第2話

文字数 3,827文字

オカルティンは、私の自宅兼仕事場から歩いて10分くらいのところにある。
車と人がうっとうしい大通りからいかにも不気味な細い路地に入り、くねくねと道を曲がって、見えてくるのが胡散臭い看板。
これまでのいつの時代にも存在しなかったであろう唯一無二のセンス。
これから先、時代がどれだけ変わってもこの看板のセンスだけは評価されないと思う。
「……俺もここは何度も来てるけどさ、何回来てもこの看板くぐるたびに何か大事なものを失ってる気がするわ」
「うん……それは私も何となくわかります。さぁ、今日も禊だと思ってこの看板をくぐりますよ」
看板をくぐると黒い幕で仕切られたスペースがあり、そこを抜けると受付に出る。
受付では田中氏が暇そうに曰く付きらしい人形で遊んでいた。
しばらく見ていればそのうち人形にセリフでもあてるのではないかと楽しみにしていたら、その前に田中氏がこちらに気づいてしまった。
人形を放り出して、満面の笑みでこちらに向かってくる。
「いやいやいや!ライター殿!お待ちしておりました!今日も相棒殿とご一緒で!」
「まぁ、相棒というかオマケのようなものですから」
「はいはい、オマケですよ」
「で、話したいことがあるって一体何なんです?」
「そう!そうなのですよ!ささ、せっかくなのでこちらへ!」
田中氏は受付のさらに奥にある喫茶スペースに私たちを案内する。
赤黒い何かが染みになっている大きめの丸い木製のテーブルに、拷問以外に使い道が考えられない椅子が何脚か。
さらに、その周りには誰がどう見ても明らかに呪われている品々がガラス張りのケースの中にびっしり。
1体の人形なんかはどう考えてもこちらを睨んでいる。
まぁ、これはこれでいつも通りだなと思っていると田中氏が奥からお茶とお菓子を運んできた。
「ささ、どうぞどうぞ」
どどめ色のハーブティーと目玉や歯の形を模したカラフルなグミ。
館内にあるものはどれも気合いの入った曰く付きだが、ハーブティーやグミのチョイスはどこか可愛らしい。
味に間違いがないのは知っているので、今では何の抵抗もない。
「えぇとですね……うーん、どこから話したものか……あ!心理カウンセラーが死んだ事件、いや事故のことはご存知で?」
「心理カウンセラー……?アブさん知ってます?」
「いんや、知らないねぇ」
「そうですか……まずはその事故についてお話せねば。隣町に評判のいい心理カウンセラーの先生がいたのですよ。その心理カウンセラーの先生がですね……」

田中氏の話はこうだ。
隣町に評判のいい心理カウンセラーがいた。
自分自身が学生時代に心理カウンセラーに助けられ、それがきっかけで心理カウンセラーを目指すようになったという。
夢を叶えて心理カウンセラーとなり、自身のカウンセリングルームを構えるようになるとその優しい人柄と親身なカウンセリングですぐに評判になった。
それだけではなく、心理カウンセラーは地域の行事などにも積極的に参加し、ボランティア活動にも力を入れていた。
まさに非の打ち所がない人物。
「この町は先生がいるからメンタルの心配はない」と言う人もいるくらいだった。
ただ、しばらくすると心理カウンセラーの様子がおかしくなっていった。
ぼーっとすることが多くなり、目の下にはクマもできていた。
「働きすぎだから休んだほうがいい」と何人かが声をかけたものの、「体は悪くないから」と仕事を休むことはなかった。
そのうち、心理カウンセラーがぽつぽつと休みをとるようになり、ようやく休んでくれるようになったのかと周りがほっとしていたら心理カウンセラーは自身のカウンセリングルームで死んでいた……。

「過労死ってことですか?」
「いやいや、過労死ではないのです。それにその……死に様がとにかく異様だったらしくてですね……」
「異様ってどういう風にです?」
「明らかに自殺の現場なのに、死因は自殺ではないのです」
「うん?どういうことですか?」
「……それは練炭自殺なのに、死因は溺死だったみたいな話か?」
「そう!そうなのですよ!心理カウンセラーの先生は首を吊った状態で見つかったのですが、心臓発作で亡くなっていたのです」
「えっ……それって偽装とかの可能性があるってことですよね?事件じゃないですか」
「もちろん、捜査もされました。でも、すぐに事件性はないということになりまして」
「事件性がないってことは、自殺しようとしたまさにそのタイミングで心臓発作になって亡くなった……と?」
「そうなりますね……あと、その心理カウンセラーの先生が見つかったカウンセリングルームのすぐ横が寝室でして、その枕元に曰くありげなものがびっしりと並べられていたそうなのですよ」
「あー、あー……それでその枕元にあったものを田中氏で引き取ることになったわけですか」
「そうなのです!個人的にも心理カウンセラーの先生の母上殿とはちょっとしたつながりがありまして、枕元にあったものと遺品の一部を直接回収しに行かねばならないのですよ」
「現場に直接、ですか……それは大変ですね」
「で、ライター殿と相棒殿にお手伝いいただけないかと……」
「……」
「……」
「何卒!何卒ご慈悲を!さすがにひとりは怖いのです!」
「オカルト秘宝館の館長が何をおっしゃいますか」
「拙者は根っからのインドア派なのです!オカルティンのコレクションだって基本、ネットか持ち込みなのですよ!現場に行くのは慣れていないのです!」
「あー、もう……わかりましたよ。アブさんはどうします?最悪、私ひとりでも大丈夫ですけど」
「行く行く。弱々しいのがふたりぽっちじゃあ、さすがにオジサンも心配だわ」
「あああ、ありがとうございます!あと……ついでにというのも申し訳ないのですが、心理カウンセラーの先生の母上殿から調査をしてほしいと言われておりまして。これはきちんと報酬の発生する依頼なのですが、こちらもお願いしてもよろしいですかな?」
「調査って何を調査するんですか?」
「……死の真相、ですかね」
「それは……調査してもわからないのでは?」
「もちろん、それは拙者もお伝えしました。ただ、何がきっかけで自殺しようとしていたのか、なぜ枕元にあんなものがあったのか、何を考えていたのか……母上殿では皆目見当もつかず。正解でなくともいいので、ひとつの可能性として知りたいとおっしゃっておりまして」
思わず腕を組み、目を閉じて唸る。
確かに執筆するためにあれこれ調査するのには慣れているが、さすがに人の死の真相を暴くとなると話は別だ。
悩んでいる私を見ながら、おずおずと田中氏が言葉を続ける。
「……母上殿を見ていると無下に断ることもできず。拙者もこういうタイプなので、頼れるのもライター殿だけなのです……」
心理カウンセラーの母親へ同情しながら、自分自身の不甲斐なさも嫌というほどに痛感しているのだろう。
田中氏のこの表情を見たら、断るわけにもいくまい。
「……わかりました。その依頼、お受けしましょう」
「いいのですか!?」
「田中氏にはいろいろとお世話になってますし、まぁ個人的にも気になる話ではありますから」
「あああ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
「ちょっと前まで仕事場に缶詰め状態だったので、体を動かすいい機会ですし。やるだけやってみましょう。アブさんも手伝ってくれます?」
「ああ、いいよ。こうなりゃあ、もう乗り掛かった船だ」
「で、まずは現場への回収の件ですが、いつ行く予定なんですか?」
「まだ決めてなくてですね……というか、いつでも行けるので、いつ行けばいいのかわからないと言いますか……」
「いつでも行けるんですか?先方さんの都合とかは?」
「その……母上殿からお任せしますということで合鍵を預かっていまして。住所も教えてもらっているので、いつでも行けるのですよ」
「なるほど。じゃあ明日の昼とかはどうですか?」
「あ、明日ですか!?あー、でもまぁ誰も来ないですし、まったく問題はないですな」
「アブさんは?」
「問題ないよ」
「よし、じゃあ決まりですね。各自お昼を食べて、心とお腹を満たした状態で行きましょう」
「それは魔除けのおまじないか何かで?」
「いえ、そういうわけじゃないですよ。でも満たされてたほうが悪いものに魅入られることもなさそうじゃないですか」
「ふむ……言われてみると確かに」
「じゃあ明日、お昼を食べて人心地ついた2時くらいに来ますね」
「ありがとうございます!お待ちしております!」
大袈裟なくらいぶんぶんと手を振る田中氏に手を振り返し、オカルティンを後にする。
アブさんと並んで、来た道を戻っていく。
「今さらですけど、すみません。また巻き込むような形になっちゃって」
「最初からそのつもりで来てんだ。問題ないよ。つーかよ、明日って現地集合じゃダメなの?」
「ああ、田中氏がダメなんですよ。ひとりで外に出れないタイプで」
「あー、なるほどねぇ」
「まったく出れないわけじゃないんですけど、現地集合で田中氏の到着を待ってたらたぶん夜になりますね」
「そりゃあ大変だ。あ、明日は嬢ちゃんのことで昼食っていい?」
「いいですよ。私の分も適当に何か買ってきてください」
「はいはい、了解」
話をしているうちに、私の住んでいるマンションのエントランスのところまで来ていた。
「じゃ、また明日」
「また明日。アブさんも気をつけて帰ってくださいよー」
アブさんはこちらを振り返ることなく、手を軽くひらひらとさせながらゆったりと帰っていった。


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