第12話

文字数 2,702文字

翌朝、前日よりも疲労感が増した体を引きずりながらマッサージ店の予約を入れる。
あまり流行っていないのか、たまたまなのか、どの時間帯にも予約は入っておらず選びたい放題。
前後の時間に人がいないのは安心だ。
昼の2時から3時の間で予約を入れておく。
終わった後にちょっと甘いものでも買って帰って、家でゆっくりしよう。
正午を過ぎたあたりからゆるゆると支度を始めて、1時45分頃には茉麻さんのカウンセリングルームがあったマンションへ。
エントランスには相変わらず花とお菓子が山になった献花台があり、3階へ上がると301号室の前にも花が置かれていた。
その隣の部屋である302号室のインターホンを鳴らす。
「はーい」
「2時から予約を入れてた者ですー」
「あー、はいはい。ちょっとお待ちくださいね」
パタパタと足音が聞こえてきて、すぐに玄関のドアが開いた。
いかにも美容系の仕事をしていますというようなばっちりメイクの女性。
それと同時に、部屋の中からいい香りが漂ってきた。
「どうも、はじめまして!中へどうぞ」
「はじめまして。失礼します」
間取りは茉麻さんのカウンセリングルームと同じだったが、パーテーションのように仕切るものを置いていないせいかこちらのほうが広々とした印象を受ける。
中へ入ると、椅子に座るように促された。
「さぁ、どうぞ。どこか痛いところがおありで?」
「ええと、全身筋肉痛みたいな感じで……」
「まぁ、運動か何かを?」
「いえいえ、全然。たまたま昨日、山をちょっと歩きまして」
「最近は登山とか人気ですものね」
昨日は確実にタクシーに乗っている時間のほうが長かったのだが、ここで細かいことを言ってもしょうがないかと黙っておくことにした。
「ちょっと触らせてくださいね……まぁ、すっごいパンパン。さっそくですけど、そこの台にうつ伏せになってもらえます?」
「はい……あ、その前にちょっといいですか?」
「ええ、どうぞ」
「マッサージしながらでいいので、隣の茉麻さん……恵先生について話を聞かせてもらいたいんですけど」
「……恵先生?」
女性はすっと距離を取ると、明らかにこちらを警戒し出した。
「あー、ええと、怪しい者ではないんです……恵先生のお母様から調べてほしいと言われてまして。恵先生が亡くなる前に何があったのかを調べてるんです」
自分でも怪しいと思ったが、女性はそれなりに納得してくれたらしい。
「……そうですか。でも私、おしゃべりしながら施術するのあまり得意じゃないんです」
「そうですか、すみません……」
「今日は3時までの予約ですけど、それ以降は何か予定が?」
「いえ、何も」
「じゃあ施術が終わった後、ここでお茶でもしながらお話ししましょう。今日は予約も入ってないですから」
「ああ、ありがとうございます」
施術が始まるとパンパンになった体がほぐれていき、あまりの気持ちよさに何度か意識が飛びそうに。
勝手に口元が緩んでしまって、よだれが垂れないようにするのにとにかく必死だった。
同性とは言え、初対面の人に恥ずかしいところを見られてしまった……。
施術が終わると、女性は小さめのテーブルに紅茶とお菓子を出してくれた。
改めて女性に名刺を渡すと、ライターさんが調査しに来るなんてドラマみたいねと笑った。
「お隣さんだと恵先生と話す機会も多かったんですか?」
「そうですね。このフロアだと私が一番話してたと思います。おすそ分けしたり、逆におすそ分けしてもらったり……地域の行事のことで話すこともありましたし」
「恵先生ってどんな人でした?」
「もう本当にいい人。世の中がああいう人ばっかりだったら、世界は平和になるのにって……優しいし、頑張り屋さんだし、私もああいう人になれればなぁって何度も思いましたよ」
「そうですか……」
「ただね、いい人過ぎたのかなって思うこともあるんです」
「いい人過ぎた?」
「強い光って周りを明るく照らしてくれるけど、変な虫も寄ってくるじゃないですか。だから、普通の人よりもいろんなものを背負って大変だったのかなって思うんです」
「……嫌がらせとかですか?」
「……たぶんこのフロアの人は皆知ってると思うんですけど、恵先生、すごい嫌がらせを受けてたことがあるんですよ。恵先生のところに通ってた人がいわゆる霊感商法みたいなものに引っかかってしまって……確か隔世コーチとか言ってたと思いますけど。やめたいのにやめられないって泣きついて、恵先生も話を聞いたり、弁護士を紹介してあげたり、本当に親身になってたんです。そしたら、そのコーチがカウンセリングルームに怒鳴り込んできて。もう本当に怖かったですよ。狐みたいに目が吊り上がった痩せぎすの女がわけのわからないことを喚き散らすんですから」
「それは……恵先生も怖かったでしょうね……」
「で、その女がカウンセリングルームのドアに張り紙をしたり、ドアの前に生ごみを撒いたりするようになって……私も一緒に片付けたことがあるんです。私も含めて何人かで恵先生が来る前に片付けてしまうようなこともありました」
「警察に相談は?」
「私も警察に相談したら?って言ったんです。でも相談したけどダメだったって……」
「……まぁ、今の警察は役に立たないですもんね」
「しばらく嫌がらせが続いてたんですけど、ある日からぱたっとなくなったんです。ようやく諦めてくれたのかしらねーって話してたら、その……霊感商法に引っかかった本人がコーチを刺し殺しちゃったらしくて……」
「えっ!?」
「恵先生にも他の人にも迷惑がかかるから、自分がこうするしかなかったって……恵先生も私のせいでクライエントを犯罪者にしてしまったって泣いてました……」
「そうだったんですか……」
「ただ、そのコーチに騙されてた人ってすごい多かったみたいで……逃げたくても逃げられない人もいただろうし、逃げ出してもしつこく追い回されて引きずり戻されるような人もいたみたいなんです。人を殺すのは絶対にダメですよ?でも、それで救われた人も確実にいると思うとなんだかね……どう受け止めればいいのかわからないですよね……」
消化しきれない思いを飲み込むように、女性はぐいっと紅茶を飲んだ。
嫌がらせというのはブログのコメントだけではなかったらしい。
タクシーの運転手が言っていた先生の知り合いの知り合いが死んだというのはこのことだったのか……。
その後、しんみりした空気を払拭したかったのか今までマッサージ店にやってきた変な客の話を聞かされた。
女性はもう少しいてほしそうではあったが、お菓子がなくなったタイミングでおいとますることに。
マッサージのおかげか、その日は夢を見る暇もないくらいに熟睡できた。
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