第10話

文字数 1,945文字

昼過ぎ、自宅マンションの前までタクシーがやってきた。
「いやぁ、どうもどうも。昨日の今日でありがとね」
「いえ、こちらこそありがとうございます」
「あれ?今日は震えてた兄ちゃんはいないの?」
「ええ、今日はこの大男と私のふたりだけです」
アブさんはへいへい、大男ですよとでも言いたげな顔をしている。
「で、今日はどこへ?遠出って言ってたけど」
「こことここです」
廃ホテルと廃寺の住所が書かれた紙を渡す。
「だいぶ山奥だねぇ」
「行く途中に定食屋さんがあるので、そこにもちょっと寄りたいんですけどいいですか?私たちお昼まだで」
「定食屋ってあのニンニクがっつりの炒めで有名な?」
「そうです」
「あ、じゃあ俺もそこで昼食っとこうかな」
ああ、予想していた以上に車内がすごいことになりそうだ。
タクシーが賃走に切り替わり、見慣れた景色が流れていく。
今日は車が少ない、ここでちょっと前に事故が遭った……運転手がマイペースに話をしていると、ほどなくして例の定食屋さんに到着。
3人で仲良くニンニクがっつりの定食を平らげ、少しの休憩の後で車内に戻る。
「こうニンニクくさいと誰のにおいなのかわからなくていいですね。ニンニク食べた後でここまで人に気を遣わずに済むのは初めてですよ」
「全員同じメニュー食やぁね。まぁ、次に乗せるお客さんにゃあ悪いけど」
「一応、窓開けておきますね……ああ、そうそう。運転手さん、昨日乗せてもらった住所まで何人かお客さんを乗せたことがあるって言ってたじゃないですか?」
「はいはい」
「どういうお客さんがいたか教えてもらいたいんですけど」
車を走らせながら、運転手がこめかみのあたりをぽりぽりと指で掻く。
「うーん……本当はこういうのもぺらぺらしゃべっちゃいけないんだろうけどね。まぁ、どこの誰ってこっちも知らないわけだし、別にいっか。その代わり、俺から聞いたってのは誰にも言わないでよ」
「もちろん」
「えーっとね……女の人が多かったかな。こう言っちゃ悪いけど、みんな幸薄い感じで。俯き加減で、声も小さくってさ。俺もおしゃべりなほうだけど、さすがに黙って運転したもんね。でも感じは悪くないんだよ。どっちかっていうと丁寧で真面目な印象。ああいう人ほど悩むもんなのかもね」
「なるほど……他に印象に残ってることとかないです?」
「あー、そうだなぁ……あっ!ひとりすんごい嫌な奴がいたんだよ」
「それも女性ですか?」
「いやいや、男。中年の。話が通じなくってさ。黙っててくれればいいのに、そういう奴に限ってやたらと話しかけてくるんだよね。最初はね、俺が今日は天気がいいですねって声をかけたんだよ。そしたら、全然天気なんかよくない、嘘をつくなって言うのよ。でも、どうみても雲ひとつない晴天でさ。あー、そうですかねって流してたんだけど」
「へぇ……」
「そのうち、勝手に身の上話をしてきてさ。小さい頃はゲームが好きでって言うから、どんなゲームをしてたんですかって聞いたのよ。そしたら、ゲームなんて好きでもないし、したことないって。いやいや、でも小さい頃はゲームが好きでって話を今したじゃないですかって言ったら嘘をつくなって。こっちにしてみりゃ、お前が嘘つきじゃんかって話よ」
「……何を言っても嘘つき呼ばわりですか。気が滅入りますね」
「そのときは本当に腹が立ったけどね。今になってみるとそういう病気?障害?だったのかなって思ったりもするよね。そういう先生のところに行こうとしてたくらいだし。まぁ、本当に性根が腐った人間ってのもいるからわかんないけどねぇ」
おそらく運転手が話した中年の男というのは、カウンセリングルームのブログにコメントをしていた人間と同一人物なのだろう。
ただ、その言動が性格的なものなのか、それ以外のところに原因があるのか私にはわからなかった。
「他におかしな人というか、変な人はいませんでしたか?」
「そうだねぇ。それくらいかねぇ……」
「その先生についての噂とかはどうです?」
「うーん、それこそいい先生だったってくらいかな」
「そうですか……」
「あー、あとね。これは俺もよくわかんないんだけど、先生の知り合いの知り合いが死んだみたいな話はちょっと聞いたな」
「えっ、何ですか?それ」
「いやぁ、俺も本当によくわかんないのよ。ちらっと聞いただけで、別に興味もなかったからそれで終わり。知り合いの知り合いが死ぬくらい生きてりゃ普通にあることだしなーって思って。最初からお姉ちゃんにいろいろ聞かれるのがわかってたら、そのときに詳しく聞いといたんだけどねぇ」
「いえいえ、話が聞けてよかったですよ。ありがとうございます」
「そりゃどうも。おっ、そろそろ最初の目的地に着くよ」
気づけば窓の外は背の高い木々ばかり。
いつの間にか山道に入っていたらしい。
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