第24話「サイコ・パス」

文字数 4,129文字

「私はそいつらを、『$!K0-P@SS』と呼んでいる」
「サイコ、パス……」
「待って。そいつ『ら』って、複数いるってこと?」

 チャシャが彼の言葉に引っかかって尋ねれば、終時は肯定を返した。

「ああ。私の予想では、サイコ・パスはおそらく二体いる。それが、私が探している生前の落とし物……〈A#01〉の二体だ」

 A#01は歴代で最もサイエネルギーに順応する機体だった。
 まるで己の身体の一部ともいえるくらいに莫大なエネルギーに晒されても破壊されることがない。

 しかし適合力が高い故に、自壊コード実行時にサイエネルギーを多量に吸い取ってしまう欠陥に繋がった。
 それを受けて終時は、これ以降の機体では適合率が高くなり過ぎないように調整していたのである。

 サイエネルギーの毒性に耐えて学習し、その機能を取り込むことができるのはA#01だけだと彼は考えていた。

「そのA#01の一体は今ここの牢屋にいる、糸冬始だ。今は終始と名乗っているらしいがな」
「終、さんが……」

 正生も再子も驚いて目を見開く。
 だがしかし、思い当たる節がないわけではなかった。

 始は出会った当初、手をつないだ時に何らかの方法で再子のデータベースに侵入していた。

(あれが、サイコ・パスの力だったとしたら……)
「多少は思い当たることがあるみたいだな。サイコ・パスができることは多岐にわたる。その中でも厄介なのは、こちらへの妨害工作ができるという点だ」

 終時によれば、サイコ・パスは人間相手だけじゃなく、全ての物質を内部から書き換えることができるという。

 正生が新型バグと戦った時にされたような、SAシステムへの侵入や妨害・サイバー攻撃も彼らならできるのだとか。

 SAシステムのプログラムをコピーし挿入することも可能で、バグから新型バグへと変化させているのは、おそらくこのサイコ・パスだろう。

 それを聞いていた境崎が、眉を寄せて終時に問いを投げかけた。

「そのサイコ・パスというのは、バグの浄化や治療を妨害もできたりはするのか」
「おそらくな。サイコ・ブレイカーやバグにも手を加えられるなら、変えた物を元に戻すことも人体の自然回復を停止させることもできるだろう」
「じゃあ下野と上野の身体を戻せなくしたのは、終ってことかよ」

 正生は視線を下げて拳を強く握る。
 その声には憎悪がこもっていた。

 しかし証は違和感を覚えて納得いかない様子で考え込む。

(上野って女子生徒は、事件のとき俺たちが来る前に他の女を見たと言っていた。そのあとにバグの浄化が起きたから、その女がサイコ・パスだった可能性は高い。だが……)

「バグの浄化をして俺たちを助けたくせに、細川の知人の回復を妨害する理由はなんだ」
「確かに。実験をしたいだけの可能性はあるけど。わざわざ零課の細川君の知人を狙って、私たちICPOや刑事に囲まれるのはあまりにもリスクが高すぎる」

 そんなことをするより、機関の目から離れたところで関係のない一般人を利用して実験した方が犯人にとっては余程楽なはずである。
 終時はチャシャたちの会話を聞いて小さくため息をついた。

「事は一つの視点では語れないものだぞ。あいつは目的以外のことはほとんどどうでもいいと考えるような奴だ」
「何か知っているのか」

 境崎に問われて終時は「さあな」と短く返した。
 椅子から降り、刀代を連れて部屋の扉へと歩いていく。

「子供の考えていることはイマイチわからん。直接、始に聞いてみればいい。サイコ・パスのことを知った今ならある程度は語ってくれるだろ」

 他人事のように言って帰ろうとするが、ドアの前で足を止めて振り返った。

「一つ言っておくが、私は始の居場所なら最初から知っていた。奴がバグをつくるようなサイコ・パスだったら、私が既にこの手で壊している」
「それは、彼女がバグ生成の犯人ではないと、擁護するということですか」

 チャシャは鋭い棘の含んだ声で問いかけた。
 現代においても、サイクロプス社がバグを発生させているのではないかという疑いはまだ晴れていないままである。

「擁護する気は毛頭ない。アイツが普通の人格者とは言えないしな。俺の娘と同じ時間を過ごすためなら何をしても気にしないような奴だ。だが、バグで遊ぶようなことに脳のリソースを使うほど……低質な機体ではないことは確かだ」

 口角を上げて笑う終時の横で、刀代は少し驚いた顔で終時へ視線を下ろす。
 そのまま二人は出て行くが、少し歩いて部屋から十分離れたところまできて刀代が開口した。

「あんなに煽って良かったんですか」
「ようやく見つけられたんだ、早めに宣戦布告しておくに越したことはない。アイツはプライドが高いからな。こうして刺激すればすぐに動きを見せるだろ」
「あの場でこっちに攻撃でもされたら社長、瞬殺されてましたよ」
「アイツもあんな所で出てきはしないだろ。俺が相手なんだ、どうせ潰すなら姑息なやり方をしてくるはずだ」

 刀代は呆れて小さくため息をつく。
 歩きながら、少し悲しげな表情を隠すように顔を背けた。

「……私は別に社長と同じ墓に入る気はありませんからね。これも全部、彼のためにやっているんですから。あなたを守るために一緒にいるわけじゃないんですからね」
「分かっている。それよりお前、普段からそういう気持ちを表に出す気はないのか」
「出したって、意味のないことです。人間と機械の間に糸なんて、端から存在しないんですから」
「お前にしろ娘たちにしろ……本当に、心というものは厄介だな」

 終時は刀代の様子に困ったように眉を下げて苦い笑みをこぼした。


 機関の牢屋で、始は松岡から再子と戦った時の話を聞いていた。
 あのとき再子は結晶を奪われ、別人のように変貌して結晶を奪い返しにきた。

(おそらくあのジジイが仕組んだんだろうな)

 再子の抵抗は、結晶を守るために終時が仕込んだ防衛システムだと結論づけていた。

 おそらく結晶を奪おうとすれば、こちらが死ぬとしても全力で交戦してくるだろう。
 仮にシステムが再子の体内と結晶のどちらもに刻まれていてエネルギーを共有していた場合、彼女を破壊したとしても結晶の膨大なサイエネルギーが彼女の肉体を即時再生してしまう。

 それはまるで――

(絶対に勝てない、不死の兵器じゃないか)

 始は大きくため息をついた。

 昔の人間と機械の戦争があった時代にソレが完成していたら、
 おそらく即座に戦を終わらせ世界を支配できていただろう。

 そんな兵器を相手に、始が結晶を手に入れられる可能性など皆無だった。

「まあ再子ちゃんの性格を考えると案外、素直にすべてを話したら結晶を明け渡してくれそうな気もしてきたけど」
「魂を受肉するのは良いがお前、ほんとにその体を使うのか?」

 横の牢屋から松岡の声が聞こえてくる。
 その声は呆れていたが、どこか心配の色も含まれていた。

 彼の感情の揺れが分かって、始はふっと口元に笑みを浮かべる。

「そのためにここまでやったんだよ。この体は、あの子が人間として幸せに生きられるようにするために造ったものなんだから」

 始は自分の身体へ視線を落とす。
 彼は己の機体を、ほぼ全て人間の女性のものへと造り変えることに成功していた。

 それはひとえに、始澄の願いを叶えるため。

 仮に結晶を手に入れて始澄の魂を機体に埋め込んだとしても、目覚めた彼女は昔のように、機械の身体で生きることを拒絶する可能性が高い。
 人間の肉体で蘇生する方が、きっと彼女は受け入れてくれるだろう。

 そのためにも始は、己の体を進化させ人間に近づけることが近道だと考えた。
 そうして人間の女の身体へと自分を書き換え、もともとの素体が機械であることを悟られないよう人間の身体を構築したのである。

 始澄の顔にしてしまうと終時に捕まるため外見は合わせていない。
 しかしいずれは、その顔も容姿も全て始澄のものに塗り替えるつもりでいた。

「その体に魂を入れたら、きっとお前の意識は消え去るぞ」
「だろうね。もし消えなかったとしても、意識が二つあったら邪魔なだけだ。自壊でも何でもするさ」

 松岡は眉間を押さえてため息をつく。
 彼にとって始は、何万年も一緒にいた悪友である。始は自分のことなど気にもしていないようだが、松岡はなるべく始に消滅してほしくないと思っていた。

「そうはいっても、お前のその体はまだ完璧な人間とは言えないだろ。脳が違うとすぐ始澄に気づかれるぞ」

 極限まで人間に近づけたとはいえ、人間の脳の生成はできておらず機体の脳芯は残ったままである。

「脳芯の排除と脳の生成が不可能なら、新しく肉体を造るだけだよ。だからこうして生殖機能まで再現したんだ。松岡君が相手になってくれるかい?」

 始は視線を下に向け、下腹部に触れる。

 壁越しに松岡に楽しげな声をぶつけるが、松岡は嫌そうな顔をして「俺はそこまで進化してねえよ」と拒否した。

 始の身体は最新型にもない、生殖機能を有している。

 もともと終時が人型機械を造る際に、生殖機能の開発を禁じていた。
 実際に開発できるのかは定かではないが、機械が人の子を生み落とせるようになれば世界が混乱してしまうだろう。

 終時が亡くなったとされた後も、世界的に機械種の生殖機能は禁忌とされていた。

 機械種たちは進化により、人間と同じ構成で血液の生成や内臓の生成もできるようになっている。
 しかし人間を生むメリットがないとして生殖機能を欲するものはいなかった。

 極たまに、生殖機能を持つ機体に進化しようと試みる物好きもいる。
 しかし現状、その壁を超えることができなかった。
 始を除いては。

 始はサイコ・パスの力を使い、サイエネルギーを用いて無から有を生み出し子宮や卵子に至るまで生成したのである。

 理論上は、生命を生み出すことができる体となってしまっていた。

 機械が人間の肉体に変化しているわけであるが、それは進化か、人によっては「退化」とも取れるかもしれない。
 始は己の身体を始澄に渡すか、新しく人間を作り上げるかのどちらかをしようとしていたのである。

「あの老いぼれが見捨てたあの子の未来、必ず俺が再生してみせる」

 忌々しげに眉を寄せて壁に拳を叩きつけた。
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