第17話「二人の出会い」

文字数 3,448文字

 機関本庁地下、巨大な暗室を青い光の柱が照らす。

 いくつか並べられたガラスの箱の中には、破損した機械種の機体が収められていた。

 いうなればここは、再動不能の機械の墓場である。
 その墓地には、チャシャの姿もあった。

 証はチャシャの箱の前まで来て、そっとガラスに手を触れる。

「なにひたってるの。らしくない」

 後ろから聞きなれた女性の声がして証は振り返る。
 そこにいたのは、チャシャだった。

 同じ姿形、同じ声と喋り方のその人。
 証は小さくため息をつき肩をすくめた。

「バディが胸貫かれたんだ。平然としている方がおかしいだろ」
「……ふふ。取締官に情を持つと自分が脆くなるって言ってた子が、ずいぶん変わったものだね」
「うるせ」

 チャシャは口元を手で隠し眉を下げて笑い、証は気恥ずかしそうに顔を背けた。

「それで。個人データは大丈夫なのか」
「うん。ただ一部の記憶がなくて、犯人の顔を覚えていないの。というより、どう襲われたのかも頭になくて……」

 困ったように眉を下げる。

 チャシャの記憶は、始と会う前までしか残っていなかった。
 それ以降の記憶は何もない。

 彼女からしてみれば、いつの間にか気を失って目が覚めたらバックアップの別機体に移行していたという感じである。
 救護班から話を聞くまで、自分が襲われたことも知らなかった。

「もしかしたら、犯人は他人のデータに干渉して記憶を消せる力を持っているのかもな」
「だとしたら相当厄介だけど、いま以上にハッキングされないようなセキュリティを組まないといけないってことかな……私は境崎さんに報告しに行くから、定原君は少し休んでいて」

 チャシャはそういって部屋を出て行き、証は一人になる。

 向き直って再びチャシャの旧機体に視線を送った。

「入りたいなら入れ。変な気づかいはするな」

 視線はそのままに証が誰かに言うと、開きっ放しの扉から正生と再子が姿を現した。

 二人は顔を見合わせ、少し気まずそうに部屋の中に入る。

「チャシャさんが襲われたって聞いたけど、一応データは壊されていないみたいだな」
「記憶の方は何かされていたようだがな」

 正生は機体たちの収められている箱へためらいなく近づくが、再子はうつむいて入り口付近で立ち止まっていた。
 そんな彼女の様子を見て証は少し心配になり、正生へ視線を向ける。

「お前のバディ、ちゃんとバックアップは取ってあるのか」
「一応、一機だけな」

 正生は視線を下げて答えた。

 機械種の核データには、その者の意識と個人を構成する情報が保存されている。
 それが壊されれば、再び同じ意識体として目を覚ますことはない。

 機械個人の意識が消滅することを死壊(しかい)と呼んでいるが、それはつまり人間でいうところの死である。

 機械種は死壊を避けるため、核データをコピーしての別に作った機体へ埋め込みバックアップとするのである。

 別機体が破壊されて再動不能になった場合、残ったバックアップ機体が自動的に起動し、その機体で意識が再起するようになっている。

 機械種が不死性を持ちつつあるということだが、機械種の中にはそれを敬遠する者もいた。
 再子も、その一人である。

 証はうつむいている彼女を見て眉を下げた。

「……懐かしいな。前はチャシャもそうだった」
「え、チャシャさんも?」

 正生は少し驚いたように問い返し、再子も話を耳にして顔を上げる。

「俺が、アイツの気持ちを捻じ曲げたんだよ」

 自虐的に笑って、証はチャシャとバディを組んだ時のことを思い起こした。


 証は高校卒業後すぐ、十八歳で警察に入っていた。

 この頃はまだ坊主でなく、黒い髪を長めに整えていた。
 彼は警察学校を卒業した直後、複数のサイコ・ブレイカーによる襲撃に見舞われた。

 サイコ・ブレイカーは機関の取締官に任せ、一般市民の避難に当たる。
 子供とはぐれた女性一人を連れて、証はサイコ・ブレイカーたちの戦場から距離をとった。
 しかし、途中で女性が急に立ち止まる。

『どうしたんですか? どこか怪我でも……』

 そのときの彼は、何とも運が悪かった。
 避難させていた女性が、バグ化してしまったのである。
 それも異様に巨大で、他の個体と違い一撃が死を確実に与えてくるものだった。

 SAシステムを使ったことのない証では太刀打ちできず、必死で逃げていたが追い詰められてしまう。
 バグの巨大な拳が振り降ろされた。

 しかし、証が痛みを負うことはなく、彼の前で、チャシャが鎌で攻撃を防いでいた。

『ぐッ、なにこの、力……』

 拳を受け止めたが、衝撃で手に強烈な痺れが走る。
 強圧に押されて足が後ろへと下がり、腕が震え始めた。

 彼女は視線を後ろの証へやる。
 このままでは押し負けて後ろの彼まで巻き込んでしまう。

 チャシャは歯を噛み締め、力いっぱい鎌を横に振るって拳を流した。

『やっ……』

 チャシャが喜びの声を上げようとした瞬間、鉄筋が背中を突き刺した。
 それは彼女の身体を貫き、チャシャは大きく目を見開く。

 その鉄筋はバグに握られていて、勢いよく引き抜かれて血が噴き出した。
 チャシャはその場に倒れ込み、意識が朦朧としながらも何とかSAシステムの治療を発動する。

 脳芯の大部分が持っていかれて少ししか回復しないが、足に力を入れて再び立ち上がった。
 口からこぼれる血を手で拭い、目の前のバグを見据える。

(バグが、武器を……)

 バグが建物の瓦礫から鉄筋を取ってそれを武器に振り回している。
 普通のバグなら、そこまでの知能はないはずだった。

 圧倒的にあちらの方が力は上で、チャシャの深奥に絶望の色が流れ込んでいく。

『は、はは……まったく、痛いのは、嫌なんだけどなあ……』

 恐怖が脳をむしばんだ
 しかしチャシャは唇を噛み、懐からサイコを十個出して一気に飲み込む。

 一歩踏み込んで、バグのもとへと前進した。

 攻撃が当たらないように回避しつつ応戦するが、癒えていない傷の痛みがじわじわと恐怖に絡みついていく。

 合間にサイコを服用するが機体の損傷が激しくサイコの効果が出ず、痛みはそのまま脳に繋がる。
 戦いながら、「辛い」と小さく泣き声を上げ、痛いと叫び、死に物狂いで戦った。

 バグの攻撃力は高かったが、硬さはそれほどなく守りは薄い。
 チャシャはSAシスステムでバグの足を崩し、勢いよく鎌でバグの機体を真っ二つに斬り裂いた。

 バグが動かなくなり、チャシャは戦い終わって地面に倒れる。

『がっ、げほ……』
『お、おい!!』

 倒れた瞬間、チャシャは口から血を吐き出して濁った声をもらす。
 証が慌てて駆け寄り、止血しようとする。しかしチャシャがその手を掴んで制止した。

『だ……だいじょぶ、だいじょぶ。止血しなくても、コード入れれば治る、から』
『……コードって言ったって、脳芯が全然ないじゃないですか』

 証は彼女の言葉を聞いて眉を寄せた。
 体を貫かれたチャシャは、脳芯を失っていた。

 こうなれば回復もできないが、彼女自身もそれを分かっていた。
 分かったうえで、証を安心させようと嘘をついているのである。

『アンタ、警察官でも機関の取締官でもないっすよね……何者か知らないけど、機械種だって独立したんだ。わざわざリスク負ってまで人間なんて守らなくて良いのに』
『私はね、人間と仲良くなりたいんだよ。人の笑顔が好きだから、人に笑顔になってほしい。助ける代わりに、笑っていてほしい。お姉さんは見返りを求めるようなヒーローなの。人をたくさん守って、皆の笑顔が見たい。そんな、自己中心的な機械種なの』

《SAシステムより警告。機体の損壊により、バックアップ一機の記憶データがクラッシュしました。核データは一部が破損しています。バックアップ一機では復元ができません。警告、データ損失の恐れがあります》

 脳内にシステムの音声が流れてきてチャシャは眉を寄せる。

(ああ……これだと記憶が欠けてしまうかもしれないな。もっと、バックアップを取っておけばよかったかな)

『……忘れたくないな』

 ぽつりと呟かれたその声には、辛苦がにじみ出ていた。
 チャシャは少し微笑んで証の頬に手を添える。

『君が大人になったら、お姉さんと仲良くしてやってほしいんだ』
『な、なんだよ急に』
『きっと目が覚めたら、今までのこと全部、忘れていると思うから……君が私のこと、覚えててくれたら……』

 言葉は言い切られることなく消えていった。
 チャシャの瞳孔が開き、呼吸の音がきこえなくなる。

 証は唇を噛み、チャシャを抱えて機関本庁へ向かった。
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