第12話「したたかな人」

文字数 3,528文字

 翌日の放課後、正生と再子が校門を抜けると、始が校門の壁にもたれかかって待っていた。

 違う高校の制服を身にまとっているもので、校門を抜ける学生たちは物珍しそうに見ていた。

 正生は彼女を見て「げ」と声をもらし、始がその声に反応してそちらを見る。

「あ、細川くーん!」
「うおわ!?」

 始は満面の笑みを浮かべて手を振り、正生の方に走ってきて飛びついた。

 正生も再子も驚き、正生は慌てて始を受け止める。周りの目が一気に自分の方に向いて居心地悪くなりすぐに引き剥がそうとした。
 がしかし、始は全然離れてくれない。

「お、おい! ここ校門だぞ! 離れろって」
「あはは、ごめんごめん。でも校門じゃなかったらいいの? 場所変える?」
「場所の問題じゃねえよ」

 始が離れて冗談半分で言い、正生は拒否してため息をつく。始はそばにいた再子に気づくと少し驚いた顔をした。

「あれ、彼女いたの?」
「え!?」
「は!?」
「ち、違う違う!」
「別に付き合ってねーから!」

 驚いて二人とも顔を赤くし、同時に否定した。慌てた様子の二人に始は「ふーん」と声をもらす。

「じゃあ別にデートに誘っても問題ないね」
「え、デートって」
「あ、自己紹介しないとね」

 始が再子の言葉に被せてきて、彼女はにっこり微笑む。

「初めまして。私は私立星浄高校一年の終始です。昨日、バグに襲われてたところを細川君に助けてもらったの」
「そうなんですか。私は彼の幼馴染の起動再子です」
 
 幼馴染か、と始はつぶやいて少し困った顔をする。

「私ね、昨日助けられた時に細川君に一目惚れしちゃって」
「え」
「はあ? オイお前」

 正生は始の話に違和感を覚えてツッコもうとする。
 しかし始は彼の方を見ず再子を真っすぐ見つめた。

「助けてもらったお礼もかねてデートしようと思って。あなたが恋人だったら手を引くけど、違うんだよね?」
「え、あ……まあ。幼馴染っていうだけなので」
「そっか、よかった!」

 始は心底嬉しそうに笑っていて、再子は心の奥底に小さな鉄塊のような何かが落ちたのを感じていた。

「細川君もだけど、起動さんとも仲良くなりたいな。これからよろしくねっ」
「……うん。よろしく」

 始が笑顔で手を差し出してきて、再子は一瞬固まってしまう。

 しかしすぐに笑みを作って彼女の手を握り返した。 ずっと笑っていた始の表情が驚きに変わる。
 彼女の変化に正生が怪訝そうにした。

「? どうした」
「え? あー、いや。何でもないよ。今回は起動さんもいることだし出直すよ。またメッセ送るね。じゃ!」
「え、あ、おい!」

 始は言うだけ言って去ってしまい、正生は大きくため息をつく。
 嵐のようで、彼女に関わる度に気疲れしていた。

 その横で再子は始が去った方をじっと見るが、その顔に笑みはない。

「したたかな子だね」
「何がだ?」
「……あの子いま、私のデータベースに侵入しようとしていたんだよ」
「!!」

 正生は目を見開き始の去った方を見やる。

 人間種にも機械種にも個人情報を保管したデータベースというものがある。
 サイエネルギーを使って蓄積、維持されている電子データの海であり、本人以外が閲覧するには本人の認可コードが必要になっている。

 個人情報を閲覧するのにも電子ウインドウを開かなければならない。

 しかし始はそんな動きを見せることなく、再子と握手をした際に再子のデータベースに侵入しようとしたらしい。
 再子は即座に察知してセキュリティーブロック機能で侵入を防いだが、普通ならデータベースに干渉することなどできないはずだった。

「どうやったのかは分からないけど、もしかしたら正生も侵入されたかもね」
「……なるほどな。そこで俺の本来の適合率を見たとしたら、積極的に俺と接触をはかろうとするのにも納得がいく」
「なんにせよ、あの子には気を付けた方がよさそうだね」
「次から次へと面倒なのが増えるな……」
 正生はため息をつき悩まし気に頭をかいた。

 薄暗い路地を歩きながら、始はピンクの派手な髪を揺らす。

「びっくりしたー。まさかブロックされるとは。それにしても、起動再子ねえ……あの人が好きそうな名前だな」

 再子のことを思い出し、ふっと鼻で笑った。
 立ち止まって懐からサイコを取り出し空にかざす。

「ハズレを引いても構わないし、的は多いに越したことはないか。これから楽しくなりそうだよ、シヅミ」
 始は優しげな笑みを浮かべて路地を抜け、人混みの中へと消えていった。

 チャシャと証が特務零課に来てから二週間ほど経った。

 彼女たちが取締官の訓練指導もすることになり、少しずつだが零課の戦力が上がっている。
 しかし新型バグに互角以上で対抗できるものは、チャシャと証・正生と再子の二組だけだった。

(仮に新型バグが自然発生じゃないとしたら、誰が何の目的でやってるのか分からないな)

 学校の昼休み中、再子と共に廊下を歩きながら正生は顎に手を当てて考えていた。

 バグの総数から考えれば新型バグの発生は少ないが、徐々にその数は増えている。
 正生たち以外の取締官が新型バグに遭遇し、死亡することが多くなっていた。
 再子は考え込む彼を不思議そうに見る。

「どうかした?」
「いや。新型バグで取締官の死者数が増えてるし、今の状態だといずれ取締官が足りなくなるだろうと思ってな。零課、最悪は機関自体の体制が崩れるかもしれん」

 取締官を育成するにしても、時間も教える側の人手も足りない。

(新型バグの発生原因をなるべく早く突き止めないとな)

 正生が頭を悩ませていると、ふと前方で話している女子たちの会話が耳に入ってきた。

「ねえ知ってる? 最近、夕方を過ぎた頃に学校の南館で唸り声がするんだって」
「あ、それ知ってる。友達も部活終わりに聞いたって。何か、『うおお』って男のうめき声がするんだって」
「やだー! この間大きいバグ出たと思ったら今度は幽霊っ? この学校呪われてるんじゃないのー?」

 南館は経年劣化のため今は使われていない廃校舎であり、近く取り壊し予定だった。
 女子たちは怪談話として盛り上がる。

 しかしバグやサイコ・ブレイカーの可能性もあるので正生は少し気になっていた。

「再子は知ってるか? 今の話」
「うん。っていっても人づてにだけどね」

 正生も再子もあまり遅くまで学校に残ることはないのか、実際にうめき声は効いたことがない。
 話していると二人の手元に小さな電子ウインドウが開きメールの通知が来る。

 送り主はチャシャのようで、二人とも止まってメールを確認した。

 どうやらチャシャたちは先の話のうめき声を調査するらしく、正生たちも授業が終わったあと残るようにとの指示が書かれている。

「気になってたしちょうどいい」

 正生は口元に笑みを浮かべて電子ウインドウを流し消した。

 二人が教室に戻ると、上野はいたが下野の姿が見当たらない。

「あれ、光は?」
「あ……なんかお腹の調子悪いみたいでトイレにこもってる」

 上野は問われて目をそらして答えた。
 正生も再子も少し違和感を覚えるが、そのまま流して席に座る。

 上野は二人を見て何か言いたそうに、忙しなく手をいじっていた。

「あ、あのさ……」
「? どした?」
「あー……いやっ、やっぱなんでもないっ」
「なんだよ気になるだろ」
「ごめんごめん。ちょっと授業で気になることあったけど、またあとで先生に聞きに行くよ」

 上野は苦笑いし、慌てた様子で誤魔化した。
 正生は不思議そうに首をかしげる。
 その後、授業が始まったが下野は戻ってこなかった。

 結局、体調が優れないので早退するとチャシャに電子メールで連絡が入ったらしい。
 しかし下野は正生たちに顔を見せずに帰ってしまった。

 授業も部活も終わり、学校はすっかり夜の藍色に覆われている。
 正生と再子が本館から出ると、渡り廊下の中間部でチャシャたちが待っていた。

 しかし既に武器を出していて、証は薙刀を、チャシャは大きな赤い鉄鎌を持っている。

「なんだ、ずいぶん警戒態勢きついな」
「こっちに来て。近づかないと分からないように細工がされているけど、高濃度のサイエネルギーが充満しているの」

 正生と再子が渡り廊下の中間部に来た瞬間、二人の視界に〈高濃度のサイエネルギーを感知〉と警告文が出現する。

 南館へ目を向けて、驚愕して息を飲み込んだ。
 南館全体を覆うようにして、サイエネルギーの水色の光の線が大量に伸びていた。

「なん、だよ。この膨大なエネルギーは」
「こんな量のサイエネルギー見たことない……」
「二人とも武器を出して。ここからは最大限の警戒を持って進みます」

 指示を受けて正生は自動式拳銃を、再子は鉄槍を出す。チャシャを先頭にして、消灯された南館へと足を踏み入れた。
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