第16話

文字数 3,475文字

茉麻さんのブログを読んでいると、視界の端でアブさんがダンボールに手を突っ込んでぴたっと動きをとめた。
「どうしました?」
「んー、何かよくわからんメモが出てきた」
「ちょっと見せてください」
メモは茉麻さんの手書きらしく、一見すると関連性のなさそうな単語が並び、その横にバツ印が書かれていた。

エレベーター×
飽きた×
合わせ鏡×
電車×
32×
幽体離脱×
タットワ×
桜×

なるほど。
これは見る人が見れば、すぐにわかる内容。
「謎解きとかそれ系の話?」
「いや……これは異世界系ですね」
「異世界系って何?転生でもすんの?」
「いや、そのままストレートに異世界に行っちゃう感じです。身も心も自分は自分のままで異世界にダイブ、ですよ」
「どうやって?」
「ええとですね……」

【エレベーターで異世界に行く方法】
10階建て以上のビルのエレベーターを使い、エレベーターに乗るときは必ずひとりというのが条件。
エレベーターに乗ったらまず4階、2階、6階、2階、10階の順番で移動していく。
最後にエレベーターが10階に着いたら、エレベーターから降りずにそのまま5階のボタンを押す。
5階に着いたところで女性がエレベーターに乗ってくる。
女性は異世界の者だと言われており、異世界へ旅立つところを見送る役割や異世界に行こうとする人間を試す役割があるという説もある。
この女性には絶対に声をかけてはいけない。
女性がエレベーターに乗ってきたら1階を押す。
ただし、エレベーターは下に降りず、エレベーターは上に行く。
10階にエレベーターが着くとそこが異世界になっている。

【六芒星に「飽きた」と書いて異世界に行く方法】
用意するものは紙と黒いペン、赤いペン。
まず、5cm×5cmの真っ白い正方形の紙を用意する。
その紙に黒いペンで大きく六芒星を描き、六芒星の真ん中に赤いペンで「飽きた」と書く。
次に、その紙を枕の下に敷いて眠る。
次の日、目を覚まして「飽きた」と書いた紙がなくなっていればそこが異世界になっている。
紙がなくなるというのは下に落ちていたなど紙が移動することではなく、忽然と紙そのものが消えていないといけない。

【合わせ鏡で異世界に行く方法】
必要なものは、普通の鏡と合わせ鏡にするための手鏡。
誰にも見られない時間、夜中におこなう。
まず、手鏡を持って鏡の前に立つ。
次に、鏡の前に手鏡をかざし、手鏡に映っているものを鏡越しにのぞき込む。
手鏡に悪魔が映り込み、その悪魔と目を合わせると鏡の中の異世界に吸い込まれる。

【電車で異世界に行く方法】
必要なものは、米10粒。
まず、A駅へ行き、M線に乗ってK駅で降りる。
ホームをH方面へ向かって歩き、鉄格子の中の盛り塩を崩す。
その後、T線に乗り、B駅で降りる。
今度はホーム内をS線乗り換え方面へ向かって歩き、盛り塩があるところで塩を崩す。
その後、K駅へ戻り、電車を降りる。
改札を出て、「4a出口」階段の下に10粒の米を置く。
さらに、K駅から電車に乗り、今度はJ駅で降りる。
ホームをGに向かって歩き、盛り塩を見つけたらまた崩す。
その後、M線に乗ると異世界へ行ける。

【32の魔術で異世界に行く方法】
必要なものは、白い布、紙、ペン、方位磁石、ろうそく、自分の片手の血液を擦りこんだ真っ直ぐな木の枝。
まず、白い布の上に紙を置き、紙の中心に方位磁石を置く。
方位磁石を見ながら紙に32方位を書き込み、その紙の中心にろうそくを立たせ、夜を待つ。
夜になったら自分の片手の血液を擦りこんだ真っ直ぐな木の枝を北の方向に合わせて置き、ろうそくに火を灯す。
火を灯したら目をつぶり、心臓のあたりに火のついたろうそくをイメージする。
イメージしたろうそくと実際のろうそくが同じ温度になる感覚になれば目を開け、ろうそくの火を消す。
それが終わったら、枝を北微東へと向きを少し動かし、1日目の儀式が終了となる。
2日目以降も同じように一連の流れを繰り返していくと、少しずつ枝が円を描くように回っていく。
31日まで儀式を終えたところで、枝の向きは北微西になっている。
これが最後の儀式となる。
翌日の朝、儀式に使っていた枝が北に向いていれば異世界になっている。
ただし、誰かに見られたり、道具を自分で動かしたりしてしまうと失敗してしまう。

【幽体離脱で異世界に行く方法】
必要なものは、自分の体だけ。
まず、布団の上でリラックスする。
そのうち、体の力が抜けていき、だんだんと体が重たく感じられるようになる。
体が重たく感じられるようになったら、頭を空っぽにしてできる限り無の状態に近づける。
どんどん体が重くなっていき、いわゆる金縛りの状態になっていく。
起き上がるイメージを描きながら、さらにリラックスしていくと体がブルブルと震えてくる。
体が震えてきたところで一気に起き上がると体から魂が離れ、幽体離脱できる。
宇宙やいわゆる霊界などの異世界に行ける。
幽体離脱している間、自分の体と魂は太い糸のようなものでつながっているが、それが切れると体には戻れなくなり、肉体は死を迎えると言われている。

【タットワの技法で異世界に行く方法】
必要なものは、黒い背景に25個のタットワが決まった配置で描かれた紙。
インターネット上に公開されている画像をパソコンなどから見てもいいし、それをプリントアウトしたものでも構わない。
ただし、色むらがあると失敗する可能性がある。
まず、聴覚や視覚に邪魔が入らない環境でなるべくまばたきをせず、視界に画像だけが入るようする。
他のことは考えず、ただただ無心で画像を2分以上見つめ続ける。
これだけで異世界が見えてきたり、異世界に行けたりする場合もある。
見つめ続けても何も変化がない場合には、画像を凝視した後、すぐ白い紙や壁などを見る。
すると、目の中に画像の残像が見える。
その残像を見て、頭の中で自分の体の大きさくらいにイメージを引き延ばしていく。
目の前で残像が大きくなっていく様子を想像すると、実際にその映像が見えるような感覚になっていく。
自分の大きさくらいにまで残像が広がったら、さらにその残像の向こう側を見る。
残像の向こう側には、本来そこにあるはずのない景色が透けて見える。
異世界をのぞくだけであれば、ここまででOK。
異世界に行くのであれば、その大きくなった残像をドアに見立てて、そのドアを開ける、くぐる、通り抜けるなどとにかくドアの向こう側に行くイメージで進んでいく。
ドアを越えた先には異次元の世界が広がっている。

【桜の木の下で異世界に行く方法】
桜が満開の日に、誰もいない場所でおこなうのが条件。
桜が満開の日に誰もいない場所で桜の木の下に立っているだけで、異世界に行けると言われている。

「……他にも黒神陀の術ってのがあるんですけど、それはないですね」
「何それ?」
「すごい条件が多いんですよね。標高261m以上の場所にある6畳以下の四角い空っぽの部屋。人工的な明かりがあるとダメなので、カーテンなどで外からの明かりを完全にシャットアウト。ペットや動物がいるのもNG。必要なものは、筆と墨とろうそくで、友引の前の晩にやるんです。ろうそくに筆で戻りたい年と月を書くんですけど、このときに日付は書いちゃダメ。部屋の真ん中に火をつけたろうそくを置いて、それ以外のものは全部部屋の外に出して、ろうそくの前に正座か、胡坐。友引を迎える瞬間に目を閉じて、呼吸をとめる。そのまま1分待って、『世のたもう』と2回以上唱えると、ろうそくに書いた時空に戻ることができる……って感じです」
「異世界って言うか、過去に戻る感じだな」
「そうそう。まさにそれです。過去には戻りたくなったわけですね、茉麻さんは」
「んん?どういうこと?」
「たぶん茉麻さんは異世界に行く方法を実際に試したんだと思いますよ」
「あー……、バツ印はやってみたけどダメだったってこと?」
「そういうことでしょうねぇ」
茉麻さんのパソコンの履歴を確認してみると、やはり「異世界 行く 方法」「異世界 行くには」などのキーワードで何度も検索しているようだった。
異世界に行く方法をまとめているようなページにもアクセスをしている。
死にたいけど、自殺はできない。
それなら異世界に……。
すべてが嫌になって異世界に行きたいという内容は質問系サイトでもよく見かける。
仮にすべてが嫌になって、今の肩書きも仕事も何もかもを投げ出したとしても現実の世界では高が知れている。
どこまで逃げても、誰かが、何かが追ってくるかもしれないし、連れ戻されるかもしれない。
それならばいっそのこと別の世界に行きたいと思うのだろう。
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