第10話「特務零課のメンバー」

文字数 4,886文字

 本庁舎に着き境崎の部屋に入ると、縦長のテーブルの奥で境崎が座ってお茶を飲んでいた。

 彼のそばには秘書が、左の席にはチャシャと証が座っていた。正生はチャシャたちを見て少し驚く。

「なんで二人がここに」
「お前たちに話さねばならんことがいくつかある。とりあえず座れ」

 境崎に指示されて正生と再子も席に座る。秘書が立ち上がって二人の前に茶と菓子を出し、元の席に戻っていく。

「まずは二人を労わねばならんな。昨日は大変だっただろう。レイバレンさんたちが来るまで二人ともよく頑張った」

 正生は境崎が褒めてくるとは思わず驚いて目を見開く。
 しかし、悔しそうにして目をそらした。

「……結局やられたけどな」
「いや。二人があの場をしのいでくれたお陰で、学生たち一般人に被害は出ていない。あのバグは普通の取締官では抑えられないものだったから、お前たちがあの場にいてくれて本当に助かった」
「! あのバグのこと何か知ってるのか」

 正生はガタッと立ち上がって前のめりになる。

「落ち着け。順を追って説明する」
「そのバグのことについては私から説明するよ。とその前に、細川君には挨拶したけど、起動さんとは初めましてだから挨拶しておくね」

 チャシャが立ち上がって再子へ目を向ける。

「私はICPOのサイコ取締局に所属している一級人間種取締官、チャシャ・レイバレンです。彼は警視庁捜査一課の機械種取締官、定原証刑事」
「あなたが私を助けてくださった……あの、ありがとうございます。治療費も出してくださったみたいで」

 再子はすぐに立ち上がり頭を下げて礼を言った。

 チャシャは「無理やり連れて行ったようなものだから気にしないで」と再子に頭を上げるよう言い座らせてやる。

「むしろ私たちの到着が遅れてしまったから、ああなってしまったわけだし。二人とも戦って気付いたと思うけど、あのバグは普通のものとは違う。新種とも呼べるもの、私たちの脅威となり得るものなんです」

 新型バグの出現は総数でいえば少ないものの、日本以外での国でも散見されている。

 インターポールは取締官を各国に派遣し調査を始めた。
 チャシャが日本に来たのもそれが理由であり、日本での新型バグ討伐のサポートも任されている。

 彼女いわく、バグは原型となる人間の情報を活用して独自に進化しているという。
 その最大の脅威は――

「新型バグは元の人間が取締官でなく一般人だったとしても、SAシステムが使えてしまうの」
『!!』

 正生と再子は驚いて目を見開いた。

 チャシャによると、アメリカで現れた新型バグをサンプリングとして捕獲し調べたところ内部にSAシステムとほぼ同じプログラムが組まれていたという。

 SAシステムを起動させるにはIDが必要だが、新型バグはどうやってかSAシステムのプログラムを完璧にコピーして、IDを必要としない形式に書き換え自身の機体に再構築しているというのである。

 それに加えて証が「もう一つ厄介な事がある」と正生へ視線を向けた。

「お前、昨日バグと戦ったとき、SAシステムを妨害されなかったか」
「ああ……だがまあ、俺たち機関の人間をよく思っていない奴らは多い。あの時は妨害してくる奴の姿が見えなかったが、システムの履歴が消されていなければ探すのは簡単だとは思うぞ」
「いや、違う。あの時お前のSAシステムに攻撃したのは、あのバグ自身だ」
「! あのバグが……?」
「どうやら新型バグは、SAシステムに侵入できるらしい。そうして戦っている相手のIDを狙い撃ちしてサイバー攻撃を仕掛け、相手のシステムを停止させる。それが新型バグの戦い方だ」
「オイオイ、機関の戦闘システムをコピーして改良した上に機関のシステムを妨害できるだと? 進化するにしろちょっと都合よすぎやしねえか」

 正生は顔を引きつらせて苦言を呈した。

 機械の進化は人間の予想を超えるものだと、はるか昔の「機械進化」で証明されている。
 だがしかしここまで都合が良いと、受け入れがたくなってくる。

「俺は、バグが機械進化したとは思っていないがな」

 境崎は机に手を組んで視線を下げて言った。

 現状バグが発生すれば、正生が主軸となって即座にバグを蹴散らしている。
 バグ化した後に進化するにしても、学習を重ねている時間はおそらくないだろう。

 仮に原型となる人間からデータを吸い取って新型に進化しているとしたら、SAシステムを知らない一般人までもが新型バグになることはないだろう。

 何らかの外部干渉がない限り、バグがSAシステムをそれほど完璧にコピーすることはできないはずである。

 境崎が視線を上げ、正生へ目を向ける。

「考えられるとすれば――」
「誰かが、バグに学習させている可能性があるってことか」

 正生は口角を上げ、境崎の言わんとすることを口にした。

 SAシステムのプログラムを知っているのは機関の関係者か他国の警察のみ。
 とすれば、この機関内にも裏切り者がいる可能性があるということになる。

「なるほど。だからわざわざ私たち二人だけを呼び出したんですね」
「つっても、俺たちが裏切り者って可能性もあるだろ」
「当たり前だ。そのためにも監視役を呼んでいる」

 境崎はチャシャと証へ目を向けた。

 彼女らICPOの面々は新型バグの調査と討伐の任で各国に送られているが、それには裏切り者がいないかの監視も含まれていた。

「さっきいったような新型バグが出たことで零課の戦力強化が急務になった。そこで今回、特務零課にメンバーを加えることになったんだが、それがこの二人だ」

 正生と再子は同時に『え』と短い声をこぼした。

 昨日見た限り、証に関しては戦力も申し分ない。
 しかし彼は警視庁に所属する刑事であり、チャシャはインターポールの取締官である。

「いや待てよ。それ重職だろ」
「それが、今回はバグの調査を円滑に進めるために特例として許可されたの。零課は特にSAシステムを多用して戦っているから、私たちが機関を監視するには零課に入った方が効率的だからね」
「零課はお前ら以外、ほぼ戦力にならんらしいしな。ちょうどいいだろ。というより、お前らでも少し戦力不足かもしれんが」

 証が少し馬鹿にしてくるような目を向けて、正生はイラっとして嫌そうな顔をする。

 正生は普段、戦闘で周りの破壊を顧みない。
 それを見た証がダメ出しや小言を挟んでくるのは容易に想像がつく。

「うわ。俺このハゲと一緒に仕事するとか無理なんですけど」
「境崎さん。コイツ殴っていいですか」
「あーもう、喧嘩しないの」

 また喧嘩が始まりそうになってチャシャは苦笑いして止めに入る。

「監視とは言ったけど、もちろん私たちが裏切り者の可能性だってある。だから二人には私たちを監視しつつ、新型バグの調査を協力してほしいの」
「私は構いませんが……」

 再子は昨日チャシャたちに助けてもらった恩もあり承諾する。
 しかし正生はあまり乗り気ではないのか、口角を下げて目をそらした。

 二組のタッグが互いを監視し合う関係であり、あまり気持ちのいいものとは言えないからだろう。

 正生は小さくため息をつき、顔を背けながらも口を開く。

「やるからには、変な行動してたら容赦なくツッコむからな」
「……うん、頼りにしてるよ。これからよろしくね。細川君、起動さん」

 チャシャは、ふっと優しく微笑みを返した。
 一連の状況説明を終えて、議題は新型バグとの戦い方に切り替わる。

 新型バグとは、正生たちや境崎より、チャシャと証の方が多く戦ってきている。
 完全に敵を攻略したとは言いがたいが、うまく対処する術はある程度わかっている。

 たとえバグのSAシステムをいなせたとしても、こちらの武力をそがれれば被害は大きくなる。

 なのでまずは、こちらのSAシステムにサイバー攻撃を仕掛けてくるのを阻止する方法を教えた。

「阻止する方法は簡単だよ。システムIDに侵入してきた攻撃コードに、こちらからも攻撃を返して相殺する」

 SAシステムは登録人数に合わせて枝葉のようにIDが広がっている。

 サイバー攻撃はその枝葉に侵入してくるわけだが、その攻撃コードに対して打ち消すコードを送り込めばブロックができるという。

「相殺するためにサイバー攻撃を即感知しないといけないんだけど、それにはSA警戒アラート計測値をマイナス四百に設定する必要があるの」
「マイナス四百って、大丈夫なんですか」

 チャシャに指示されるが再子は不安げな顔をする。

 警戒アラートはSAシステム内の警備システムであり、異常を検知すると警告を流してくれるものである。

 初期値はゼロだが、マイナスに設定することでウイルスや攻撃を侵入してきた瞬間に感知することができる。

 しかしサイコの適合率が一定以下の者の場合、計測値をゼロ以下に設定するとシステムが異常と認識してしまう。
 そうなると目にエラーコードが浮き出てIDにロックがかかり、SAシステムが使えなくなるのである。

 チャシャは電子ウインドウを開き、正生たちの個人データを確認する。
 そこにはサイコの適合率が記載されていて、再子は九十八パーセント、正生は九十九パーセントだった。

 正生の数値を見て表情が少し硬くなる。
 しかしすぐに元に戻り、電子ウインドウを消し去った。

「二人ともサイコの適合率が高いから大丈夫。うまくできなければ他の方法を試すよ」

 チャシャに促され、正生と再子は電子ウインドウを出してSAシステムの個人ID設定にログインする。

 ID設定画面のタブを切り替え、警戒アラート計測値と書かれている欄にマイナス四百の数値を入力した。

《警戒アラート計測値を変更します》
「っ!!」

 女性の声が頭に響き、脳が揺さぶられる感覚と頭痛に襲われて二人とも頭を押さえる。

 二人の眼球に白いローディングアイコンが浮かび上がった。

《変更完了》

 その声と共にアイコンが消え、頭痛も治っていく。
 しかし絶妙な気持ち悪さが残ったままで、正生と再子は苦い顔をして口元を手で覆った。

「うえ、吐きそう」
「慣れないとキツいよね」

 チャシャは苦笑いして二人の背中をさすってやる。

 SAシステムは肉体とリンクしているので、システムの設定を変更するとID所有者の肉体にダイレクトに副反応が出てしまうのである。
 チャシャは二人の目元を確認した。

「どう? 二人ともSAシステムは正常に動いてる?」
「ロックはされてないな」
「大丈夫そうです」
「よかった。これでシステム妨害の対抗はできるね」

 チャシャは二人に妨害を打ち消すコードを教える。
 実践として証にシステムの妨害攻撃を流してもらい、二人にサイバー攻撃の阻止を試行させる。

 何度か失敗しつつ、二人とも打ち消しに成功した。

「境崎さん。システムの防御はできたので、このまま二人に対新型バグの戦闘訓練をしてきますね」
「ああ、頼む」

 正生たちはチャシャに連れられ、機関の訓練場へと向かった。
 四人が部屋を出ていき、途端に静かな世界がやってくる。

 秘書の女が立ち上がって茶を淹れ境崎の前に出した。

「良いんですか」

 彼女、三式要(さんしきかなめ)は境崎に問いを投げつけた。
 何一つ感情のこもっていない彼女の声が部屋に冷気を広げる。

 光のない水色の目が境崎に向いていたが、彼は要に目を向けず茶を飲み、「何がだ」と短く返した。

「チャシャ・レイバレンをあの男に近づけたことです。おそらく彼女、偽装に気づいていますよ。ヘタをすればこちらが疑われます」
「問題ない。仮に疑いの矢が俺に向いたとしても、彼の正体に近づける可能性があるのなら上々だ」
「……真様。当初から申しているようにあの男は危険です。完全に破壊するのは難しいですが、逃げることはできます。今すぐ我々のテリトリーから遠ざけるべきです」
「遠ざけたとしても、奴の影響下からは出られないさ。放し飼いにしていればどこまでも後手に回る。なら鎖でつないで監視し、状況を手に掴んでいる方がまだマシだ」
「……真様が、そうおっしゃるのでしたら」

 要は視線を下げる。今まで何の色もなかったその瞳に不安と哀色が浮き上がっていた。
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