第19話

文字数 2,096文字

これから向かう神社は私の自宅からは20分くらいのところにある。
ウォーキングにはちょうどいい距離。
ただ、正直なところ、好き好んで行きたい神社ではない。
「私、あそこの神社嫌いなんですよね」
「魔女宅のパイみたいなテンションで言うねぇ」
「もうね、本当に嫌いなんです」
「どういう神社なの?」
「全国的に有名ってわけじゃないんですけど、昔から丑の刻参りの目撃情報があって、実際に藁人形とかもいっぱいあったんですよね。無人だったのが人が入って、そこからまた無人になって、その次に今の宮司が来たんですよ。この宮司がクソで」
「まぁ!口が悪い」
アブさんがわざとらしく口に手を当てる。
「アブさんも覚えておいたほうがいいですよ。宮司がクソなとこはクソです」
「俺の感覚だとパワースポットとして大人気!みたいなとこほどヤな奴が多い気がするんだけど」
「そうそう、そうなんですよ。メディアで取り沙汰されるパワースポットなんて行かないほうがいいですよ。パワースポットで有名になってガッポガッポみたいな強欲宮司ばっかですし、ご利益を求める人間様の欲で逆に穢れてるらしいですから。まぁ業界が厳しいのもわかりますし、全部が全部とは言いませんけどね」
「で、これから行く神社の宮司はどうクソなの?」
「あそこの神社、月次祭ってのを毎月1日と15日にやってるんですよ。一時期、私も参列してたんです。その間はずっとクソ宮司とその取り巻きに露骨にハブられましたね。クソ田舎で村八分にされるような感じですよ」
「怖っ」
「新参にはこんな感じなのかなーって思ってたんですけど、このクソ宮司も取り巻きも人を選んでるんですよね。私以外だと足の悪いおばあちゃんとか気の弱そうな青年とかそういうのを狙ってたみたいです。それでいて、富裕層と政治家には媚び諂うという典型的なパターンですよ」
「そりゃクソだわ」
「その場にいる人全員での写真撮影ってことだったのに私だけ追い出されたり、みんなに配るものを私だけもらえなかったり、私だけ手水舎を使うなって言われたり……因縁をつけるために常に監視されてるんですからたまったもんじゃないですよ。そのくせ、弱者からもガッツリ金を搾り取りたいから必死で崇敬会の勧誘をしてくるんです」
「神職がそれかぁ……世も末だわな」
「正直ね、宮司の顔見たときに人相悪いなって思ったんですよ。でも人を見かけで判断しちゃいかんなと思い直した結果がこれですよ。あれは腐った内面がにじみ出てる顔ですね」
「つーか、何でそんな思いしてまで行ってたの?」
「……氏神様だと勘違いしたんですよ」
「あー、よくあるパターンね。近くの神社が氏神様だと思ってたら実は違ってたと」
「そうなんですよ。調べたら氏神様は別のところで、なぜ私はあんな無駄な時間を……状態です」
「今から行って、ばったり会っちゃったらどうすんの?」
「んー、たぶん大丈夫だと思うんですよね。お祭りとかがないときは基本、中にいましたし。そもそも裏から入りますから。まぁ、仮に会ったとしても今日はアブさんいるから絡んでこないと思います」
「なるほどねぇ」
気づけば、目の前には坂道。
久々に見たのもあるかもしれないが、改めて見るとなかなか急な坂道だ。
この坂道を真っ直ぐ進んでいくと鳥居があって、さらに階段がある。
堂々と参拝できる人は当然、鳥居をくぐって階段を上がっていく。
ただ、今の私のように堂々と入れない、いや入りたくない人間は鳥居の手前で右に回ってこっそりと裏からお邪魔することもできる。
脛から足の甲、足先までのラインが「レ」の字になるような坂道で私がひぃひぃ言っているのを余所に、アブさんは平坦な道を歩くのと同じようなペースでどんどん進んでいく。
「ちょっと……アブさん、待って……」
「……日頃から体動かしてねぇからそうなるんだよ」
「ぐぅ……ラジオ体操くらいはしてます」
「おんぶでもするか?ん?」
「……」
ニヤニヤしながらまるで目に見えぬ赤子をあやすかのような動きをするアブさん。
この坂を上り切るまで、その間だけ恥を捨てて、アブさんにおんぶしてもらうのもありか。
恥ずかしさで心が死んでも、体は元気……いやいやいや、何を考えているんだ。
冷静になれ。
「……また職質されますよ」
「ふっ……でも、今一瞬悩んだろ?」
「う、うるさいですよ……」
数歩先を行っては私が追い付くのを待ち、また数歩先を行っては私が追い付くのを待ち。
孫がおじいちゃんおばあちゃんの散歩に付き合ってるみたいだなと思いながら、足を必死で前に進める。
もうすぐ坂を上り切るというところでアブさんがどこかに消えた……と思ったら、自販機でスポーツドリンクを買ってきてくれていた。
「ほれ」
「ありがとうございます……」
震える手でキャップを開けると、コマーシャルのようにグイっと一気飲み。
プハーっと半分くらいを飲み干すと、生き返ったような気がした。
「スポーツドリンクの飲み方じゃねぇ」
「私、お酒飲まないですけどビール飲むときってこんな感じなんですかね」
「ちょっとは回復した?」
「んー、生き返りました」
「そりゃ何より。で、こっからどうすんの?」
「右に回って裏から入ります」
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