第3話

文字数 1,436文字

自宅に戻るとすぐに掃除を始める。
その日1日、やるべきことが終わったら掃除をしないと気が済まない。
あとはご飯を食べて、お風呂に入って、寝るだけ。
諸々を済ませ、ベッドに寝転がる。
天井を眺めながら、死んだ心理カウンセラーのことを考えた。
カウンセリングルームのすぐ横が寝室……仕事場の隣にちょっとした部屋があるだけの今私と同じようなものかもしれない。
ゆくゆくは自宅とは別のところにある程度の大きさのカウンセリングルームを構えたかったのではないだろうか。
心理カウンセラーを目指して、実際に心理カウンセラーになって、周りからの評判もよくて……なぜそんな人物が自殺をしようとしていたのか。
自殺をしようとしたその瞬間に心臓発作になった理由は?
今考えたところで答えが出るわけもないのだが、同じ疑問がぐるぐると頭の中を巡る。
そのうち、眠りに落ちていた。
不思議と夢見は悪くなかったが、相変わらず寝起きは最悪だった。
ぼさぼさ頭でゾンビのように朝一のトイレに行き、その後、うがいをして、白湯をたっぷりと飲む。
催してきたら出すものを出して、少しずつクリアになってきた頭でパソコンを立ち上げて、メールの確認をする。
幸いなことに、特に急ぎの仕事は入っていないようだ。
午前中はぼちぼち仕事をして、アブさんが来たら一緒にご飯を食べて、2時頃に田中氏を迎えに行く。
うむ、予定通り。
レンジでチンした冷凍おにぎりを片手に、ゆるゆると仕事を始める。
集中力が落ちてきたなと思ったら、ソファーに寝っ転がってみたり、適当に体を動かしてみたり。
我ながら自由すぎて、この姿は誰にも見せられないなと思う。
そもそも午前中というのは基本的に誰とも会いたくない時間帯だ。
そう考えると、アブさんはうまい具合にいいタイミングでふらっとやってくるものだと妙に感心してしまう。
そのうちにエンジンがかかってきて、一仕事を終えたときには正午前になっていた。
時計を見ながらふと今日はいつもよりも体を動かすよなと思い、普段よりも動きやすい服に着替えることにした。
ああでもないこうでもないと悩みながら、ようやく着替え終わったタイミングで玄関からノックの音が響いた。
「はーい!」
「昼飯、買ってきたぞ」
「何を買ったんです?」
「寿司」
「お寿司!まさか……この袋は……」
「どっこい寿司」
「どっこい寿司!ベストチョイスすぎて腹が立ちますね」
「俺が食いたかったんだよ……」
「問題は中身ですよ」
「ああ、中身ね、中身。あ、これ注文票な」
アブさんがビニール袋に貼り付けられていた注文票をべりっと剥がし、そのまま手渡してくれた。
寿司屋の大将らしい大味な文字が並んでいる。
納豆巻き、サラダ巻き、山芋巻き、海老、玉子、いなり……。
「……」
「えっ、何?ダメだった?全部食べらんない?」
「いえ、その逆です。好きなものしかないです……」
「はぁ~、よかった」
「……アブさん、実はエスパーとかですか?」
「なれるもんならなってみたいねぇ、エスパー」
「もしくは宇宙人で、私の頭の中に変なチップとか埋め込んでます?」
「ないない。何その発想、オジサン怖いんだけど」
「ちょっとお寿司食べたいなって薄っすら思ってて、奇跡的にアブさんがお寿司買ってきて、そのお寿司が好きなネタばっかりなんて……」
「俺の食いたいもんがたまたま嬢ちゃんの好物だったってだけだろ?あ、こういうのも以心伝心?」
「……あー、お茶淹れますねー」
「つれないねぇ」
「……アブさんって味覚、お子ちゃまですよね」
「人のこと言えねぇだろ」


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