第13話

文字数 1,162文字

「よっ、マッサージどうだった?」
翌々日、仕事場にふらりとアブさんが現れた。
「すっごくよかったです」
体がほぐれていくあの感覚を思い出しながら、ついうっとりとした表情を浮かべてしまった。
アブさんはそれを怪訝そうに見ている。
「……言っときますけど、健全なマッサージですからね。腕のいい女性でしたよ」
「まだ何にも言ってないんだけど」
「発想が卑猥です。破廉恥。お下劣」
「ひっでぇ」
大男が笑いながら腰かけると安物のソファーが軽く波打った。
「で、何か収穫はあったの?」
「ありですよ、おおあり。茉麻さんのところに通ってた人が霊感商法に引っかかって、人を刺し殺してました」
「えぇ……何それ」
「隔世コーチってのに引っかかって、逃げ出そうとしてたんですって。茉麻さんもいろいろ手助けしてたみたいですけど、そのコーチがカウンセリングルームに怒鳴り込んできたり、生ごみをばら撒いたりしてたらしくて。茉麻さんにも他の人にも迷惑がかかるからって、最終的に引っかかった本人がコーチを刺し殺しちゃった……と。まぁ、そのコーチの被害者は他にもかなりいたみたいですけどね」
「何なの?そのコーチって」
「ああ、今そういうのって無法地帯みたいになってるんですよ。もともと曖昧な世界なんで、いくらでも名乗れるし、名乗ったもん勝ちみたいになってます。なんなら私だって宇宙の神々からのメッセージがーとか言って、ほにゃららコーチを名乗れるわけです」
「ああ、やだねぇ……」
「コーチは言っちゃ悪いけど、自業自得ですよね。遅かれ早かれ、誰かが何かしらの行動を起こしてたとは思います。ただ、茉麻さんのことを考えると本当に何とも言えないというか……やっぱりマッサージ店の人に話を聞いてみても、茉麻さんって本当にいい人なんですよ。人を助けたくて心理カウンセラーになったんでしょうし、被害者のことも助けたかったと思うんですよね」
「……その被害者は茉麻さんや他の人を守るために殺人を犯してしまった、と。何で人のことを思う人間に限って、こういうつらい思いをしなきゃなんないのかねぇ……」
アブさんは茉麻さんの遺品が入っているダンボールから、学級文集を取り出した。
「こういうのを見ててもさ、本当に人のためにってタイプだったんだと思うよ。同級生たちから寄せられてるのも、いつもありがとうとかそんなのばっか。聖人君子だよ」
「はぁ……調べれば調べるほど、本当になんでこんないい人がって思っちゃいますよね」
「……ぼちぼち始める?こっちのダンボールもまだ手ぇつけてないところばっかだし」
「そうですね。そうしましょう」
ダンボールのほうはアブさんに任せて、私は引き続き茉麻さんのパソコンを調べる。
カウンセリングルームのブログではなく、茉麻さんの本心が綴られているブログ。
それを最初からひとつひとつ丁寧に見ていく。
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