第17話

文字数 2,839文字

「あ、そうそう言い忘れてたけど、恵先生を偲ぶ会ってのをやるらしいよ」
「えっ、そうなんですか?いつからなんです?」
「たぶん今日からで、1週間くらいはやるって言ってたと思うけど。あのマンションのすぐ近くの公民館で」
「ふぅん、やっぱり行っておいたほうがいいでしょうねぇ。あ、でも服とかどうしよう……」
「あー、そういうのは全然気にしなくていいっぽい。普段着で集まって、先生にお世話になった人同士でおしゃべりするだけだってよ」
「アブさん、そういう情報どこからつかんでくるんです?」
「……まぁ、いろいろ伝手があんのよ」
「ふーん……明日にでも行ってみましょっか」
翌日、私とアブさんは茉麻さんの偲ぶ会が開催されているという公民館へと向かった。
茉麻さんのカウンセリングルームがあったマンションから歩いて5分ほどのところ。
それなりに古い建物だったが、中は改修済みなのか思っていた以上に綺麗にされている。
入り口でスリッパに履き替えると、左手にある「集会室」というプレートの下に「恵先生を偲ぶ会」と書かれた紙が貼り付けられているのに気づく。
のぞいてみるとかなり広いスペースで、人も多い。
外から少し様子を見ているとひとりの女性が声をかけてきた。
「中へどうぞ」
「ああ、ありがとうございます」
「恵先生とはお知り合いで?」
「ええまぁ……その、生前お世話になりまして……」
「そうでしたか……今日いらしてる方も皆さんそういう方ばかりなんですよ」
女性は淋しそうな顔で笑うとペコリを頭を下げ、中へと戻っていった。
中に入ってみると一番奥には茉麻さんの写真が飾られており、その下の台にたくさんの花が置かれていた。
その横に小さなテーブルが用意されていて、箱とノートが置かれている。
箱は茉麻さんに宛てた手紙を入れるためのものらしく、かなりの数の手紙が入っていた。
ノートにも茉麻さんに宛てたメッセージがたくさん書き込まれている。
両側の壁に沿ってホワイトボードが並べられており、茉麻さんが参加した地域の行事やボランティア活動などの写真が飾られていた。
写真の中で楽しそうに笑っている茉麻さんを見ると胸が苦しくなる。
実際に、写真を見て泣いている人も何人かいるようだった。
3台ある長机にはペットボトルのお茶と紙コップ、紙皿の上に山になったお菓子が用意されており、それぞれが椅子に座ってご自由にというスタンスらしい。
知り合い同士で話をしているらしいグループもいれば、初対面なのかお互いに探り探り話をしているグループも。
中高年の男性、若い女性、親子連れなど性別も年齢もさまざま。
その中でひとりだけ、ぽつんと座っている中年男性がいた。
誰と話をするわけでもなく、ただ茉麻さんの写真を眺めながらお茶を飲んでいる。
ただ、純粋に思いを馳せているというよりも、周りから距離を置かれているような違和感がある。
ちょうど先ほど声をかけてくれた女性が近くにいたので、尋ねてみることにした。
「すみません、あちらの男性は……?」
「ああ……せっかくの会なのにこんなことを言うのもあれなんですけど……あの人とはあまり関わらないほうがいいですよ」
「何でですか?」
「その……何を話してもかみ合わないというか、本当のことを言っていても嘘つきって責められちゃうので……」
「あー……、そうだったんですね。ありがとうございます」
心底嫌そうな表情を浮かべていたあたり、女性も実際に経験したのだろう。
おそらくタクシーの運転手が言っていた中年男性、そしてカウンセリングルームのブログにコメントしていたのはあの男性。
せっかくなら直接話を聞いておくか。
「私、ちょっとあの人に話しかけてみます」
「すまん、俺ちょっと雉撃ちに行ってくるわ」
「……その表現、よく知ってましたね」
アブさんがお手洗いに行ってしまったので、私ひとりで男性に声をかけることにした。
「すみません、隣いいですか?」
「……ああ」
私が男性に声をかけると、周りに緊張が走った。
先ほどの女性なんか「あちゃー」という声が聞こえてきそうな顔をしている。
「恵先生、本当にいい人でしたよね」
「あんなのいい人でも何でもねぇ。嘘つくな」
「恵先生のところには通われてたんですか?」
「ああ」
「通ってたときに何かあったんですか?」
「ああ?通ってなんかねぇ。嘘つくな」
「じゃあ、地域の行事とかボランティアでお知り合いになったんですか?」
「ああ」
「そのときに何かあったんですか?」
「ああ?地域の行事もボランティアも知らねぇよ。嘘つくな」
決して感情的になるわけではなく、男性は淡々としている。
なるほどなーと思っていると、アブさんがお手洗いから戻ってきた。
さっきまでいた場所に私がいないのに気づくときょろきょろとあたりを見回し、ようやく私を見つけて隣に座った。
アブさんが私の隣に座ると男性の顔が少し強張ったような気がした。
「ああ、彼は私の連れです。……それで、私は恵先生はとてもいい人だったと思うんですけど、あなたにとってはいい人じゃなかったんですか?」
「いいや、あの人は本当にいい人だったよ。何度もお世話になったし」
「へぇ……」
「地域の行事もボランティアもしっかりやって、本当にいい人だったよ」
先ほどまでとは打って変わって男性は急に饒舌に。
「……さっきはいい人でも何でもねぇ、嘘つくなって言ってませんでしたっけ?」
「えぇっ!?そんなこと言うわけねぇよ。聞き間違いだって」
「そうですか、そうですか。じゃあ、ブログにコメントとかしてました?」
「えっ!?い、いや、何のことか……」
「今って誰がコメントしたか簡単にわかるらしいんですよね」
「えっ、でも匿名だったし……」
わかりやすく狼狽えて、だらだらと汗をかいている
言うまでもなく、これが答えなのだろう。
「じゃあ失礼します~」
席を立つと、アブさんにもう外に出るよという意味で入り口のほうを指さした。
ふたりで黙って公民館を後にする。
「……で、どうだったの?」
「たぶんタクシーの運転手さんが言ってたのも、カウンセリングルームのブログにコメントしてたのもあの人でしょうねぇ」
「何言っても嘘つき呼ばわりの?」
「そうです。しかも、あれは人を選んでますね」
「人を選ぶって?」
「私がひとりで話しかけてたときは何言っても嘘つくなって。それはもう淡々と。でもアブさんが来て、私の連れですって言った途端もう別人ですよ。人を選んで、要は自分より確実に弱い人間を選んで絡んでるタイプですね」
「……いるよねぇ、そういう奴」
「茉麻さんはいかにも優しそうな女性ですからね。私は全体的にアホっぽいので舐められがちですし、タクシーの運転手さんもノリが軽い感じだったから格下認定されたのかも」
ただ、そういう人間でも茉麻さんは拒絶しなかった。
受け入れよう、受け止めようとしていた茉麻さんを自分より弱い相手だからとしつこくしつこく絡んでいたのか。
「あなたのせいで死んだのでは?」くらい言ってやってもよかったのかもしれない……そう思う私は性格が悪いのだろうか。
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