第11話

文字数 3,641文字

「……じゃあ、運転手さんはここで待っててくださいね。絶対ですよ?置いて帰ったらアンケートをみっちり書いて、その上で窓口に苦情の電話を淹れますからね」
「大丈夫だよ。こっちだってこんな上客逃すわけにはいかんのでね」
タクシーを降りて、私とアブさんは少しだけ整えられた道を進んでいく。
「なぁ、今さらだけど何しに行くの?」
「茉麻さんが実際にここに来たのかを確認するんです」
「なるほどねぇ」
「今日回る心霊スポットってちょっと古いというか、下火というか……最近はほとんど人が行かなくなってる場所なんですよ。茉麻さんの携帯に残ってた画像と照らし合わせてみれば、茉麻さんが確実にここに来て、人形なり仏像なりを持って帰ったのがはっきりするかなと」
「心霊スポットにも下火とかあるのねぇ」
「心霊スポットって全国にいろいろあるじゃないですか。古くからずっと人の行き来のある場所もあれば、あるときからパッタリ人が行かなくなるところもあるんです。アブさんは何でだと思います?」
「そりゃあ、実際に出るか出ないかの違いなんじゃないの?」
「まぁ、それもあるかもしれませんけどね。……人が行かなくなるところってガチでやばいんですよ。行った人がばんばん不審死して、洒落にならないから誰も行かなくなって、そのうち口にするのも怖くなって。それで人が行かなくなるんです」
「えっ、ちょっとオジサン怖いんだけど……」
「ちゃんと奥まで一緒に来てくださいよ。万が一のときにはその身を挺して、全力で私を守ってもらわないと」
そんな話をしていると、目の前に廃ホテルが現れた。
白を基調としていたはずの外壁はひどく黒ずんでいる。
至るところに入っているひび、這いまわっている蔦、朽ちたドアに割れた窓。
どこから何が出てきてもおかしくない雰囲気だ。
「さて、行きましょうか」
「……はいはい」
入り口から一歩踏み出すとロビー。
ところどころ天井が落ちており、朽ちたドアや割れた窓から枯れ葉などが大量に入ってきている。
一般的な心霊スポットと同じように、かつて冷やかしに来たのであろう誰かの落書きも残っていた。
ロビーを真っ直ぐに進んでいくと、右手に通路。
さらにその通路を進んでいくと奥に和室がある。
その和室に置かれている日本人形に手を出すと呪われる……というのが有名な話だった。
歩くたびにぱきっ、ばきっと何かが割れたり、折れたりする音がする。
「アブさん、さっきから静かですけど生きてます?」
「気持ちはちょっと死んでる……」
「はいはい、ちゃんと生きてますね。大丈夫ですね。もう少しで和室に着きますから」
たどり着いた和室は思っていた以上に状態が悪かった。
床が抜けているので、一歩一歩確認しながら進んでいく。
日本人形が置かれていたはずのガラスケースはやはり空になっていた。
茉麻さんの携帯を取り出し、画像を確認していく。
「どんな感じ?」
「茉麻さんがここに来たのは間違いなさそうですね。このアングルとかまったく同じです。これなんか実際に茉麻さんが人形を手に取った上で撮ってますね」
「となると、実際にここから人形をお持ち帰りしちゃったってことか」
「もしくは人形が勝手に茉麻さんの後をついてったか、ですね。まぁ、茉麻さんが持ち帰ったんでしょうけど。……さて、確認もできたし、出ますかね」
足早に廃ホテルから出て、私とアブさんがなんとなく廃ホテルを振り返ったとき、1階の入り口を何かが横切った気がした。
「アブさん、今の見えました?」
「いや、はっきりとは……でも何か横切ったよな?」
「目の錯覚か、野生動物か、それ以外か……まぁ、気にしても仕方ないので次行きましょう、次」
さくさくと来た道を戻っていくと、タクシーが見えてきた。
運転手は外に出て、あくびをしながら体を伸ばしている。
「おっ、用事はもう終わった?」
「はい、お待たせしました」
「じゃあ次の目的地に行きますかね~」
待っている間にリフレッシュできたのか、運転手は機嫌が良さそうだった。
しばらく車を走らせていると、バックミラー越しに運転手がこちらをちらりと確認した。
「お客さん、今度はこっちからちょっと聞いてもいい?」
「はい、何でしょう」
「おふたりさんは親子?それとも親戚のおじさんと姪っ子とか?」
「ぶっ」
「えっ、聞いちゃダメだった?」
「ふふっ……いえ……そのですね、私たち同世代なんですよ……ふふふっ……」
「えっ!?あっ、なんかごめんね!お姉ちゃんが若いのかな!?それともお兄さんが貫録あるのかな!?あはっ、あははっ!いやー、はっはっはっ……」
運転手もパニックを起こしたようで必死でフォローをしていたが、アブさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
運転手とアブさんの間でだけ気まずい空気が流れており、それが余計におかしくて私は私で笑いを堪えるのに必死だった。
その後、運転手が何もしゃべらないまま次の目的地に到着。
「……じゃあ、お待ちしてますね~」
運転手はアブさんのほうを見ないようにしながら、それまで触りもしなかったバインダーに手を伸ばし、そこに書かれている文字を指でなぞりながらわざとらしく確認し始めた。
タクシーを降りて、アブさんと歩いているとまた笑いがこみ上げてきた。
「ふひひっ……」
「……何?」
「親子……親戚のおじさんと姪っ子……ふふふっ……」
「へぇへぇ、どうせ俺は老けてますよ」
「でもね、これはある意味自業自得ですよ」
「何で?」
アブさんが不満気に唇を尖らせる。
「自分のことオジサンとか言っちゃうからですよ」
「自分で自分のこと言う分には別にいいだろ」
「言霊ですよ。そうやって自分のことオジサンって言っちゃうから、オジサンになっちゃうんです」
「……嬢ちゃんが若く見えるにしても、親子はなくねぇ?親戚のおじさんと姪っ子とかさぁ」
「アブさんが私のことをそうやって嬢ちゃんって呼ぶから、私も余計に下に見られるのかもしれませんよ。まぁ、化粧っ気がないので年齢不詳になりやすい自覚はありますけど」
ごちょごちょと話をしているうちに、廃寺が見えてきた。
廃ホテルとは違って、かなりこぢんまりとしている。
開け放たれた戸からは、中にある大きな仏像が見えていた。
一応、心の中で失礼しますと念じてから中へと入っていく。
見た目はかなり傷んでいる印象だったが、中は比較的綺麗な状態が保たれていた。
木の枝やら枯れ葉やらいろんなものが入り込んではいるものの、床は抜けていない。
むしろ、踏みしめたときのギシっと軋む音は力強さすら感じた。
大きな大仏の後ろをライトで照らし、のぞき込んでみる。
やはりないか。
「ここに首のない仏像があったはずなんですよね」
「ああ、何かが置いてあった跡だけあるな」
茉麻さんの携帯を確認してみると、やはりここで撮影したと思われるものがいくつもあった。
廃ホテルのときと同じように、仏像を実際に手に取った上で撮影しているものもある。
茉麻さんは確実にこの廃寺にも来ている。
「やっぱり茉麻さんがここに来て、仏像を持ち帰ったということで間違いなさそうですね」
「……なぁ、何か聞こえない?」
「……気にしたら負けです。さ、出ましょうか」
実は途中からお経のようなものが聞こえるような気はしていた。
気にしないように、後ろを振り返らないように来た道を戻る。
廃寺の敷地を出ようとしたその瞬間、薄っすらと聞こえていたお経が頭の中でわっと最大音量になり、敷地を出るのと同時に消えた。
思わずアブさんと顔を見合わせる。
「不審死したくねぇなぁ……」
「大丈夫ですよ。冷やかしで来たわけじゃないんですから。こっちはこっちで真剣に調査してるんです。毅然とした態度でいればいいんですよ」
とは言ったものの、やはり少し気持ちは下がってしまう。
口数少なくタクシーのところまで戻ると、運転手はすっかりもとのテンションに戻っていた。
「おっ、用事は終わった?」
自宅に戻るまでの道のりは運転手が好きなタイミングで好きな話をして、私とアブさんがそれぞれ適当に返事をするだけの時間だった。
決して楽しくないわけではなかったが、じわじわと疲労感が増してきて自宅前に着いたときには疲労困憊だった。
「じゃ、今日はありがとね!」
「こちらこそありがとうございました。本当に助かりました」
「またいつでも呼んで!じゃあね、お姉ちゃん。お兄さんも元気でね!」
運転手に手を振って、自宅へと戻る。
「お兄さんだって。運転手さんも気を遣ってくれて優しいですねぇ。お父さんか親戚のおじさんだと思ってたのに」
「まったく……それより嬢ちゃん、疲れたろ?」
「バレました?私にしては稼働時間が長かったですからね」
「ゆっくり休みな」
「はい。明日はちょっとマッサージに行きたいと思います。久々のマッサージで次の日にも響きそうなので、明日明後日はお休みで」
「マッサージ?」
「茉麻さんのカウンセリングルームの隣がマッサージ店だったんですよ。ついでに話も聞けるかもしれないですし」
「なぁ、それってその……いやらしいやつじゃないよね?」
「馬鹿」
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