこまで適合率の低い人物を採用することは絶対にない。
生まれた時から、彼は機関の取締官になることもバグを倒すこともできない運命にあった。
「あァ……正生、起動……俺、やったぞ。バグを、こんなに倒した。適合率が低くたって、俺だって……バグは倒せるんだ」
下野は緩く口角を引き上げる。彼の目から涙がこぼれるが、頬を伝って床に落ちる途中で白い固形物に変化した。
それが海に沈んでトプンと小さく音を立てる。
「これで、お前らを守れるように、なる……」
下野が正生たちの方へ手を伸ばす。
その指先の爪から、小さな破壊音を立てて白い機械質へと変化していった。
「! なんっ」
正生が驚愕して声を出そうとした瞬間、下野の眼球に別のコードが浮かんだ。
《高濃度のサイエネルギー発生》
警告文ではなく音声が四人の脳内に大きく鳴り響く。
「避けろ!!」
証が叫んで、正生を突き飛ばして自分も横に飛びこみ即座に結界を何重にも張る。
チャシャも再子の手を引いて抱き寄せ壁に飛び避け、上野を含めて複数の結界を展開させた。
直後、四人のいた場所を巨大な青い光線が勢いよく突き抜ける。
轟音と突風を生み、南館を突き抜けて本館やその向こうまで穿った。
光線が抜けた後には、証とチャシャが出した結界がボロボロに破壊されていた。
それぞれ重ねた結界の最後の一枚だけが残っていたが、それも風を受けてひび割れ砕け散ってしまう。
下野は体のほとんどがバグ化して、首から上だけ人間の肉体が残っていた。
「俺が、アイツらを……まもる。だから、敵を、排除する……ここにいる者を、すべて、消去する」
下野は口から言葉をこぼしているが、その目に生気はなくなっていた。
まるで誰かにプログラムされているかのように同じ言葉を繰り返す。
そこに彼の意思があるのかどうかは分からなくなっていた。