第5話

文字数 3,343文字

「はー、疲れた……」
「俺もさすがに腕が痛い……」
「お疲れ様でございました!」
「田中氏は下手したら行く前よりも元気ですね……」
「まぁ、自分の城に帰ってきたわけですし!ようやく実物をじっくりと拝見できますからな!」
私とアブさんの疲労感の大半は田中氏によるものなのだが、当の田中氏は情熱が止まらない様子。
さっそくお手製リュックから曰くありげなものたちを出していく。
古いコンパクトミラー、髪がぼさぼさになった日本人形、くたびれたぬいぐるみ、首のない仏像、そこらへんの河原に落ちていそうな石、東南アジア系の不気味な木製人形……他にもストラップやブレスレット、ネックレスなど細々したものがいろいろと。
「その日本人形と仏像は見たことある気がしますね……それ、心霊スポットとかに置いてあったやつじゃないです?」
「やはりライター殿もそう思いますか。実は拙者もそうかなと」
「なぁ、このアジア系の人形は?」
「何だっけな……確か、東南アジアで呪術に使われるとかそんな感じだった気がします」
「ふぅん、天下のライター様も海外のはわかんないか」
「……海外は不得手なんですよ。私は日本国内特化型なんです」
「なるほどねぇ」
「他の細々したものはちょっとわからないですね……」
「詳しく調べてみないとわからないのですが、もしかしたらネットオークションに出ていたものかもしれませんな」
「ああ、最近はネットオークションでもその手のやつが人気ですもんね」
「えっ、何、今はネットオークションで曰く付きのもんが売ってんの?」
「普通にありますよ?祖母の遺品で持ってると悪いことばかりがあるので出品します~みたいなの。呪物コレクターみたいな人が買い漁ってます。そこの田中氏とか」
「ネットオークションは宝の山です!」
「ニッチな需要と供給だこと」
すると、「すみません……」という弱々しい声が聞こえてきた。
受付の向こうを見ると入り口の黒い幕がゆらゆら揺れており、そこから母親が恥ずかしそうに顔を出した。
「変な言い方になってしまうんですが、その……入り方ってこれであってますか?ドアも何もないので黒い布を突っ切ってきてしまったんですけど」
「ええ、もちろん!」
「あはは……初めての人は皆そんな反応になりますから、大丈夫ですよ」
「ささ、母上殿!こちらへ!」
田中氏は例のテーブルへ母親を案内し、奥からいつものハーブティーとお菓子を運んでくる。
いろいろとツッコミを入れたいところではあったが、まぁここじゃ他に選択肢もないしなと何とも言えない表情を浮かべる母親を見ていた。
しばらくすると田中氏がチラチラとこちらを見るので、ああ、話を聞けということかと母親の向かいに座る。
「あの……改めまして、私、こういう者です」
母親に名刺を差し出す。
「ご丁寧にどうも……あ、私は恵雅子と言います。よろしくお願いいたします」
「えっと、その……さっそく調査の件なのですが、お子さんについてお聞きしてもいいですか?」
「ええ、もちろん。どこからお話しすればいいかしら……娘の名前は茉麻。恵茉麻です。小学生と中学生のときに登校拒否になって、そのときに心理カウンセラーの先生にお世話になって。それから心理カウンセラーを目指すようになったんです。大学へ行って、資格も取って、カウンセリングルームを持つようになりました」
「心理カウンセラーとしてお仕事されるようになってから、お母様とのやり取りというのは?」
「電話はよくしていました。自宅とカウンセリングルームを兼ねているので、もし行ったときにカウンセリング中だったらと思うと気軽には行けなくて。でも一緒にご飯を食べに行くことはよくありましたし、休憩時間を確認してちょっと差し入れを持っていくようなこともありました。ただ、忙しくなってからはあまり……」
「そうですか……。体調を悪くしてからの様子はどうでしたか?」
「……ぼーっとすることが多くなって、クマが本当にひどかったんですよね。休んで病院へ行くように言ったんですけど、大丈夫だから、心配しないでってそればかりで……そのうち、休むようにはなったんですけど、部屋には入ってほしくないみたいでした。お水と調子が悪いときでも食べられそうなものを袋に入れて、玄関前に置いておいたり、玄関のドアノブに引っかけたりはしていて、一応そういうものは持って入ってはいたみたいです」
「なるほど……他に気になることとか引っかかってることとかはないですか?」
「それがないんですよね……。守秘義務があるからって仕事のことはあまり話してくれませんでしたし、私に心配かけないように大丈夫、大丈夫ってそればっかりで……」
「プライベートのほうは?」
「もともと友達はいなかったですし、彼氏も作らず仕事ばっかりで……仕事が楽しくてしょうがなかったみたいです」
「えっ、お友達はいなかったんですか?周りからの評判もよくてと聞いていたので、てっきりお友達も多いのかと……」
「ああ、ご近所付き合いとか仕事上の付き合いとかは問題ないんです。ただ、友達付き合いとなるといろいろと面倒らしくて。学生時代はそれなりに仲のいい子もいたみたいですけど、たぶんもう誰とも連絡はとってないと思いますよ。同窓会なんかも全部断ってたみたいですし」
「あはは……友達付き合いが面倒なのは私もちょっとわかります。あ、あと枕元にあったものとかはどうですか?いろいろありましたけど、見覚えのあるものとかはありましたか?」
「全部見たことのないものでした。ああいうものを持ってたことも知らなくて」
「もともと茉麻さんはこう……オカルトチックと言いますか、そういうものに興味があったんでしょうか?」
「一緒に暮らしていた頃は心霊特集とかホラー映画とかもよく見てました。ただ、興味はあるけど、極端な怖がりで……テレビを見るときも怖いシーンになるタイミングで顔を手で覆って、指の間から様子をうかがうような感じでしたね。ふふっ、本人に聞いたらテレビ画面が全部見えると怖いけど、3分の1くらいの範囲ならどうにか見れるって言ってましたね。懐かしい……」
「うーん、じゃあ趣味で集めてた可能性もあるんですかね……」
「でも、あの子が好き好んで集めるとも思えなくて……昔、カタログ通販でオカルト系の雑貨が特集されたことがあって、あの子に見せたことがあるんです。そしたら見る分にはいいけど、買って置きたくはないなって。なんで?って聞いたら、本当にそういうものが寄ってきそうだからって。昔から持ち物とか周りに置くものは可愛いものに限るって言ってましたし、実際に選ぶのも可愛らしいものばっかりでしたね」
「なるほど……」
仕事に追われる日々の中で、趣味が変わったのだろうか。
それとも誰かからのプレゼント?
わざわざそれらを枕元に置いた理由は何なのだろう。
何か記録に残っていないだろうか……例えば、日記とか。
「茉麻さんは日記をつけていませんでしたか?」
「昔は日記帳を買ってたんですけど、続かなかったみたいで今は日記をつけてないんじゃないかと……ただ、ブログはやってたはずです」
「ブログですか?」
「カウンセリングルームの集客にもなるって言われて始めたみたいで、始めてみたら結構面白いよーって話はしてましたね」
「そうなるとパソコンですね……パソコンや携帯の中は見ても大丈夫でしょうか?その……プライバシーとか」
「……私も悩んだんですけど、もし私が茉麻よりも先に死んでたとしたら茉麻は『お母さん、ごめん!』って言いながら私の携帯電話とか日記帳とかも見てたと思うんですよね。だから、茉麻も許してくれるかなって。ただ、私が機械が本当に苦手で、間違って全部消しちゃったらと思うと怖くて触れないんです。田中さんの紹介なら安心して任せられると思っているので、お願いします」
「……わかりました。では、明日から本格的に調査を始めたいと思います。名刺にメールアドレスと電話番号があるので、何かあればいつでも連絡してください」
その後、雅子さんの了承をもらった上で枕元にあったものを田中氏が、パソコンと携帯、その他の遺品を私が調査のために一旦預かることになった。
3人で雅子さんを見送り、私とアブさんは遺品を私の自宅兼仕事場へと運んだ。
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