第7話「ICPOと刑事と機工医師」

文字数 4,775文字

 爆風が炎と煙をまき散らし、男は手を顔の前にやって風よけ

 二十代後半くらいだろうか、整った顔立ちを持ち、両耳にピアスをつけて全身黒の服を身にまとっている。
 彼は振り返って、その青い目に再子を映した。

「バグ一体に負傷者は一人。取締官……機械種か」

 小さくつぶやく。
 男は再子が機械種だと分かると、冷たい目で彼女を見下した。

「再子!!」

 正生はサイコの服用効果で徐々に傷が塞がり、立てるようになってすぐさま再子のもとへ走った。

 彼女は口と腹部から赤い血を流しており、小さなスパークを起こしていた。

 正生は血で服が汚れるのもいとわず気絶した彼女を抱き上げ、患部を手で押さえて止血する。

「何だ、取締官は二人いたのか……二人ならターゲットを分散させれば、こんな破壊されずに済んだのにな」

 男は呆れた様子で再子たちのもとに行き、二人の前で足を止めて見おろす。
 再び口を開けば――

「お前、無能な機械種だな」

 顔に険を浮かべて、気絶した再子に吐き捨てた。

 正生は彼の発言に眉を寄せる。

 感情の圧に押し出されて口が勝手に開き、鋭い言の()を吐き出しそうになる。

 だが己の呼吸がこぼれた直後、すぐに口を閉じ奥歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。
 正生は応急手当をして再子を抱き上げ、病院に連れて行こうとする。

 しかし正生が行こうとした矢先、男が進路方向を塞いできた。

 正生は眉を寄せ男を鋭く睨みつけ、隠すことなく不快をあらわにする。
 普段の死んだような赤い目が黒く濁り、殺意を持って相手を奥底に沈めようしていた。

 開口する前に一度目を伏せ、一つ鼻から息を吸い込んで一拍の刻を飲み込む。
 再びまぶたを開いて、同じような殺気立った目を向けた。

「……誰だよアンタ。俺は今すぐこいつを病院に連れ行きたいんだが」
「病院? 機械なら修理所だろ。近頃の学生はまともに日本語も使えないのか」

 正生は眉に力が入り、口角が下がる。

「……おっさんには痛みの感情がねーのかよ。機械より人形じみてんじゃねーか」
「俺はお前のように、機械を人間と同じように扱う情弱じゃないんでね」
「んだとコラ」
「はいはーい! 二人とも落ち着いてー!」

 張り詰めた空気の中で、女が二人の間に割って入ってきた。

 男と同じく見た目は二十代後半ほどで黒い服を身にまとい、長い金髪が揺れ緑眼が太陽の光を受けて優しく輝いている。

「アンタ誰だよ」

 女が険悪な空気を打ち壊したことで正生の怒りが少し緩くなるが、彼は不快げな声のまま女に悪態をついた。
 それに返答したのは女、ではなく坊主の男の方で。

「初対面の奴に対してそんな態度とか育ちの悪さ出てるぞガキ」
「その言葉そっくりそのまま返してやるよハゲ」
「ハゲじゃねー、坊主だ。お前はハゲと坊主とスキンヘッドの違いがわからん馬鹿だったか」
「どーでもいーわそんなもん。つーかテメーに聞いてねえんだよ。話に入ってくんなKY」
「ちょっとちょっと! 二人とも喧嘩しないで! 全くもー、いつも定原君は一言多いんだよ。相手を煽らないの」

 殴り合いを始めそうな雰囲気になって女は慌てて二人を制止する。
 大きくため息をつき、正生へ向き直った。

「ごめんね、彼は大の機械嫌いなんだ。あと、いつもあんな感じで機嫌悪いから」
「子供か……」

 チャシャが苦笑いして言えば、正生は男に呆れた視線を向けた。

「改めまして、私はチャシャ・レイバレン。 ICPO(インターポール)のサイコ取締局に所属している一級人間種取締官だよ。で、こっちは警視庁捜査一課の定原証(さだはらしょう)刑事」
(刑事? こいつが?)

 正生は眉を寄せ、不審そうに証に目を移す。

 証は相変わらず蔑んだ目でこちらを見おろしてきていて。

「捜査一課の『機械種取締官』だ」
「いや……何でそこだけ強調するかな」

 証が威圧的に「機械種取締官」の部分だけ強調して言うもので、チャシャは眉間を押さえて大きくため息をついた。

「刑事がSAシステム使っただと……」

 正生は驚くが警戒して表情が硬くなる。

 証は先ほど、再子の前に結界を張って彼女を守っていた。
 しかしそれは通常のサイエネルギーを応用した技術ではできないもの、SAシステムを使った能力ということになる。
 だがSAシステムは機関のみが使う技術である。

 サイコの服用を伴うため、サイコ取締機関は一般人にSAシステムを隠しているが、警察はその存在を知っている。
 知っているうえで、それ以外にバグへの対抗手段がないため黙認していた。

 黙認はするが、その方法を支持しているわけではない。

 SAシステムは制御も難しく、人体の安全も保障されていない。
 刑事がわざわざそんな危ない橋を渡ってまで持つ必要はないとされ、警察内部でもサイコの服用は禁じられているはずなのである。

「インターポールの取締官が来るとか。刑事がSAシステム使ってることといい色々聞きたいことはあるが……今はこいつを病院に連れて行かなきゃいけないんで」
「病院……」

 正生の言葉を聞いてチャシャは目を見開き、声をもらした。

 破損した機械種は、機工医療所と呼ばれる場所で修復治療を受ける。

 機工医療所は人間にとっての病院と同じであり、機械種のほとんどが機工医療所を「病院」と呼んでいた。
 しかし人間種の間では「修理所」と呼ぶ者がまだまだ多い。

 機械種は肌や細胞など人間と同じような肉体を持つが細部の治療方法は異なるため、機工医師と呼ばれる機械種専門の医者が修復を行っている。

 人間の体調と同じようにして機械種も内部の不調で機工医療所を訪れることが多く、混雑は日常茶飯事である。

「ちょっと待って。一般の病院は取締官も修復を待たなきゃいけなくなるから時間がかかると思うよ。私の知り合いに暇してる機工医師がいるから、ついてきて」
「……後処理はいいのかよ。インターポールの連中が出てきたんだ。こんだけでかいバグなら何か調査すべきことでもあんだろ。俺たちに構ってたら先に回収課に持ってかれるぞ」
「私たちには優秀な部下がついているからね。その人たちに任せるよ」

 正生に疑心の目を向けられ警戒されてチャシャは眉を下げる。

 しかし食い下がって譲らず、巨大なバグの調査より救護に回ろうとしている。

「なにが目的っすか」
「……何のことかな?」

 問われてチャシャは、にっこり優しく微笑んで返した。

「いづれにしても、修復する目的は変わらない。一緒に来て。すぐにでも直してあげたいでしょう?」

 チャシャが手を差し伸べてきて、正生はうつむいて黙り込む。

 グッと再子を抱く手に力が入り、「わかった」と小さく了承の意を流した。

 チャシャたちと共に学校を出ようとすると、後ろから下野と上野が走ってきた。

「おい正生!!」
「再子どうしたの!!」

 声を聞いて正生は足を止める。
 再子の負傷を見て、チャシャへ視線を移す。

「すみません、レイバレンさん。再子連れて先に外に出ててもらっていいですか」
「え?」

 チャシャは驚くが下野たちを見て彼の意図を理解し、「分かった」と返した。

 再子を預かり、証と共に先に学校を出て校門前で正生を待つ。

 下野と上野は正生のもとまで来ると荒い息を吐きながら、焦燥した表情を浮かべた。

「お、おい。起動は」
「何かあったの!?」

 二人が取り乱した様子で食い気味に訪ねてきて頭をかく。

「大丈夫だ。なんもねーよ」
「何もないって……」

 二人の視線は、正生の赤く染まった服に向けられていた。
 正生は自分の服に視線を向けて小さくため息をつく。

「俺は問題ないが、再子が負傷した。今は気絶してる状態で、核データは無事だろうから一旦は大丈夫だ。身体もすぐ戻るだろうから安心しろ」
「でも……」

 上野はうつむき不安そうに両手を組む。
 正生はその様子を見て困ったように眉を下げ、彼女の肩に手を置いた。

「んな顔すんなって。死ぬわけじゃねーんだから。再子が戻ってきたら、いっぱい構ってやれ」
「……うん」

 上野は不安が消えないながらも、少し気持ちが落ち着き小さくうなずいた。

「じゃあ、俺は行くわ。下野、上野を頼む」
「……ああ」

 下野も何か言いたげだったが、言葉を飲み込んだ。

 正生は二人に背を向け、校門前で待つチャシャのもとへ行く。
 彼女が事前に呼んでいた迎えの車に乗り、機工医師のもとへと向かった。

 しばらくして小さな研究施設の前で停まり、車から降りて建物の中に入る。
 中は大量の機器部品類が散在し、至る所に汚れが飛び散っていた。

 足の踏み場はちゃんとあるが床に箱が点々と置かれていて、下を注視しておかないとつまずきそうになる。
 お世辞にも綺麗とはいいがたい場所だった。

「なんだまた変なの拾ってきたのか、レイ」

 低く渋い男性の声が聞こえ、奥から屈強な男が姿を現した。

 三十代後半の人間種で、オールバックの黒髪に赤い目を持ち、左目元に縦の傷跡がある。
 白シャツに黒いズボンを身にまとっているが、シャツごしでも筋骨隆々なのが分かる。

 彼はチャシャをレイと呼び、彼女の腕にいる再子の怪我を見て呆れた顔をした。

「彼は機工医師の黒岩博文さんです」
「!! 黒岩ってあの」

 正生はその名を聞いて驚愕する。

 黒岩博文、二十年前に特務零課で最強の戦士と称されていた人物である。

 今と違って、昔は新人がダイレクトで特務零課に入れないよう制限がかけられていた。

 しかし彼はその既存の体系を打ち壊すほどの実力を発揮し、当時では異例の十八という若さでサイコ取締機関零課に新人で入隊したのである。

 博文は現役時代、一人でバグを数十体倒し、サイコやSAシステムに頼らずとも素手や通常武器で薙ぎ倒していた。

 仲間を庇う際に怪我をするだけで、あとは一切の負傷もなく戦地を駆け抜ける強者として知られている。

 零課だけでなく、機関内の取締官にとっては憧れの存在だった。

「あの、バグを片手で握り潰せるって逸話、アレ本当なんですか」

 正生は少し興奮した様子で尋ねる。
 博文は現役時代に様々な逸話を残しているが、いつの時代になってもそれが受け継がれている。

 しかし彼は問われて気まずそうに手を頭にやる。

「あー……いやすまん、それはただのデマだ。まあ、おそらくその時の話だろうって、思い当たる節はあるんだが、正確に言うと握り潰したわけじゃない。はたいたら全壊しちまっただけだ」

 正生は「え」と短い声をこぼし、そばで聞いていたチャシャと証は呆れた表情を浮かべる。

「そのとき相手してたのは珍しい形のバグでな。本来ならバグを破壊せずに、なるべく綺麗な状態でサンプリングとして回収しなきゃならなかったんだ。それができなかったってんで、上層にかなり怒られちまったんだよ」
(なんか、身に覚えある気がするそのシチュエーション)

 正生もバグのサンプリングを取るように指示されたことがあるが、つい破壊してしまって境崎に怒られていた。

 もっとも、正生の場合はサイコとSAシステムの強化効果を得ているため、博文のようにサイコなしで素手でバグを全壊させることはできないだろう。

 しかし彼は入隊から数年後に突然、除隊して機工医師に転身した。

 圧倒的な戦闘能力を持ち合わせていただけに、皆が除隊に疑問を抱いていた。
 機工医師になってからも機工医療所の場所を公表せず、表舞台からは姿を消したとされている。

 正生は改めて建物内を見回す。

 普通、機工医療所には何人もスタッフがいて機器類が整然と並んでいるものである。
 対してこの場所は、医療所というよりは研究所に近い。

「ここって本当に機工医療所なんすか」
「一応な。ここで治療するのは少ないが……それで、レイ。そいつを治せばいいのか」
「あ、はい。データは無事ですが、腹部周辺の破損が大きいです」

 チャシャは博文に再子を預ける。
 彼は再子を抱き上げ、正生たちを連れて奥の部屋に向かった。
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