第22話

文字数 1,831文字

いつもよりも静かな田中氏に別れを告げ、オカルティンからの帰り道。
アブさんは何も言わずに私の背中をポンポンと軽く叩いた。
いつものようにマンションの前でアブさんと別れた後、玄関で靴を脱いでいたのだが、しばらくその場で考えて一旦脱いだ靴をまた履き直した。
勢いよく玄関のドアを開けると、何かにぶつかったらしく同時にうめき声が聞こえた。
「……ったぁ~」
「アブさん?」
涙目のアブさんがおでこを押さえている。
「こう……もうちょっとしとやかにできないもんかね」
「だって、さっきバイバイしたのに玄関前にいると思わないじゃないですか!」
「いや、やっぱ落ち込んでんのかなって心配になるじゃん」
「それはまぁ……心配してもらえるのはありがたいですけど」
「で、どっか行くの?」
「もう1回あのクソ宮司の神社に行きます」
「えっ、何で?」
「ちょっと気になることがあって……アブさんも来ます?」
「行く行く」
早歩きであの神社に向かう。
前に行ったときはひぃひぃ言っていたのに、今は足がつりそうなほどの坂道もどうでもよかった。
それよりも今すぐに確かめたい。
あの神社には絶対にもう一体、茉麻さんが打ち付けた藁人形があるはず。
「ちょっ、早い早い!どうした?」
「こないだ来たときは藁人形を一体見つけて、それで満足して帰っちゃいました。でも、もう一体あるはずなんです」
「えっ、どういうこと?」
「いいから、とにかく探すんです!」
私の勢いに気圧されたのか、虫がつくのも気にせずに獣道をどんどん進んでいくアブさん。
「……とりあえず片っ端から木を確認して、藁人形を見つけたら報告って感じ?」
「それでお願いします」
私とアブさんは二手にわかれて、藁人形を探す。
改めて見ると木はかなりの本数で、全部確認するのには結構な時間がかかるかもしれない。
特に存在感のある太い木を上から下まで、ぐるぐると見て回る。
高いところに藁人形が打ち付けられていたが、見た目にもかなり古い。
昔打ち付けられたものが木の成長とともにあの高さまで移動したのだろう。
これは違う。
「なぁ、こっちに一体あるけど」
「どれですか?」
「ほら、これ」
珍しく木の低いところに打ち付けられている。
ただ、そこには穴だらけの若い男の写真も一緒に打ち付けられていた。
「これはたぶん違いますね」
「まぁ、そうだろうと思ったけど」
さっきまで探していた場所に戻ろうとしたときにも、また藁人形を一体見つけた。
わざわざ若く細い木に打ち付けたらしいその藁人形には、女性の顔写真とその女性のものであろう名前が書かれていた。
何本も釘が刺さっているというか、もはや藁人形から釘が生えているようにすら見える。
打ち付けられたダメージなのか、その怨念によるものなのか、藁人形の打ち付けられている部分だけが腐っているようだった。
ただ……これもおそらく違う。
もう一体はどこにある?
あたりを見回していると、ふと奥にある木の洞が気になった。
木の洞なんていかにも虫が巣を作ってそうだし、動物が飛び出してくるかもしれない。
普段なら気になっても絶対に中をのぞき込んだりしない。
それでものぞき込んだのは、中にきらりと光る何かがあったからだった。
携帯のライトで照らしてみると、そこに探していたものがあった。
「アブさん、見つけました!」
「ん、今行く」
小走りでやってきたアブさんに洞の中のものを見せる。
「……探してたのってこれ?本当に?」
「おそらくは」
「なんかこう……全然つながらないんだけど。これ、本当に茉麻さんのなの?」
木の洞にあったのは、「全員死ね」と書かれた紙とともに打ち付けられた藁人形だった。
「……茉麻さん、カウンセリングルームのブログと別に非公開で自分の本音を吐き出すブログもやってたんですよ」
「自分だけしか見れないってやつ?」
「そうです。その最後の投稿を見たとき、すごい衝撃で今でもよく覚えてるんです。真っ黒い背景に白い文字で『全員死ね』って」
「それは……何つーかね……」
「……雅子さんには絶対に言えないですけど、自分で自分を呪って死んだとして天国には行けないと思います。自分で自分を呪うだけじゃなくて、自分以外の世の中の全員をも憎んで呪って死んだとしたら……その結果があの心臓発作だったとしたら……」
「……天国だの地獄だのは生きてる人間が勝手に決めたもんだ。死んだ後のことなんて死んだ本人にしかわからねぇよ」
消化しきれないものを抱えながら、黙って木の洞の中にあるものを見ているとアブさんがまた軽く背中を叩いた。
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