第21話

文字数 2,325文字

数日後、私はオカルティンで雅子さんと向き合って座っていた。
アブさんは腕を組みながら適当な棚に寄っかかり、田中氏はハーブティーとお菓子を運び終えた後のおぼんで半分顔を隠しながら不安げにこちらを見ていた。
「ええと、これからお話しすることには私の個人的な予想も含まれるので、事実とは異なる部分もあるかもしれませんけど……その……大丈夫でしょうか?」
「ええ、大丈夫です。仮にそれが事実ではなかったとしても、可能性のひとつとして知っておきたいんです。本人がもういないんじゃ、本当のことは誰にもわかりませんから……」
「……茉麻さんのカウンセリングルームは順調だったみたいです。ただ、カウンセリングルームに通っていたクライエントのひとりがいわゆる似非スピリチュアルの隔世コーチというものに引っかかってしまったようで」
「隔世コーチ?」
「何と言うか……宗教絡みの詐欺のようなものです」
「まぁ、そんなものが……」
「それでコーチに引っかかってしまったクライエントが茉麻さんに相談していたみたいで、茉麻さんも弁護士を紹介したり、話を聞いたりして親身になっていたそうです。で、そのコーチがカウンセリングルームに怒鳴り込んできて、嫌がらせをしていたと」
「そんな……警察には?」
「もちろん、茉麻さんも警察には相談していたようなのですが、特に対応はしてもらえなかったみたいです」
「……」
「……今の警察は役に立たないですからね。で、そのうち嫌がらせがなくなったようなのですが、その……クライエントがコーチを刺してしまったらしくて」
「えっ!?」
「茉麻さんにも他の人にも迷惑をかけてしまうからと」
「そんな……そのコーチの方は……?」
「……亡くなったそうです」
「ああ……」
「この件で茉麻さんもかなり追い詰められてしまったようで……」
「私、何も知らずに……あの子……」
「……それでですね、ちょうど同じ時期にブログのほうでも嫌がらせを受けていたみたいなんです」
「ブログでも……?」
「茉麻さんの投稿した内容を否定するような本当に低レベルなコメントです。コメント欄を閉鎖したり、ブロックしたりすることもできたのでしょうが、心理カウンセラーだからこそ、茉麻さんはそういう人間でも受け入れようとしていたんじゃないかと私は考えています」
「……そうかもしれないですね」
「コーチの件があって、ブログのコメントが追い打ちをかけたんだと思います。おそらくそこから茉麻さんは死にたいと思うようになったのかと……ただ、『自殺だけは絶対にできない』と考えていたようです」
「それは……どうして?」
「具体的な内容はわからないのですが、クライエントがした自殺の話がきっかけになったみたいです。クライエントが自殺の苦しさを訴えたのかもしれません。それに、自殺しても延々と同じ人生を繰り返すことになるって話もありますので……」
「そう……ですか……」
「そこから茉麻さんは自殺以外の方法で死ぬことを考えるようになりました」
「自殺以外の方法で……」
「例えば、呪いです」
「呪い……」
「茉麻さんの枕元にあったものはすべて曰く付きのもので、中には茉麻さんが実際に心霊スポットへ行ってそこから持ち帰ったものもありました。オークションで落札したと思われる曰く付きのものもありました。携帯の待ち受けも見た者が呪われることで有名な幽霊画の掛け軸でした」
「自分が呪われるように仕向けていたってことでしょうか?」
「そうなりますね……。他にも異世界へ行く方法も試していたようです」
「い、異世界?」
「おまじないのようなもので、ある手順を踏むと異世界に行けると言われている方法がいくつかあるんです。自殺とは少し違うかもしれませんが、今のこの世界、この世から逃げ出したかったということでしょうかね……」
「……仕事も全部やめて家に帰ってきてもよかったのに……」
「……優しくて責任感の強い茉麻さんだからこそ、クライエントのことを考えるとそれもできなかったのかもしれません」
「あの子、変なところで頑固になるから……本当に……もう……」
「……あとですね、その……茉麻さんは自分で自分を呪ってもいました」
「……どういうことですか?」
「丑の刻参りってご存知ですか?」
「ええ、はい。えっ、まさか……」
「おかしな話ですが、今はネットで丑の刻参りキットのようなものが誰でも購入できるんです。茉麻さんはそれを買って、近くの神社で丑の刻参りをしていたようです」
「……」
「……そこまでいろいろ試しても死なない自分に絶望して、最終的に絶対にできないと考えていた自殺をしようと思ったのかもしれません。ただ、その自殺の直前でそれまで試してきた何かが成就して心臓発作が起こったのか、それとも追い詰められていたストレスか何かで心臓発作が起こったのか……これが私なりの調査結果です」
雅子さんは一度天井を見上げると目を閉じ、深呼吸をした。
「……ありがとうございます。ひとついいですか?」
「何でしょう」
「あの子は……死んで楽になったと思いますか?」
「……茉麻さんは自殺をしようとしましたが、自殺で亡くなったわけではありません。少なくとも自殺をした人が味わうような苦しみはないはずです。生前のおこないを考えれば、茉麻さんは間違いなく天国に行けるタイプの人だと思います。みんな、茉麻さんのことは本当にいい人だって言ってましたから」
自分でも綺麗事だとわかっていたが、これ以上のことは言えなかった。
仮に呪いが成就し、その結果としての心臓発作だったのであれば……天国へは行けないだろう。
この場でこの可能性については触れられるわけがなかった。
その後、預かっていたものをすべて返して、雅子さんとはそれっきりだった。
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