第27話「疑いの花」

文字数 4,328文字

 三式がいるが、ここはサイクロプス社の研究所近くである。

 機関の関係者は過干渉がないように、サイクロプス社への往来を制限されているはずだった。

「!黒岩さん!」

 離れたところで博文が倒れているのを見つけ慌てて駆け寄ろうとする。
 しかし《膨大なサイエネルギーを検知。緊急回避してください》と大きな音で警告音声が流れた。

 横を見やれば、男がSAシステムを使って炎の渦を放っていた。

 渦のスピードを考えると回避している余裕はない。
 再子は手を前に出し、手の平に小さな結界を張って炎を受け止め横に流した。

(このエネルギーの波長……私、この人とどこかで会ったことがあるのかな)

 受け止めたサイエネルギーの波長が、どこか身に覚えのあるものだった。
 再子は視線を男へ移すが、彼の顔は見覚えがない。

 攻撃を受け止められても男は驚かず、少し呆れた様子で笑った。

「さすが。この状況でSAシステムを強制起動できるのは君くらいだよ。どれだけ試しても君の身体は制御できないし」

 ため息を吐いて男は再子へ目を向ける。
 その左目に十芒星が浮かび、再子は目を見開いた。

(!! まさか、この人がもう一人のサイコ・パス……だとしたら干渉されれば手も足も出ない。すぐに逃げないと……けど)

 再子は額から汗を流して周囲を見回す。

 終時はいつの間にかいなくなっていて、博文と要の怪我人が二人のみ。
 負傷した博文と要を連れて行かなければならないが、他の戦闘員の援護なしでは後ろからやられてしまうだろう。

 再子が考えている間に男が手を上に掲げ、上空から光の槍が大量に降り注いだ。

(ッ!! とにかく二人を守らなきゃ!!)

 再子はすぐさま、自分と博文、要の周囲に結界を重ねて出現させる。
 いくつもの光の槍が容赦なく結界に叩きつけられ、衝撃音と土煙が辺りを占領していく。

 槍の雨が止み音も消えるが、しばらく煙が充満したままで。

(いま攻撃されたらすぐに応戦できないッ)

 再子は手を横に出してSAシステムを起動させ、風を起こして土煙を薙ぎ払う。
 視界が明瞭になるが、そこに男の姿はなかった。
 慌てて周囲を見回し確認しても見当たらない。

 こめかみに手を当て、脳内に女性の声が流れる。

《先ほどのサイエネルギーの反応を位置検索します――完了しました。同一個体の反応はありません》

「まさか、逃げた……?」

 こちらは負傷者を二名抱えている状況である。
 他者の身体に干渉できるサイコ・パスだったならば、圧倒的に有利なはずだった。

(なんで……私に勝てないと思って判断を見誤った? いや、そんなはずは……)

 博文が体の動きを開放されて大きく咳き込み吐血する。
 その音に再子の違和感が強制的に流され、彼女はすぐに博文のもとへ駆けよった。

「はッ、はあ……」
「黒岩さん! 内臓がやられてる……すぐ治療します。じっとしていてくださいね」

 再子はSAシステムの治癒能力を発動させて博文の身体を治していった。

 要は電子ウインドウが出せるようになったのを確認し、サイエネルギーを用いたシステム類を起動させていく。
 サイコを飲み込んで顔から表情を剥がし痛みを消して、右の建物の壁まで歩いた。

 地面に緑のガラスの杭のようなものが刺さっていて、それを引き抜く。
 前方の建物へ行けば、そこにも杭が刺さっていて同じく引き抜いた。

 左右前後、四方にあった四つの杭を抜き、電子ウインドウを開いて何やら調べ始める。
 画面にある情報が出てきて手を止めた。

 再子へ視線を移し、彼女のもとへ歩く。

「あ、三式さん。待ってくださいね。すぐ治療します」

 博文の治療を終えて、再子は要の方へ手を向けて治癒能力を出そうとする。
 しかし、要はその手を掴んで制止した。

「そんなことより、重要なことが分かりました」
「? 重要なことって」

 要は周囲を見回し、博文に視線を落とす。

「ここで話す内容ではないので一旦、機関本庁に戻りましょう」
「……わかりました」

 博文が歩けるようになると彼と共にその場を離れる。

 広範囲にわたってサイエネルギーのシステム障害を受けていたため、街は混乱して騒がしくなっていた。

 復旧作業で慌しく業者が走り回り、予定を狂わされたであろう者たちが焦った様子で電話相手に頭を下げ、不満を抱えた一般人の怒りの声が飛び交う。

 博文と別れ、再子と要は機関へと戻った。

 機関の中に入った瞬間、人々の声が普段より大きく聞こえてくる。
 機関にもシステム障害の影響が出ているようで、取締官たちが忙しなく行きかっていた。

 再子たちが会議室に行くと中で境崎とチャシャ、証が待っていた。
 しかし正生の姿が見えない。

「あれ、正生は……」
「その細川のことで話がある」

 境崎の表情は硬く、チャシャたちも顔に影を落としていた。
 状況が分からず再子は怪訝そうに皆へ視線を移す。

「先ほど示導終時からの調査報告もあって証拠は十分そろった。三式、説明してやれ」
「……はい。先ほど何者かが、サイクロプス社の社長、示導終時氏を襲撃しました。我々はその人物が来ることを事前に予期していたので、ある罠をしかけていました」
「罠って」

 再子の疑問に答えるように、要は先ほど回収したガラス製の杭を机上に出す。

 日の光を受けて緑色に煌めくそれは、終時が開発したサイエネルギーを吸収する特殊な鉱石だった。

「襲撃犯が出したエネルギーをこの杭に吸収させて、機関のデータと照合させていたんです。結果、あの男のサイエネルギーの波長が、機関のある人物のものと一致しました。その人物のSAシステム内IDログを見たところ、ちょうど同じ時間帯に莫大な量のサイエネルギーを使用した形跡が見つかっています」

 淡々と話してきた要が、一度言葉を止めて再子へ視線を移す。
 すぐに前方へ視線を戻し、再び口を開いた。

「その人物は、ユーザーID・S01――細川正生です」

 再子の目が大きく見開かれ、動揺で瞳が揺れ動く。

「……え?」

 数十秒してやっと、言葉にもならない困惑の音をこぼした。

 チャシャと証は既に話を聞かされていたのか動揺の色は見えないが、その顔には辛苦が浮き出ていた。

「そういうわけだ。起動たちが戻ってくる前に細川がここに来たが、捕縛に失敗して逃げられてしまってな。これから全国的に指名手配を行う」
「ま……え? 待ってくださいっ。きっと何かの間違いです! だって……私も先ほど襲撃犯と戦いましたが正生とは似ても似つかない顔立ちで」
「おそらく外装オプションをいじっているんだろうな」
「ッ……い、いえですけど。彼は今まで率先してバグと戦って人を守ってきて……」

 境崎は困惑して何とか言葉を探す再子に小さくため息をつく。

「お前の気持ちは分かる。別にアイツが逃げたから犯人だと決めつけている訳じゃない。疑いを掛けられて恐怖を感じて逃げてしまうこともあるだろうからな。だが、疑いが浮上した時点で調査はしなければならない。そいつの身の潔白を証明するためにもな」

 おそらくこの状況で再子が何を言ったところで、疑いが晴れることはないだろう。
 うつむき、「わかりました」と小さく言葉を出した。

 その後は作戦会議をし、チャシャと証は他の業務より正生の捕縛を優先して行うこととなる。

 再子は正生に情のある近親者であり、正生に協力する可能性もある。
 境崎自身は再子を信じているようだったが、念のため機関の取締官が監視役につくこととなった。

 監視役は男子大学生のようで、年齢こそ再子より上だが実力や経歴で見れば彼女の後輩にあたる。
 会議が終わって再子と共に退室し、廊下を歩きながら彼女に申し訳なさそうな視線を送った。

「あの……すみません。起動さんたち一番実績のあるタッグなのに、監視なんて」
「仕方ないですよ。正生の容疑の真偽は分かりませんが、私と彼が接触し協力する可能性が高いのは事実ですから」

 再子も、今の状況は仕方ないと飲み込んでいた。
 申し訳なさそうにされて再子は困ったように眉を下げる。

(でもおそらく私の電子メッセージの連絡もSAシステムも、電子端末も、ログが全て監視されているはず。こうなってくると正生を支える人が誰一人いなくなってしまう……信じているけど、正生はこれからどうするんだろう)

 不安と心配がないまぜになった赤い目を窓の外へと向けた。


「ッはあ、はあ……」

 路地の壁に手をつき、正生は荒い呼吸を世界に叩きつける。
 額から大量に出る汗を腕で拭い、一つ唾を飲み込んでもう一度明確に息を吐く。

「なんなんだよ、いったい。なんで俺がサイコ・パスの容疑かけられてんだよ」

 戸惑いと苛立ちを混ぜて声を吐き出す。

 先ほどのシステム障害が起きた時、正生は頭痛がして倒れ気を失っていたらしい。

 目が覚めたら街が混乱していて、状況を確認のために機関本庁に戻った。
 すると何やら身に覚えのない襲撃犯の犯人と言われ、境崎からサイコ・パスの容疑をかけられたのである。

 自分が気を失っているのを見ていた者がいる、と正生は目撃者を呼び出して無実を証明しようとした。
 しかし、サイコ・パスなら簡単に人の思考を操作できてしまうので、完全には信じてもらえなかったのである。

 肉体の細微検査に協力すれば身の潔白を証明できると境崎に言われたが、正生は本能が嫌な予感を察知して逃げてしまったのである。

(検査を受けれ白だと分かるんだから、普通に考えればそうした方が良いに決まってる。けど……)

『君の命を証明してくれるのは誰かな? 国で作った戸籍かい? 今も脈動している心臓かい?』

 正生の脳内に、始から言われた言葉が想起する。

『細川正生くん。君はホントに、人間なのかな』

『君は思っていたはずだ。この適合率は、人外の証なんじゃないかって』

 正生は電子ウインドウを出して自身のデータベースを開いた。

 適合率、百二十四という数値に自己の認識が歪み侵されていく。

 バグの発生源の容疑者ともなれば、肉体の細微検査もゼロから百まで全て見られてしまうだろう。

 そうなった場合、この数値を持っている自分が人間ではないと認識されるのではないか?
 自分が人間であると、どうやって証明する?
 この異常な適合率は、サイコ・パスであることの確固たる証拠とされないか?

 あらゆる可能性が頭の中を巡る。

 自分は人間だと思っている。
 自分はサイコ・パスではないと思っている。
 自分はバグの生成なんてしていない、と思っている。

 だが果たして、それは真実か?

 そう、思い込んでいるだけではないか?

 自分の事すら分からなくなってくる。

「どうすりゃいいんだよ、クソ……」

 潰されそうな苦しみを声に乗せて、壁に背をつけて地に落ちた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み