第14話「バグを確殺する力」

文字数 2,908文字

 下野は正生たちの方へ向かってゆっくり足を進める。

「まずい、出ようとしてる……せめて中で戦わなきゃ」

 チャシャはホールの中に入り証もそれに続く。

 チャシャは下野に走り寄って鎌を振るうが、硬い腕で防がれてしまう。
 下野が防御している隙に、証は背後に回って薙刀で斬り付けた。
 しかし

「かッッた!!」

 金属同士がかち合う音が響き、強い衝撃が証の腕に伝わってくる。
 思わず薙刀を落としそうになり、慌てて痺れる手に力を込めて柄を握りしめた。

 下野が腕を払って二人を引き離す。
 手を前に出し、サイエネルギーを溜めて攻撃を放とうとする。

(まずい! さっきのと同じようなのが来たら私も定原君も受けきれない。受けたら死ぬ!!)
「証ッ!! コードS01Sで緊急回避を」

 チャシャは証を呼び捨てにして慌てて声を上げる。
 しかし彼女が言い終わる前に、下野の機械化した腕が斬り落とされた。

 片手に刀を持った正生が、チャシャの前に着地して刀を消し去る。

 下野が残った片腕でSAシステムを放ってこようとして、再子が槍で彼の腕を斬り砕いた。

「ほ、細川君、起動さん……」

 あの硬いバグの腕を斬り落とせたのは予想外だったが、チャシャは二人がためらいなく知人を斬り捨てた事にも驚いていた。
 二人とも顔に影が落ちて表情は見えない。

「別に……大丈夫っすよ。バグになった知り合いを殺したことなんて、何度だってあるんで」

 正生が片手を前に出せば、手元にサイエネルギーが集まり白い光を帯びる。

 下野を中心にして、ホールの床に数字コードが大量に刻まれた。
 コードは水色の光を帯びて輝き、チャシャと証はそれを見て驚愕する。

「こ、これって」
「コードBR99……実際に見るのは初めてだが」

 証は床に浮かぶ大量のコードに眉を寄せた。

 対象の物を破壊するSAシステムの能力コード「BREAK」の九十九番目のコードであり、バグを確殺できるとされている最強の能力。
 それがBR99である。

 SAシステムにはサイキッカーの暴走を防ぐため、サイコの適合率に合わせて「ストレージ」と呼ばれる機能が存在する。
 サイエネルギーの許容量を把握するものであり、SAシステムの能力発動時にストレージの容量を消費する。

 ストレージの容量を超えれば肉体が損傷するようになっていた。

 BR99は攻撃系能力の中でもストレージ容量を多く消費し、サイキッカーの体内に大量のサイエネルギーを巡らせる性質を持つ。

 どれだけ適合率の高い者でも肉体が耐えられず、実質は自爆技として使いようのない代物と捉えられていた。

「こんなの人間の肉体が耐えられるわけっ」

 チャシャが慌てて正生を見るが、彼はいたって平然としている。

 両手をなくした下野は棒立ちで、正生へ顔を向けた。
 その眼球にコードは浮いていず、正生の手元の光に魅せられて口元に笑みを浮かべる。

「ま、さき……さい、こ……お前らはやっぱり、俺の光だ。俺は、そんな光を守る矛に、なりたかった。お前の隣に立ちたかった……」

 正生は少し下を向いて下野と目を合わせない。

「でも結局……俺にそんな資格は、なかったんだな」

 少しの間が開いて、正生の口から大きなため息がこぼれた。

「資格だァ? なに言ってやがる。俺の隣は再子と上野と……お前だけの指定席だ。あいにくキャンセルは受け付けてないんでね。その席、空けることは許さねえ」

 複数の巨大な金色の環が出現して下野を囲う。

「光、これは俺からの頼みだ。最期はその席で、俺の隣で眠ってくれ」

 正生が指を鳴らせば金の環が徐々に縮小して、下野を圧壊させようとする。

――しかし、突然金の環が破壊音を立てて砕け散った。

《コードがリジェクトされました》
「! なんで」

 能力が阻害されたことにも驚いていたが、下野の姿を見て目を見開く。

 下野の身体が光を帯び、機械化した部分が徐々に人間の体躯に戻っていたのである。
 それを目にして、正生だけでなく再子たちも驚愕した。

《バグの消滅を確認。コードBR99の展開を終了します》

 SAシステムはバグが消滅したと判断し、正生が使おうとしていたSAシステムの能力が解除される。

 女性の音声に従って床に描かれていた数字コードが消えていった。

「え、消滅って……オイちょ、待てって」

 正生はまだ何もしていないため困惑した様子で声を上げる。

 視界の隅で、先ほど正生と再子に斬り落とされたバグの腕が、人間の腕に戻っていく。

「バグが……浄化されている」

 チャシャは唖然として、ただその光景を眺めていた。

 普通、バグ化した者は二度と人間の姿には戻れない。

 状況を考えれば正生がSAシステムで助けたようにも思えるが、バグ化はシステムの治癒能力を使っても治らない。
 そして、システムにバグを浄化する能力などもなかった。

 下野の身体が全て元に戻ると、彼は意識を失って倒れてしまう。

「光!!」
「下野君!!」

 正生と再子は慌てて駆けより、正生は彼の体を支える。
 呼吸は安定しており、腕は斬られた状態のままだったが血は流れていない。

「これって……元に戻ったん、だよね?」
「たぶんな。念のため一般の病院じゃなくて機関に併設されてる医療所に連れていく。チャシャさん、境崎さんに連絡お願いしていいですか」

 チャシャは「え」と声を漏らす。

 機関の医療所を利用するのに、いちいち境崎に連絡する必要はない。
 しかし下野は一度バグになった人間である。

 再び目覚めたときに暴れる可能性もある。
 そうでなくてもバグが浄化した事例はないため、今回の件が知れ渡れば騒ぎになるだろう。
 情報を知る人物は要人のみに留めておきたいらしい。

「……分かった」

 チャシャもそれを理解して了承し、電子ウインドウを開いて境崎と連絡を取った。

 正生は下野を床に寝かせ、離れたところに落ちている下野の腕を回収する。
 上野は証に運んでもらい、下野を連れて機関の本庁舎へと戻った。

 正生たちを見る影が一つ。
 南館の校舎の屋根に黒いコートを羽織った人物が座っていた。

 コートのフードを目深に被っており顔は明確には分からないが、月の光が晒す口元に、笑みが浮かぶ。

「危なー。もう少しで殺しきられるところだったよ」

 その口から女性の声が流れる。
 手には水色の光が集っていて、それをグッと握り潰した。
 ガラスの割れるような軽い高音が聞こえて、光は粒となって空へと散っていく。

「いやあ、焦った。まさかBR99を使える人がいるとは思わなかったな。さすがにそんなのを使われたら戻せなかったよ。まー、もう一人の目の方は見事にパスをブロックされちゃったけど」

 フードの人物は、喜色がふんだんに含まれた明るい声を吐き出した。
 しかしすぐにその口角が下へと落ちる。

「にしても、やっぱ意思を持つ者は我がままだな。たった数パーセントの適合率でサイコを飲むなんて……バカにもほどがある」

 人のこと言えないけど、とつぶやいて立ち上がる。

「借りは返したからねえ、お兄さん……これで気兼ねなく結晶を探すことができるよ」

 風でコートが揺れて、中の服をほんのわずかに見せてくる。
 その中にあったのは、星浄高校の制服だった。
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