第16話「機械種通り魔事件」

文字数 5,004文字

 バグ浄化事件から数日、下野と上野は退院して学校に復帰した。

 上野は右目に眼帯を付け、下野は右腕なしの生活を送っている。
 事件以降は何故か新型バグの発生が減っており、正生たち零課はわりと穏やかな休息期間に入っていた。

 夜に家で夕食を食べていると、リビングのテレビから通り魔事件のニュースが流れてきた。

 どうやら機械種のみを狙った犯行のようで、コアデータを破壊された死滅者はいないらしい。
 しかしこれまでに何十体もの機械が機体を破壊され、バックアップの身体への入れ替えを余儀なくされているらしい。

 正生の母親はテレビに視線を向けて「怖いねえ」と不安げな声をもらした。

「再子ちゃん気を付けてね」
「正生。なるべく再子と一緒にいてやれ」
「言われなくてもそうしてる」

 正生はご飯を食べながら、あまり気にした様子なく聞き流していた。
 そんな彼を見て父親は呆れたように眉を下げる。

「ホントお前、危機感ないなあ。仮にも機関の取締官だろ。無関係じゃないはずだぞ」
「こういうのは警察の一課の仕事なんだよ。仮に犯人がサイコ・ブレイカーだったら零課以外の奴らが動く。まあ機械種だけを狙った計画性のある犯行みたいだから、サイコ・ブレイカーの暴走とは思えないが。とにかく俺らの管轄外なの」

 職務怠慢かのように言われて正生は不満げに反論した。
 母親は口元に笑みを浮かべる。

「でも正生のことだから、事件の捜査に協力してたりするんじゃないのー?」
「いや、別に……」

 どうやら図星だったようで、正生は言葉に詰まって目をそらした。

 表立って主張しないが、正生は許可申請を出して一連の通り魔事件の捜査に協力していた。
 指揮は事件の管轄の部署に任せ、自分は次に狙われる者がいないか警戒しながら被害者の機械たちの治療サポートをしているらしい。

 母親は意地悪い笑顔になり、生暖かい目で正生を見つめる。

「ふふ、お母さん知ってるよー。正生はこういう時じっとしてられない子だもんねえ」
「う、うるさい。そんな目で見るな」

 母親に茶化されて父親も混ざってきて、正生は気恥ずかしそうに顔を背けた。
 再子は微笑んで正生たちの様子を見ていたが、少し寂しそうな顔をする。

(私にも親がいたら、こんな感じなのかな……ちょっと、羨ましいな)

「……再子、どうかしたか?」
「へ、何が?」
「なんか暗い顔してたし」
「え。あ、ああ……何でもないよ」

 再子は動揺したように目をそらし、苦笑いして誤魔化した。

 翌日、休みの日だったが正生と再子は境崎に呼び出されて本庁にいた。

 境崎の執務室には、二人とチャシャと証がいる。
 今回呼び出されたのはバグではなく、頻発している通り魔についての事だった。

「お前たちも知ってはいると思うが、機械種を狙った通り魔事件が多発している。通常の犯罪者と、サイコ・ブレイカーの両方の可能性を考えて捜査一課と機関が協力しているが、犯人が全くつかめない。そこでお前たちも全面的に捜査に加わってもらいたい」

 今はバグの出現も減っていて仕事量も多くはならないので、ちょうどいいだろうということらしい。

「別にいいっすけど。顔は割れてないんすよね」
「ああ。目撃情報ではコート姿で顔を仮面で隠しているという共通点から同一の単独犯だとされている。体格から見ておそらく女だと思うが、名前も年齢も素性もわからん」

 境崎は電子ウィンドウを開き、正生たちに資料を見せる。

 資料には現場の写真があったが、争ったあとの損壊が普通の人間が暴れただけでは起こり得ぬものばかりだった。
 再子は驚いて境崎へ目を向ける。

「あの、これって」
「ああ……おそらくこの犯人は、SAシステムを使っている」
「じゃあ機関の取締官が……?」
「いいえ。全取締官のSAシステムのログを調べたけど、なにも出なかったの」

 再子の問いをチャシャが否定した。
 SAシステムは機関の取締官しか使えないものである。その全員、事件当時にSAシステムを使用した形跡はなかった。

「とするとサイコ・ブレイカーの可能性が高いですね」

 再子は受け入れていたが、正生は引っかかることがあるのか顎に手を当て考えこむ。
 少しして口を開いた。

「もしくは機関の取締官以外に、SAシステムを使える奴が出てきたか」
「……新型バグがSAシステムを使えたことも考えれば、有り得なくはないな」
「その場合、捜査一課の警官では対処しきれないだろう。お前たちは敵がSAシステムを使えると仮定して、警察のサポートをしてくれ」

 証に続いて境崎が指示を出す。

 最優先に守るべき相手は一般人の機械種であるが、警察がSAシステムを使える敵と対峙すると警官の多くが殺されかねない。

(結果的に守るやつ増えてんじゃねえか)

 と正生は心の中でぼやいた。

 境崎が警察に一度この件から撤退するよう願い出たそうだが、警察はそれを断ったらしい。
 というのも機械種の通り魔事件が解決せず被害が増え続けるもので、警察と機関への不信感が高まっていた。

 警察は市民からの信頼を回復するためにも、意地でもこの件から手を引こうとはしないのである。
 結局、正生たちは警察を守りながら犯人捜査に動くこととなった。

 それから数日、変わらず機械種の通り魔被害は起こり続け、犯人の足取りも掴めないままである。

 警察と機関による街の巡回が開始され、チャシャも街の見回りを任されていた。
 平日の昼間ということもあり人が少なく、静かで穏やかな時が流れている。

 しかし突然、爆発音が響いて近くのアーケードで煙が上がった。

 チャシャは電子ウインドウを開いて警察と機関に伝達する。
 腰につけていた鍵をヴィークルに変形させ、爆発の起った場所に走った。

 アーケードに入ると、煙が広がっていて辺りに機械種たちが大量に倒れていた。

「!! こちらレイバレン。至急、救護部隊をお願いします」

 チャシャはすぐに救護部隊を要請し、倒れている者たちに声をかけていく。
 全員、胸を穿たれているが、他に損傷部はなく核データは破壊されていないようである。

(一連の事件で機械種の死滅者が出ていないことといい、機械種を完全に殺す気はないのか……? 何か狙いがあるのか)

 殺す気があるのなら、機械種の核データを破壊してデータの復元と意識の再起動を不可能にするはずである。
 機械種を苦しめたいというのであれば、機体にもっと傷がついているはず。

 通り魔事件の被害者の機体は一撃で胸を貫かれているものばかりで、まるで何かを探しているかのようだった。

 煙でかすんだ視界の中、前方で人の動く気配がしてSAシステムで拳銃を出して構える。

 煙の中から、女子高生が姿を現した。
 ピンク髪に銀目の、始である。

 チャシャはすぐには警戒を解かず、始は拳銃を見て目に恐怖の色を浮かべた。

「!! ご、ごめんなさい。殺さないでっ!」
「あ……ごめんね。私は機関と協力して見回りをしてる取締官だから大丈夫だよ」

 始が血の流れる腕を押さえていてチャシャは銃を下した。
 怖がらせてしまって申し訳なさそうに眉を下げる。

「機関の、人……」
「怪我を見せて。それくらいならすぐに治療できるから」
「は、はい」

 チャシャはSAシステムで始の腕を治療しながら、他に怪我がないか確かめる。
 他の機械種と違って胸を穿たれておらず、違和感を覚えて始へ目を移した。

「もしかして、あなた人間種?」
「え? あ、はい……よく分かりましたね」

 今の時世、見た目だけでは人間か機械かを見分けることはできなかった。
 だから皆、要らぬ齟齬を生まないためにも自己紹介の際に種族を明言したり、親交を深めた相手に種族を明かしたりしているのである。

 明言していないのに言い当てられて始は少し驚いていた。

「ここにいる機械種たち全員が胸を貫かれていたから。通り魔事件の犯人と同じだとしたら、胸を狙われていないから、犯人のターゲットではない人間種なんじゃないかと思ってね」
「……なるほど」

 始は自身の胸へと視線を下げて少し黙り込む。

「犯人の顔とか、見てない?」
「すみません。ちょうどそこの本屋さんにいたときに爆発に巻き込まれて、何も見てなくて」
「そっか。すぐに救護部隊が来るとは思うけど、まだここに犯人が残ってる可能性もある。顔を見られたと思ってあなたを襲ってくるかもしれないから、ひとまず私と一緒に行動してもらえるかな?」
「構いませんけど……」

 始は顔を下げ、その口角が引き上がる。

「そうなると、貴方の方が危ないかもですね」
「? 何のこと……」

 チャシャが不思議そうにしていると、背後から何者かに手で体を貫かれた。

「え……かはッ」

 驚きで目が見開かれる。
 喉奥から息が迫り上がってきて乾いた声と共に放出されるが、それと一緒に赤い血を吐き出した。

 困惑に揺れる目が下へ向けば、彼女の胸部には手のひらが見えていて。
 視認したと思った瞬間、勢いよく手が引き抜かれた。

 チャシャの胸部から血が噴き出て周りが赤く染まり、始にもかかって彼女は少し眉を寄せる。

 チャシャの手から銃がこぼれ、彼女は地面に倒れて視線だけその後ろに動かす。
 そこにいたのは、黒髪に黒い目の、二十代後半ほどの男だった。

「ハズレだ」

 男は手の中に溜まるチャシャの血を見て短く言い、手を振って血を払った。

 それを聞いて、始は「えー」と残念そうな声を出す。
 彼女はチャシャを気にせず、男のそばに行った。

「これもハズレか。うーん、だとしたらやっぱりアレになるのかー……なるべくやり合いたくはなかったんだけどなあ」
「どっちか見当はついているのか」
「いやー? あ、どっちもって可能性は?」
「ないだろ」

 即否定されて、アハーと始は笑い声を上げる。
 仲良さげな二人の様子にチャシャは驚いていた。

「あ、あなた……」
「ん? あー、忘れてた。ごめんねー、ICPO(鷹ども)にはいい思い出なくてさー。こうでもしないと、お姉さんに殺されちゃうかも知れなかったし」

 始は苦笑いしてチャシャに近づいた。

 チャシャは逃げようと腕に力を入れて這うが、進行方向に始の足が来る。
 彼女はしゃがんでにっこりと微笑む。

 チャシャが顔を上げれば、視界は始の手で埋まって。

「俺は殺すの嫌なんだけど、顔を知られちゃ色々動きにくいから。ちょっといじらせてもらうよ」
「え、あ」

 始は彼女の顔を掴み、その手から火花がこぼれる。

 チャシャの目が見開かれ、その緑眼に水色のコードが刻まれた。

《システムコール。ユーザーID ・SI022、認識しました》
「なん……」

 SAシステムの音声が勝手にIDを認識し、チャシャは声をもらす。

《ログを展開。核データへの外部干渉を確認。本人認証完了》
「だ、だめ」

《データの削除コードを受信。二段階認証を行います――認証完了。直近十五分間の全データを削除します》

「待っ……」

《削除完了。肉体に重度の損傷を確認。死壊を回避するため緊急スリープを要求します。承認コード受信。強制終了します》

 肉体の損傷を受けてシステムがスリープを要請するが、チャシャが承諾していないのに受理されてしまう。
 システムに従いチャシャの意識が強制的に断絶されてしまった。

「チャシャ!!」

 アーケードの入口の方から証の呼び声が聞こえてくる。それに反応して始はそちらへ振り返った。まだ遠くの方で人影が見えるのみで、おそらく証もこちらを認識していないだろう。

「まずいね。松岡さん、撤退だ」
「はいはい」

 松岡と呼ばれた男はネクタイピンをヴィークルに変形させ、始を姫抱きしてヴィークルに乗る。
 証の声が近づいてきて急いでその場から走り去った。

「チャシャ!!」

 証はチャシャを見つけて慌てて駆け寄る。
 息があるか確認してすぐに機関へ伝達し、SAシステムでチャシャの治療を試みる。
 しかし傷口が一向に塞がらない。

 SAシステムの治療は脳芯にコードを送り込むものであるが、チャシャの身体は損傷により全ての脳芯を失っていた。
 脳芯が再生すれば回復はできるだろうが、再生を待つ間に機体が再起不能になってしまう。

(脳芯がなきゃ回復ができねえ。機体の入れ替えをするしかないか……バックアップを取っておけと言っておいて正解だったが)

「クソッ。もう少し早く来ていれば……」

 証は誰に言うでもなく吐き捨てる。
 回復の手を止め、救護部隊が来るとチャシャを抱えて機関本庁へと戻った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み