第23話「サイクロプス社の社長」
文字数 5,136文字
正生は始たちを連行して機関に引き渡し、境崎に呼び出されて会議室に行く。
そこにはチャシャと証、再子が待っていた。
「再子、無事だったんだな」
「え? あ、うん……途中から気絶してたのか何も覚えてなくて。ごめんね、バグの応戦任せちゃって」
「バグ? 何のことだ?」
「え、何のことって……」
正生に問われて再子は困惑した。
先ほどレストランから出たあと彼から聞かされたことを伝えようとする。
しかしその前に境崎が口を開いた。
「さっき細川が連行してきてくれたが、連続通り魔事件の犯人を確保した」
各人の前に電子ウインドウを展開させ、犯人に関する資料を正生たちに見せた。
そこに記載されていた人物が始と松岡で、再子は驚いて正生と境崎を交互に見る。
「あ、あの、この二人って」
「そうだ。お前たちが今朝から遊んでいた二人が、一連の事件の犯人だったんだよ」
「な、なんで……」
「奴らの狙いは機械種だ。チャシャさんも狙われたが、再子はまだ標的にされていなかった。単純に、俺たちのサイコの適合率から俺たちを次のターゲットにして近づいてたんだろ」
始は正生と出会ってから、かなりの頻度で接触を測ってきている。
会った時には既にマークされていたのだろう。
しかし、
「あいつらの狙いは機械種という漠然としたものじゃないぞ」
扉の方から女の子の声が聞こえてきた。
全員の視線がそちらへ集中する。
そこにいたのは、小学生くらいの水色のツインテールを持った少女だった。
そばには付き人らしき女性がいる。
二十代後半ほどだろうか、短い銀髪と銀の目を持った美麗な女性である。
少女の赤い目が正生の方へ向き、どこか警戒の色を見せる。
みな少女に驚いていたが、正生は改めてこの場が機関の基地であることを思い出す。
顔を引きつらせて境崎へ目を向けた。
「おいおい、イメージ回復と人手不足解消のためにとうとう職場見学のイベントでも始めたのか?」
「そんなことをしても意味ないだろ。サイコ・ブレイクとバグの有識者とコンタクトが取れた。どうせなら直接、ここまで技術を発展させた張本人に聞いた方が早いと思ってな。会ってもいいと許可を受けたから連れてきたんだ。お前らも知っている人物だぞ」
正生たちは境崎が何を言っているのか分からずに怪訝そうにする。
(まあ、分からないのも仕方ないか)と彼は小さくため息をついた。
「コイツが今のサイクロプス社の社長だ」
全員「え」と戸惑った声をもらす。
しかしチャシャはすぐに状況を察して顔に険を浮かべた。
「まさかこの子……」
「ああ。こんな成りをしているが、こいつは……示導終時だ」
『なッ!?』
チャシャを除いて、正生たちは驚愕して唖然とする。
示導終時は、何万年も前に生きていた人物である。
万年は人間では当たり前に生きていないと分かる年月であり、機械種ですらそこまで長年起動できる者はいない。
終時の子孫が会社を継いでいるならともかく、彼本人が今もなおそこに鎮座するのはあり得ない話だった。
チャシャは硬い表情で口元に手をやる。
(記録上、示導終時氏が亡くなって以降も技術発展が衰えるどころか革新的になっていたからICPOでも生存説が出ていた。でもそれはさすがに有り得ないと一蹴されていたのに、まさか本当に生存しているなんて……)
示導終時は機械繫栄をもたらした、技術革新の権威となる人物である。
彼には娘がいたが、その子は早くに亡くなって血族の後継者はいない。
そして彼自身も、なぜか会社の後継の話を全くしていなかった。
そんな状態では、示導終時が亡くなれば彼の技術や製品を巡って争いが起きることは明白である。
サイクロプス社は外部からの攻撃や、社内の派閥分裂、技術盗用者の出現などが起きて崩壊すると考えられていた。
しかし実際は彼が亡くなったとされた後にひと悶着あったのみで、以降は安定して経営が行われていた。
誰が彼の代わりにサイクロプス社を運営していたのか、何一つ記録に残っていない。
終時が己の死を偽装し、実際は生きたまま表舞台からは姿を消し、裏で研究と経営を続けていた可能性は大いにある。
「信じるも信じないも好きにすればいい」
考え込んでいるチャシャを横目に、終時はテーブルを囲う椅子にドカッと腰を下ろした。
少し足を開き、懐から緑の小さな機械とプラスチックのケースを出す。
ケースから細く短いガラスの棒を取り出して小型機械に差し込み、突き出た棒の部分を口に咥えようとして――そばに来た付き人の女性に機械を取られてしまった。
「何してるんですか社長。今あなた小学生なんですよ」
「小学生って……中身もうジジイ通り越してるんだぞ。ニコチンもタールも入ってないからいいだろ別に」
「ダメです。外見年齢にそった生活を送るのがこの時代の慣習なんですよ」
「刀代は頭が固すぎるな。肺を捨ててもいいからタバコを吸いたい喫煙者と一緒だ。私は世間体を捨てても良いからサイガレットを吸いたいんだよ」
「なんでそんな誇らしげに言えるんですか」
付き人、二式織刀代 は苦笑いしてため息をついた。
サイガレットとはタバコから派生した嗜好品である。
サイエネルギーを使った機械であり、サイコの適合率が六十八パーセント以上の者にのみ反応して起動するようになっていた。
シガレットをもじっているが紙や電子タバコと違ってニコチンやタールは含まず、それらと同等の効果が得られる物となっている。
体に害はないが、見た目が普通に電子タバコなので子供が使っているとあまりいい目で見られなかったりする。
先ほどまでの空気を打ち壊すような二人のやり取りに正生たちは顔を引きつらせていた。
(こいつ、本当にあの示導終時なのか?)
終時の死後も彼の生前と変わらぬ体制であったことから、数年の間は示導終時の生存説が人々の間で娯楽となっていた。
もっとも何百・何千・何万年の刻が経てば、彼の存在は歴史上の人物の印を押される。
そんな太古の人物が仮に現代で息を吸っているというのならば、考えられる方法としては、
「あなたもしかして……自分の肉体を改造したんですか」
チャシャが予想を投げつけて、終時は彼女の方を向く。
口元に笑みを浮かべ、「惜しいな」と返した。
「私は別に、自分の肉体に手を加えたわけじゃない。肉体はランダムに壊れていくからな。補修や改造をするにも面倒なんだ。だったら、新しい体に移し替えた方が手っ取り早い。私がやっているのは肉体の改造じゃなくて、魂の入れ替えだ」
終時は正生たちに、昔に自分が開発した魂の剥離・挿入技術について話をした。
それは始澄が死んだ日から己以外に使わせることがないよう、誰にも話さずにいたものだった。
「人間の魂を、機械に……」
再子は驚愕し、少し恐怖感を覚えて腕をさする。
正生も驚いてはいたが、一つ疑問が浮かんでくる。
「サイコを造ったアンタだ。そういう技術も作れなくはないだろうな。だが……だからってなんで何万年もこの世に居続けているんだ? 十数年とかなら分かるが、機械技術をもっと研究したいとかっていう研究者のサガって奴か?」
「……いや。私のコレは、探求心などというキラキラしたものじゃない。自分で作り出したものが人を苦しめているんだ。自分の尻は自分で拭わねばならん」
終時はサイコを開発したが、今となってはそのサイコがバグの発生原因ともなっている。
薬を作った者として、自分にはバグ殲滅の責任があると考えていた。
「それに私は生前、二つ落とし物をしている。それを回収したくて、ずっとこの世をさまよっていたんだ。一つは手の届くところまで探し出せたが、残りの一つはまだ見つかっていない」
見当はついているがな、と終時は境崎へ目を向ける。
境崎は視線を向けられて嫌がるように目をそらした。
「落とし物の残りはサイコやバグに深く関係している。君たちが追っているものでもあるが」
「! まさか、新型バグを引き起こす原因か」
正生が気づいて言葉を出せば、終時はそれを肯定した。
「いずれ動くだろうと思って待っていたら案の定だ。ちょうどここ数ヶ月で新型のバグが現れ始めたから、君たちと顔合わせしても良いかと思ってな……という訳で、これからは私も情報を分ける。私の目的は君たちのバグ殲滅の目的と繋がると思うから、協力してくれると助ける」
目の前にいるのは、大昔の人間を自称する小学生の少女である。
得体のしれないものを相手に協力を快諾はできないものの、正生たちは終時という仲間を手に入れたのであった。
挨拶を終えて、まず境崎は終時に知っている情報を全て話せと要求した。
反発されると思いながらも言ったようだが、意外にも終時は抵抗の色を見せずに話し出した。
彼は境崎とチャシャ、証へ視線を送る。
「機関の人間やICPOの調査員ならもう気づいているだろう。例外はあるが、サイコ・ブレイカーとバグになった人間には共通点がある」
「共通点?」
「ほとんどが、名前のイニシャルにSがついているんだ」
境崎とチャシャ、証はピクリと反応する。
正生はそれを聞いてこれまでのサイコ・ブレイカーとバグを思い返した。
「そう言われてみりゃ、やたらとサ行の名前の奴が多いな。でもなんでSなんだ?」
「おそらく、私が開発した初めての人型機械A#01の機能が原因だろうな」
もともと終時は開発した最初の機種〈A#01〉に、暴走した時のための自壊コードを組み込んでいた。
サイエネルギーの名に関連して、彼がつくった機体には全てシリアルナンバーの頭に『$$β01 』というコードがつけられている。
それが自壊コードだった。
「自壊コードはA#01が他者に危害を加えないように、機体の異常を察知すると内部から機能を停止させるものだ。安全装置ではあるんだが、一つ大きな欠陥があってな。自壊コーは実行させるとき、地脈に巡る莫大なサイエネルギーを勝手に吸い込んで消化してしまうんだ」
最初期の機体は今ほど高性能ではなく、また自壊の条件となる異常検知センサーが敏感に反応してしまい自壊が多発していた。
サイエネルギーは地球の大切な資源であるため、エネルギーを大量消費するA#01はリコールとなる。
だが、その技術は思いもよらぬところで影響を与えた。
自壊コードの多発でサイエネルギーを大量に奪われたからか、地球のサイエネルギーの流れが変わってしまったのである。
エネルギーの波の変化を受けて、一時期サイエネルギーの採取が停止させられた。
しかしそれも時が経てば緩和され、現在まで技術革新が続きサイエネルギーがさらに使われるようになっている。
「エネルギーの自然発生量を上回る消費が続けば、当然いつかは枯渇する。それを察知したサイエネルギーが、枯渇を防ぐために成分変化を起こした。私の自壊の技術を応用したらしい。名前にSがつく適合率の低い者がサイエネルギーを体内に取り込むと、強度な副反応を引き起こすようになってしまった。その副反応が、サイコ・ブレイクだ」
動植物が自らの命を守るために毒性を持つように、サイエネルギーが自らの消滅を逃れるために変化した。
終時のコードを利用して人間を攻撃できるように進化を果たしたのだという。
適合率の低い者はその毒性に耐えられずサイコブレイクを起こす。
「じゃあ、バグの発生もサイエネルギーの毒だって言うのか? それにしたって、バグの発生なんてここ数十年の話だぞ」
サイコブレイクは何万年も前から発生しているが、バグが出てきたのはそれよりもっと近い三十年前である。
サイエネルギーの毒性と関連付けるにはあまりにも間が開きすぎていた。
「いや。バグの発生はサイエネルギーによるものではない。アレは、人為的に作られているものだ」
正生たち全員の表情が険しくなる。
新型バグだけでなくバグそのものが誰かの手によってつくられているとするなら、その犯人はつまり、人間の身体を変化させることができる相当な危険人物ということになる。
「そいつはサイエネルギーの毒性を学習して自分の身体に取り込み進化した、機械種だ」
終時はここで、バグの発生原因が機械種であると明言した。
人間もそういった進化ができないとは言い切れないが、彼は機械種の可能性の方が高いと考えていた。
そして、それが誰であるのか、ある程度の目星はついているのである。
「奴らは他者の身体に入り込んで干渉することできるようになってしまった。そいつらにとっては、人間の臓器も細胞も記憶も、データの集合体に過ぎない。細胞に至るまで全てを思いのままに書き換える力を持つ……私はそいつらを、『$!K0-P@SS 』と呼んでいる」
そこにはチャシャと証、再子が待っていた。
「再子、無事だったんだな」
「え? あ、うん……途中から気絶してたのか何も覚えてなくて。ごめんね、バグの応戦任せちゃって」
「バグ? 何のことだ?」
「え、何のことって……」
正生に問われて再子は困惑した。
先ほどレストランから出たあと彼から聞かされたことを伝えようとする。
しかしその前に境崎が口を開いた。
「さっき細川が連行してきてくれたが、連続通り魔事件の犯人を確保した」
各人の前に電子ウインドウを展開させ、犯人に関する資料を正生たちに見せた。
そこに記載されていた人物が始と松岡で、再子は驚いて正生と境崎を交互に見る。
「あ、あの、この二人って」
「そうだ。お前たちが今朝から遊んでいた二人が、一連の事件の犯人だったんだよ」
「な、なんで……」
「奴らの狙いは機械種だ。チャシャさんも狙われたが、再子はまだ標的にされていなかった。単純に、俺たちのサイコの適合率から俺たちを次のターゲットにして近づいてたんだろ」
始は正生と出会ってから、かなりの頻度で接触を測ってきている。
会った時には既にマークされていたのだろう。
しかし、
「あいつらの狙いは機械種という漠然としたものじゃないぞ」
扉の方から女の子の声が聞こえてきた。
全員の視線がそちらへ集中する。
そこにいたのは、小学生くらいの水色のツインテールを持った少女だった。
そばには付き人らしき女性がいる。
二十代後半ほどだろうか、短い銀髪と銀の目を持った美麗な女性である。
少女の赤い目が正生の方へ向き、どこか警戒の色を見せる。
みな少女に驚いていたが、正生は改めてこの場が機関の基地であることを思い出す。
顔を引きつらせて境崎へ目を向けた。
「おいおい、イメージ回復と人手不足解消のためにとうとう職場見学のイベントでも始めたのか?」
「そんなことをしても意味ないだろ。サイコ・ブレイクとバグの有識者とコンタクトが取れた。どうせなら直接、ここまで技術を発展させた張本人に聞いた方が早いと思ってな。会ってもいいと許可を受けたから連れてきたんだ。お前らも知っている人物だぞ」
正生たちは境崎が何を言っているのか分からずに怪訝そうにする。
(まあ、分からないのも仕方ないか)と彼は小さくため息をついた。
「コイツが今のサイクロプス社の社長だ」
全員「え」と戸惑った声をもらす。
しかしチャシャはすぐに状況を察して顔に険を浮かべた。
「まさかこの子……」
「ああ。こんな成りをしているが、こいつは……示導終時だ」
『なッ!?』
チャシャを除いて、正生たちは驚愕して唖然とする。
示導終時は、何万年も前に生きていた人物である。
万年は人間では当たり前に生きていないと分かる年月であり、機械種ですらそこまで長年起動できる者はいない。
終時の子孫が会社を継いでいるならともかく、彼本人が今もなおそこに鎮座するのはあり得ない話だった。
チャシャは硬い表情で口元に手をやる。
(記録上、示導終時氏が亡くなって以降も技術発展が衰えるどころか革新的になっていたからICPOでも生存説が出ていた。でもそれはさすがに有り得ないと一蹴されていたのに、まさか本当に生存しているなんて……)
示導終時は機械繫栄をもたらした、技術革新の権威となる人物である。
彼には娘がいたが、その子は早くに亡くなって血族の後継者はいない。
そして彼自身も、なぜか会社の後継の話を全くしていなかった。
そんな状態では、示導終時が亡くなれば彼の技術や製品を巡って争いが起きることは明白である。
サイクロプス社は外部からの攻撃や、社内の派閥分裂、技術盗用者の出現などが起きて崩壊すると考えられていた。
しかし実際は彼が亡くなったとされた後にひと悶着あったのみで、以降は安定して経営が行われていた。
誰が彼の代わりにサイクロプス社を運営していたのか、何一つ記録に残っていない。
終時が己の死を偽装し、実際は生きたまま表舞台からは姿を消し、裏で研究と経営を続けていた可能性は大いにある。
「信じるも信じないも好きにすればいい」
考え込んでいるチャシャを横目に、終時はテーブルを囲う椅子にドカッと腰を下ろした。
少し足を開き、懐から緑の小さな機械とプラスチックのケースを出す。
ケースから細く短いガラスの棒を取り出して小型機械に差し込み、突き出た棒の部分を口に咥えようとして――そばに来た付き人の女性に機械を取られてしまった。
「何してるんですか社長。今あなた小学生なんですよ」
「小学生って……中身もうジジイ通り越してるんだぞ。ニコチンもタールも入ってないからいいだろ別に」
「ダメです。外見年齢にそった生活を送るのがこの時代の慣習なんですよ」
「刀代は頭が固すぎるな。肺を捨ててもいいからタバコを吸いたい喫煙者と一緒だ。私は世間体を捨てても良いからサイガレットを吸いたいんだよ」
「なんでそんな誇らしげに言えるんですか」
付き人、
サイガレットとはタバコから派生した嗜好品である。
サイエネルギーを使った機械であり、サイコの適合率が六十八パーセント以上の者にのみ反応して起動するようになっていた。
シガレットをもじっているが紙や電子タバコと違ってニコチンやタールは含まず、それらと同等の効果が得られる物となっている。
体に害はないが、見た目が普通に電子タバコなので子供が使っているとあまりいい目で見られなかったりする。
先ほどまでの空気を打ち壊すような二人のやり取りに正生たちは顔を引きつらせていた。
(こいつ、本当にあの示導終時なのか?)
終時の死後も彼の生前と変わらぬ体制であったことから、数年の間は示導終時の生存説が人々の間で娯楽となっていた。
もっとも何百・何千・何万年の刻が経てば、彼の存在は歴史上の人物の印を押される。
そんな太古の人物が仮に現代で息を吸っているというのならば、考えられる方法としては、
「あなたもしかして……自分の肉体を改造したんですか」
チャシャが予想を投げつけて、終時は彼女の方を向く。
口元に笑みを浮かべ、「惜しいな」と返した。
「私は別に、自分の肉体に手を加えたわけじゃない。肉体はランダムに壊れていくからな。補修や改造をするにも面倒なんだ。だったら、新しい体に移し替えた方が手っ取り早い。私がやっているのは肉体の改造じゃなくて、魂の入れ替えだ」
終時は正生たちに、昔に自分が開発した魂の剥離・挿入技術について話をした。
それは始澄が死んだ日から己以外に使わせることがないよう、誰にも話さずにいたものだった。
「人間の魂を、機械に……」
再子は驚愕し、少し恐怖感を覚えて腕をさする。
正生も驚いてはいたが、一つ疑問が浮かんでくる。
「サイコを造ったアンタだ。そういう技術も作れなくはないだろうな。だが……だからってなんで何万年もこの世に居続けているんだ? 十数年とかなら分かるが、機械技術をもっと研究したいとかっていう研究者のサガって奴か?」
「……いや。私のコレは、探求心などというキラキラしたものじゃない。自分で作り出したものが人を苦しめているんだ。自分の尻は自分で拭わねばならん」
終時はサイコを開発したが、今となってはそのサイコがバグの発生原因ともなっている。
薬を作った者として、自分にはバグ殲滅の責任があると考えていた。
「それに私は生前、二つ落とし物をしている。それを回収したくて、ずっとこの世をさまよっていたんだ。一つは手の届くところまで探し出せたが、残りの一つはまだ見つかっていない」
見当はついているがな、と終時は境崎へ目を向ける。
境崎は視線を向けられて嫌がるように目をそらした。
「落とし物の残りはサイコやバグに深く関係している。君たちが追っているものでもあるが」
「! まさか、新型バグを引き起こす原因か」
正生が気づいて言葉を出せば、終時はそれを肯定した。
「いずれ動くだろうと思って待っていたら案の定だ。ちょうどここ数ヶ月で新型のバグが現れ始めたから、君たちと顔合わせしても良いかと思ってな……という訳で、これからは私も情報を分ける。私の目的は君たちのバグ殲滅の目的と繋がると思うから、協力してくれると助ける」
目の前にいるのは、大昔の人間を自称する小学生の少女である。
得体のしれないものを相手に協力を快諾はできないものの、正生たちは終時という仲間を手に入れたのであった。
挨拶を終えて、まず境崎は終時に知っている情報を全て話せと要求した。
反発されると思いながらも言ったようだが、意外にも終時は抵抗の色を見せずに話し出した。
彼は境崎とチャシャ、証へ視線を送る。
「機関の人間やICPOの調査員ならもう気づいているだろう。例外はあるが、サイコ・ブレイカーとバグになった人間には共通点がある」
「共通点?」
「ほとんどが、名前のイニシャルにSがついているんだ」
境崎とチャシャ、証はピクリと反応する。
正生はそれを聞いてこれまでのサイコ・ブレイカーとバグを思い返した。
「そう言われてみりゃ、やたらとサ行の名前の奴が多いな。でもなんでSなんだ?」
「おそらく、私が開発した初めての人型機械A#01の機能が原因だろうな」
もともと終時は開発した最初の機種〈A#01〉に、暴走した時のための自壊コードを組み込んでいた。
サイエネルギーの名に関連して、彼がつくった機体には全てシリアルナンバーの頭に『
それが自壊コードだった。
「自壊コードはA#01が他者に危害を加えないように、機体の異常を察知すると内部から機能を停止させるものだ。安全装置ではあるんだが、一つ大きな欠陥があってな。自壊コーは実行させるとき、地脈に巡る莫大なサイエネルギーを勝手に吸い込んで消化してしまうんだ」
最初期の機体は今ほど高性能ではなく、また自壊の条件となる異常検知センサーが敏感に反応してしまい自壊が多発していた。
サイエネルギーは地球の大切な資源であるため、エネルギーを大量消費するA#01はリコールとなる。
だが、その技術は思いもよらぬところで影響を与えた。
自壊コードの多発でサイエネルギーを大量に奪われたからか、地球のサイエネルギーの流れが変わってしまったのである。
エネルギーの波の変化を受けて、一時期サイエネルギーの採取が停止させられた。
しかしそれも時が経てば緩和され、現在まで技術革新が続きサイエネルギーがさらに使われるようになっている。
「エネルギーの自然発生量を上回る消費が続けば、当然いつかは枯渇する。それを察知したサイエネルギーが、枯渇を防ぐために成分変化を起こした。私の自壊の技術を応用したらしい。名前にSがつく適合率の低い者がサイエネルギーを体内に取り込むと、強度な副反応を引き起こすようになってしまった。その副反応が、サイコ・ブレイクだ」
動植物が自らの命を守るために毒性を持つように、サイエネルギーが自らの消滅を逃れるために変化した。
終時のコードを利用して人間を攻撃できるように進化を果たしたのだという。
適合率の低い者はその毒性に耐えられずサイコブレイクを起こす。
「じゃあ、バグの発生もサイエネルギーの毒だって言うのか? それにしたって、バグの発生なんてここ数十年の話だぞ」
サイコブレイクは何万年も前から発生しているが、バグが出てきたのはそれよりもっと近い三十年前である。
サイエネルギーの毒性と関連付けるにはあまりにも間が開きすぎていた。
「いや。バグの発生はサイエネルギーによるものではない。アレは、人為的に作られているものだ」
正生たち全員の表情が険しくなる。
新型バグだけでなくバグそのものが誰かの手によってつくられているとするなら、その犯人はつまり、人間の身体を変化させることができる相当な危険人物ということになる。
「そいつはサイエネルギーの毒性を学習して自分の身体に取り込み進化した、機械種だ」
終時はここで、バグの発生原因が機械種であると明言した。
人間もそういった進化ができないとは言い切れないが、彼は機械種の可能性の方が高いと考えていた。
そして、それが誰であるのか、ある程度の目星はついているのである。
「奴らは他者の身体に入り込んで干渉することできるようになってしまった。そいつらにとっては、人間の臓器も細胞も記憶も、データの集合体に過ぎない。細胞に至るまで全てを思いのままに書き換える力を持つ……私はそいつらを、『