隻眼の獅子 第三話

文字数 2,649文字

 翌朝、学生服姿のミーナが事務所に顔を見せた。
 「送ってもらえませんか……、ピンチです。」
 ヤジンは、仕事が一区切りついたところで小休止していた。ゲモンが気を利かせてミーナに片眼をつむり笑った。
 「見目麗しの天使ちゃんのご指名だぞ。送ってやれよ。」
 半ば呆れながらもヤジンは、バイクの後ろに乗せ学校に急いだ。背中に伝わる少女の感触が若い頃を思い起こさせながら尋ねた。
 「何時もは、バスなんだろう。」
 「はい。でも、遅刻多いですかね。」
 ミーナは、ヤジンの逞しい腰に両手を回して必要以上に力を入れていた。
 「低血圧で朝が弱くて困ってます。」
 馴れ馴れしい態度が鼻につかないのはミーナが持つ人となりの善さからくるのだろうか。気持ちの懐に警戒させず入り込むのは生まれ持つ才能に思えた。一昨日の今日でも事務所に抵抗が見えないミーナの気持ちの強さに内心舌を巻いた。
 「落っこちんなよ。」
 「大丈夫です。小さい頃にお父さんのバイクに乗せてもらっていましたから。」
 「そんじゃ、飛ばすぞ。」
 大河が見える高台の学校の登校チャイムが鳴る中を正門に乗り付けた。
 「感謝です。」
 耳元で囁いてミーナはバイクから元気に飛び下りると、思い付いたような感じで尋ねた。
 「今日のお仕事、何時までですか。」
 「昼過ぎには終わってるな。」
 ヤジンは、隠す必要もなく思え答えた。バイクを出そうとするヤジンにミーナが声を掛けた。
 「四時半に迎えお願いできますか。ヨロシクです。」
 悪戯っ子のような笑顔で言い残し正門に駆け込むミーナの後ろ姿を見送りながらヤジンは、呟いた。
 「おぃおぃ……、俺が専属ドライバーかよ。」

 朝が早いジャンク屋だった。午前中の荷受けが終わり日雇い時給のヤジンが作業から上がろうとするのをゲモンが呼び止めた。
 「ちょっと見てくれ。」
 昼間際に持ち込まれたジャンク中に甲冑の部品が混じっていた。
 「これ、この国のもんじゃないよな。」
 「だな、イサラエス製だ。どっから入った。」
 「最近上流で戦闘があったとか噂がある。」
 戦場が複雑に広がっているのが窺えた。反女王派の領国では、イサラエス製の甲冑が使用されていた。
 「この周辺の領国は、女王に忠誠なんだろう。」
 「おうよ、だがなルントの戦いの後、ハンモ領が動き出した。」
 「マジかよ。」
 ハンモ領は、大河沿いの指折りの公国だった。先王の親族から正室を迎え領主のレイフ公は、マリユエテーナ二世の大叔父にあたった。
 「マリユエテーナ二世の乗艦が落とされ、大怪我したって噂があるだろう。」
 「らしいな。」
 「それでだ。独自に戦端を開いたらしい。近隣領主と反乱軍の討伐に出たとか。」
 ゲモンの見てきたように話すのを聞きながらヤジンは、胸の内で苦虫を嚙み締めた。

 正門の前でミーナは、一人待っていた。ヤジンがバイクを乗り付けると笑顔になった。
 「感謝です。」
 遠巻きに二人の様子を噂する生徒らの声が聞こえた。ミーナは、顔を上げて姿勢を正した。意志の強い仕草がヤジンを苦笑させた。バイクの後ろからミーナが、背中に張り付いたまま首を伸ばし囁いた。
 「何か、可笑しいですか。」
 「気持ちのいい奴だなって、思ったわけさ。」
 「意味不明ですが……。」
 「なんて説明するんだ。」
 「パパ?、アニキ?、それとも、カレシ?」
 「年齢的にパパだろうさ。」
 「じゃあ、パパ。寄り道っていいですか。」
 ミーナに強請られてヤジンは付き合った。周りからは一風変わった親子に見られただろうか。学生らが集う人気の甘味処に入り、ゲームセンターに立ち寄った。ヤジンの偉丈夫な威圧感に若者らは自然と道を開けた。
 「得意なんです。」
 どや顔で宣言するミーナが選んだのは、人型兵器【甲冑】の体感型のシューティングゲームだった。ヤジンから見れば操縦席は忠実に再現されているが所詮はゲームセンターに設置されている機器に見えた。ミーナは、エシリマ国の戦闘型【シーマⅡ】を選択し操作準備をしながら得意げな笑顔を向けた。
 「これって、お気に入りなんです。」
 「ゴッツイのが好みか。」
 女王旗下の親衛隊が使う【シーマⅡ】型は、人気があった。カラーリングと装備仕様が親衛隊用に似せていた。ゲームが始まるとモニターのCGは、実際の映像と見まがうほどによく出来ていてヤジンを驚かせた。ミーナの操作は予想の上をいく巧さだったが、命を削るような戦い方に溜息を隠した。無茶な乗り方をする兵士を数多く見てきたヤジンからすれば眉を顰めたくなる戦いだった。ミーナが必死で遊ぶ姿に実戦を想い出し複雑な気持ちのままに観戦した。
 「エヘッ……、クリアーです。ねぇ、やってみて。」
 ミーナに誘われるままにヤジンは、エシリマ国の初期型の甲冑を選んだ。既に練習機としても生き残る機体だった。ヤジンが最初に乗った思い出深い軽戦闘型で機敏さと操縦に素直に反応した。簡素化した操縦席のモニターは、忠実に再現されて遜色なかった。敢えてそのようにプログラムされているのか動かしてみると違和感に内心舌打ちした。操作の反応は甘く実機に乗った身には、戸惑いしかなく心の中で諦めた。
 『……まぁ、しかたねえか。』
 それでも、ミッションステージを次々とクリアーしてランクを上げた。ヤジンの卒のない戦い方にミーナは、驚き感嘆した。
 「すごい、上手いですね……。」
 褒められてもヤジンは、実力の半分も出せないシューティング性能の稚拙さに閉口した。
 「あたし、軍に入りたいの。【甲冑】で戦いたい。」
 ミーナの言葉は真剣なだけにヤジンを困らせ何も答えられなかった。若い兵士の死を見ているだけに複雑な思いを隠した。
 「だから、勉強も頑張ってます。」
 ミーナは、兵学校の甲冑養成科に進学を目指しているのを語った。
 「なんで甲冑乗りだ。」
 ヤジンの疑問にミーナは、真っ直ぐ見詰めて即答した。
 「給料がいいでしょう。それに、戦死しても年金出るって聞きました。」
 ミーナの言葉にヤジンは、何も言えなかった。
 「お姉ちゃんに楽をさせてあげたいの。お姉ちゃんに無理させているから。」
 ヤジンは、会話の中に含ませる意味に勘付いたが気付かなかったふりをした。ミーナが、慌てて付け加えた。
 「……お姉ちゃんに、言わないで下さいね。」

 警戒音が鳴りモニターに乱入モードが表示された。他の機器とシューティング対戦できる機能があった。ミーナは、幾つも並ぶ他の機器を見回して相手を探した。
 「えっ……、誰かな。」
 
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