第1話

文字数 1,402文字

薄っすらと流れているクラシックをかき消すかのように、カタカタカタ……とキーボードを打つ音が響く。
大きく鼻から息を吸うと大げさにエンターキーを叩いた。
「ふふっ……」
我ながらアホらしいと思いながら、書き上げたデータを保存する。
何度も何度も読み直し、何度も何度も宛先の確認をし、データを添付して送信した。
送信完了を確認すると、ふーっと息を吐きながら背中を伸ばし、天井を見上げる。
誰にも見せられないくらいひどい顔をしながらあくびをして、ソファーに移動し、チョコレートやらクッキーやらをつまんだ。
「あー、疲れた」
誰もいない部屋に響く自分の声。
くちどけのいい柔らかいチョコレートと小ぶりでほろっとした食感のクッキーを同時に食べるとなかなか……などと思っていると、パソコンからピコンと通知音がした。
さっそくデータを確認した返事でも来たのかと思って、パソコンをのぞき込む。
「あ、田中氏」

件名:お話ししたいことが!
本文:ライター殿!
お話ししたいことがあります!
できれば今日、オカルティンに来ていただきたく!
どうせ誰も来ないのでいつでもいいですぞ!

オカルティンというのは田中氏が館長をしているオカルト秘宝館のこと。
話したくて話したくてしょうがないというのが文面から全力で伝わってくる。
田中氏からこういう連絡があるときはだいたいそれなりに面白いネタを仕入れている。
次の記事のネタになるかもしれない。
夕方までには行く旨を返信する。
返信した後で、ふとせっかく行くならもうひとりくらいいてもな……と考えてしまう。
「うーん、アブさんもいればなぁ……」
「呼んだ?」
「ひぇっ!?」
「一応、ノックはしたんだぜ?」
「き、気づかなかった……」
「で、なぁに?俺がいなくて淋しいって?」
「違いますよ!田中氏がオカルティンに来てほしいって言うから、アブさんも一緒のほうがいいかなって思っただけです」
「ふーん、あの秘宝館ねぇ。また何かネタでも仕入れたの?」
「たぶんそうなんじゃないですかね。すんごい話したそうな感じだったので」
「ほぉ、そりゃ楽しみ。何時に行く予定?」
「夕方までには行くって返事をしたんですけど、アブさん暇ならもう今から行きます?」
「あー……、せっかくからこれ食ってからにしない?」
アブさんはニヤリと笑いながら、紙袋を差し出す。
紙袋には見覚えのある鯛の絵が描いてある。
「あまあま堂!」
「オジサンからの差し入れよ。嬢ちゃんの大好きなカスタードと期間限定のチョコカスタードも」
「くっ……悔しいほどに気が利きますね……」
「いやぁ、照れるね。まぁ、俺は俺で黒餡と白餡買ってるんだけど」
「鯛焼きは出来立てに限ります。食べてから行きましょう。アブさん、飲み物は?」
「うーん、じゃあ緑茶でお願い」
「はいはい。ちょっと待っててください」
アブさんの分とついでに自分の分もお茶を淹れて、いざ鯛焼きへ。
「んー!おいしい!」
「そりゃあ何よりで」
「チョコカスタードは気づかなかったですよ。ここ最近はちょっと忙しくて、あまあま堂も行けてなかったですし」
「まぁ、そうだろうなと思ってね。でも、いくら忙しいたってちょっと散歩に出るくらいはしたほうがいいぞ?」
「わかってはいるんですけど、その時間で仕事ができると思うともったいない気がしちゃうんですよね」
意味があるような、ないようなやり取りをしながら鯛焼きを平らげて人心地つくと、アブさんと一緒にオカルティンへと向かった。



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