第19話「二人の思惑」

文字数 3,891文字

 大きなホテルの一室で、風呂上りの始は下着姿のままベッドに横になっていた。
 うつ伏せで足を振り、ベッドに電子ウインドウを開いて何かのデータを流し見る。

 壁にもたれかかった松岡が始に目を向けた。

「お前、最近動きが派手じゃないか」
「そうかなー? でもこうやって大量狩りしないと、いつまでたっても終わらないじゃん」

 始は彼の方を向かずに電子ウインドウを操作しながら答える。

 ウインドウを右にスライドして出てきたのは、日本にいる全ての機械種たちの個人データ表だった。
 表の名前の横には、何人かバツ印がつけられている。

「それはそうだが、あの男に見つかるぞ」
「はは、あのジジイにならもう見つかってると思うよ。アイツは俺の目的もたぶん分かってるサ。んでも、それより気になることがあるんだろうね。あの人ずっと研究所に閉じこもって何かしてるし」

(ま、おおかた新型バグのことだろうけど)

 始は「よっこいせ」と声をもらして体を起こしベッドに座る。
 あぐらをかいて足に肘をつき、銀の目を松岡に向けた。

「それよりも問題は、サイエネルギーの結晶の方だよ」
「一人の身体にしかないんだ。これだけ総当たりで探しても見つからないのは当然だとは思うが、そろそろ機関やICPOの奴らにも勘づかれるかもしれんぞ」
「大丈夫。一応見当はついているさ。まさかここにきて人間も結晶を持ってる可能性が出てくるとは思わなかったけど」

 始は口角を上げて手元に電子ウインドウを二つ開く。
 そこに映っていたのは、正生と再子の顔写真付きデータだった。

「ニブイチ。まちゅおか君はどっちがあたりだと思う?」
「その呼び方やめろ。どっちって言ったって……明らかに坊主の方だろ。人間だがあんなに易々とBR99を使うのは、結晶の力なしじゃできないはずだ」
「じゃー私は再子ちゃんの方に百円賭けるね」
「安っ。お前それ絶対ハズレだって分かってるだろ」
「そんなことないよー。案外、あのおじいちゃんに気に入られて機械にされた人間、って可能性もなきにしもあらずじゃん?」
「どこのSFホラー映画だよ」
「今は人間が機械の無機性を欲してサイコを飲む時代だよ。人間の機械化も有り得なくもないでしょ」
「そんなディストピア俺は嫌だけどな」

 松岡は顔に険を浮かべて目をそらしした。
 その様子に始は少し眉を下げ、小さく息を吐く。

「でも、人間が人間であり続ける必要性はどこにある? 痛みを恐れ、感情を嫌い。それを打ち消すために機械性を欲するというのなら……機械(ソレ)に生まれ変わることも悪くはないと、俺は思うね。ただまあ、そうすることで他人を巻き込み自己破滅するのはバカすぎるけどサ」
「……人間だけに言えることじゃないけどな。どこまでも精巧に改造された機械種は人間にすら成り代わり、どんな人物の皮をも被る。それをお前が証明したんだ」

 下着姿の始を見て、下へ視線をやって呆れた顔をする。

 始が「いやーん変態」と両手で胸と下半身を隠して笑い、松岡はイラっとして顔を引きつらせた。

「もしかして惚れちゃったー?」
「誰がお前みたいなのに惚れるか」

 始は鼻で笑ってベッドから降り、松岡の前までくる。
 背伸びをして彼の首に手を回し、顔を近づけた。

「とか言ってー、私のこと大事にしてくれてるくせにー」

 胸を押し付けられるが、松岡の黒い目は何一つ熱を持たずに眼前の彼女を映す。

 少し沈黙が生まれ

「……あいにくだが、俺は男色の趣味は持ち合わせてない」

 一言放って始の顔を掴み引き剥がした。

 掴まれた始は「むぎゃ」と汚い声を出す。
 手が離れれば、チッと思いっきりデカい舌打ちをした。

 始の横に電子ウインドウが開き、メールの通知が現れる。

 メールにはサイクロプス社の機密情報が載っており、いくつか研究施設の写真がつけられていた。

 巨大な培養槽の映る写真を見て始は驚き、手を止める。

 培養槽の中に眠っていたのは――再子と同じ姿の少女だった。
 始は下に追記された情報を見て口角を引き上げる。

「優秀な仲間を持てて俺は幸せだよ……松岡君、どうやらこれは、俺たちが想像するよりも複雑なようだ。それにしても、これが事実なら相当可哀想だと思うけどなあ」

 始はメールを見て、誰かに同情するように眉を下げる。

「何のことだよ」
「いんや。標的が決まったよ。酒でも飲みながらゆっくり計画でも立てようじゃないか」

 始は冷蔵庫から果実酒の缶を出してベッドに腰を下ろす。

 松岡は呆れながら、椅子をベッドの近くに持っていき座った。

「仮にも外見は未成年なんだ。ちょっとは自重しろよ」
「今くらいは良いじゃーん。長い長い捜索も、もうすぐ終わるんだからサ……あと少しだよ。待っててね、シヅミ」

 始はプルタブを開け、缶を上にかかげて誰かに言葉をかけた。


 温かい太陽が照らす休日の朝、正生と再子は始に誘われて繁華街に遊びに来ていた。

 正生たちは始を警戒していたのだが、集合場所に到着すると彼女の横に知らない男がいて驚く。
 見知らぬ男、もとい松岡に正生たちは警戒心よりも戸惑いの方が勝ってしまった。

「いや、そいつ誰」
「あ、この人は松岡君。私の彼ピ」
「オイお前」

 松岡が苦言を呈そうとするが、始が思いっきり加減なしに頬をつねった。
「いだだだだ」と声を上げる前で、正生と再子は苦笑いして顔を見合わせる。

(いや彼氏って……)
(大丈夫かコイツ。警察呼んだ方がいいんじゃないかコイツ。変態だったりしないかコイツ)

 見た目三十八歳ほどの彼と女子高生の始。

 仮にどちらかが年の取らない機械種であろうとも、この時世でも二人のような組み合わせは多くはない。

 何百年と生きられる機械種は、恋愛や年齢の基準が設けられているものにおいて見た目の年齢で判断される。
 二人の見た目の年齢差では種族関係なく「普通ではない」と思われてしまうのであった。

 正生と再子はジト目で松岡を見る。
 その視線を受けて松岡は始の手を引き、正生たちから少し離れて背を向け小声で話し始めた。

「おい! お前のせいで何かすげえ嫌な誤解されてそうなんだがッ」
「別に大丈夫でしょー。年の差恋愛なんて今どき珍しくないよ? 数千年前にくらべれば今は寛容なものサ」
「いや、さっきの目見ろよ。明らか寛容な目じゃなかっただろ。毒虫みるような目だっただろ」

 松岡が拳を握って何とか怒りを抑えていると、後ろから心配した正生たちが「あのー」と声をかけてきた。

「二人とも大丈夫ですか?」
「アレか? 終、お前なんか弱み握られてんのか? 警察呼ぶか?」

 正生はいつも通り死んだ目を始に向けた。

(いやコイツ普通に失礼だな。仮にも知り合いが恋人って紹介した相手だぞ)

 と、松岡は理不尽さに少し悲しくなってくる。

 そんな状況に始は思わず吹き出して笑ってしまった。
 彼女が笑いだして正生と再子はキョトンとする。

「あはは!! ま、まちゅおか、変質者だと思われてんの、かわいそ。ぶふ、あははッ」
「おーまーえーなァ……」

 松岡は額に青筋を浮かべて拳を握り、怒りで体を震わせた。
 始は笑い過ぎて目じりから涙を流し、指で拭って仕切り直す。

「ごめんごめん、ちゃんと紹介するよ。彼は松岡幸助君。機械種で私の親戚の知り合いなの。彼は警官で今日は非番なんだけど、機械種を狙う通り魔事件が続いてるでしょ? 再子ちゃんもいるし、護衛にちょうどいいかと思って」

 始はあらかじめ決めていた設定通りに嘘をつく。

 正生たちの知り合いに刑事の証がいるが、その対策としても噓がばれないように仲間を使って根回しもしてあるらしい。

「やっぱ一緒に連れてっちゃダメかな?」
「え、いやー……」
「俺たちは別に、気にしないけど」

(この人、非番の日に護衛に連れまわされてるのか……)

 正生と再子は同じことを内心で呟き、松岡に同情をたむけた。

 四人で繁華街を練り歩き、美味しそうなものを見つけては食べ、気になる物があれば店に入り、華やかな街を行ったり来たりしていた。

 昼頃になって一気に人が増え、狭い歩道に人の川が出来上がる。
 人混みに押されて、正生と始の後ろを歩いていた再子たちとの距離が離れてしまった。

 横道にそれようにも人の波に逆らえず、流れに押されるがままどんどん前に進んでいく。

「やべ、おいこのままだとはぐれ」

 再び正生が後方を見るが、既に再子と松岡の姿は見えなくなっていた。

 しばらく人の波に流され、開けた場所に出てやっと横の路地に避難する。

「うわあ、人多いな」

 再子たちを探そうとするが人が多すぎて目が滑り見つからない。
 横でスマホを操作していた始が「あ」と声を出した。

「松岡君たちも人混みから出られたみたいだけど、いいお店見つけたらしくてちょっと買い物してくるって」
「そうなのか。じゃあ俺たちも合流して」

 正生が再び道を戻ろうとする。

 しかし、始がその手を掴んで逆方向へ引いて歩き始めた。

「また人混み戻るのちょっと嫌だから、どうせならこの辺見て回ろうよっ」
「え? あ、ちょ。おいっ」

 始がぐいぐい引っ張っていくもので、正生も慌てて歩調を合わせてついていく。
 路地に出ている店をいくつか見て回るが、正生は再子が気になるのかずっと落ち着かない様子でいた。

 始は眉を下げて微笑む。

「……細川君って、起動さんのこと本当に大切に思ってるんだね」
「なんだよ急に」
「ちょっとはぐれただけで、そんなに心配そうにしてるから」
「いや別に、心配なんてしてねーし」
「ふふ、素直じゃないんだから」

 始は笑ってどんどん前に歩いていく。

 さすがに一人にさせるわけにはいかないので、正生も彼女の後を追って路地を進んだ。
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