死神と堕天使 第十二話

文字数 2,817文字

 ゼィは、苦笑して話を変えた。
 「俺が何て呼ばれているか知っているだろう。」
 「……【死神】でしたか。」
 「俺に関わると、良い死に方をしなかったからな。そう呼ばれている。」
 「……そうなんですか。貴男の甲冑に遭遇した敵は、生きて戻れなかったから、と思いましたが。」
 「それもあるが、俺は周りを不幸にする。」
 「……わたくしは、その逆に見えます。」
 アナマの言葉にゼィが、一瞬だけ驚いたような表情になった。
 「……【死神】と忌み名される人らしくないですね。」
 アナマは、続けた。
 「……他人は、勝手なことを云いたがります。」
 「そうだな……。余計なことを聞かせた。」
 「……話すことで気持ちの整理がつくと聞きます。」
 「嬢ちゃんは、やっぱり面白いな。本当に十四歳か。嬢ちゃんといると、昔の上官を前にしているような気分になる。」
 「……貴男には、好い女性だったのでしょう。」
 「まぁな。性格はきつかったが……。」
 ゼィは、少し間を置いて続けた。
 「信頼できる上官だった。」

 夜間の襲撃はなかった。未明に用意を始めた。
 ゼィは、甲冑の点検を念入りに行った。外付けの強化装甲が至る所で損傷していた。致命傷は見当たらなかったが、満身創痍の状態だった。アナマを乗せるとゼィは、起動させた。
 「嬢ちゃん。用意は、いいか。」
 「……いつでも。」
 「よし。」
 ゼィは、胸のペンダントに手を置いた。
 「大丈夫だ。」
 夜陰に紛れて炭鉱町に近付いた。少し手前で甲冑を潜ませた。坑道の入り口は、町の奥だった。ゼィは、立案した作戦をもう一度頭でなぞってから自分の考えを確かめるように呟いた。
 「さてと……、どう入るかだ。」
 見張りとトラップを警戒した。ゼィは、甲冑を静かに市街に侵入させた。見当をつけた場所に見張りの甲冑を見つけた。
 「予想どおりの配置か、悪く思うなよ……。」
 ゼィの甲冑が忍び寄ると、背後から操縦席を貫いた。仕掛けを置き、賊の武器を盗り用心深く離れた。
 「近くにも、いるはずだが……。」
 ビルの陰に潜む見張を探し出した。蜘蛛のように上から操縦席を突き刺した。
 ゼィは、急がなかった。遠回りをしながら見張りの配置を探り至る所に仕掛けを置いた。賊のトラップを見つけると、逆に利用して仕掛けを作った。
 「このまま通してくれればいいのだが、そうはいかんだろうな。」
 そう呟くゼィは、楽観視していなかった。止まっては様子を窺い獣のように動いた。炭鉱町の中程に達していた。新たに見つけた見張りの近くに潜んだ。
 「意外と分散させているな……。」
 ゼィは、アナマに意見を求めた。
 「軍事オタクの嬢ちゃんは、どう見る。」
 「……迷っているのでしょう。」
 「迷っている相手には、用心しないとな。」
 「……よく分かっていますね。
 「煽てるなよ。」

 夜が明ける前の薄闇の中、仕掛けの爆発が起こった。
 「一気に行く。」
 ゼィの甲冑は、背後から賊の甲冑を刺し貫いた。
 「この先、俺の甲冑を見た奴は、もれなく、サービスだ。あの世に連れて行ってやるぜ。」
 至る処に仕掛けた爆薬が連鎖炸裂した。混乱する中をゼィの甲冑は、立ち塞がる賊を手当たり次第に斃していった。
 夜が明け、辺りが白くなりつつあった。
 市街戦は、ゼィの得意とするものだった。賊の一団は、追い込もうと周到な準備をしていたのだろう。その中をゼィの甲冑は、押して通った。
 建物の陰から出ようとした時、長距離砲が轟き、ゼィの右肩の装甲が吹き飛んだ。
 その直前、ゼィは虫の知らせのような感覚で一瞬早く甲冑を動かしていた。その動きがなければ、操縦席を貫かれていただろう。
 「この正確な射撃……。ウィンを遣った奴か。」
 ゼィは、呟き建物の影に飛び込んだ。右腕の動きが悪くなっていた。
 「方向から見れば、ボタ山の上か。」
 「……移動するでしょう。」
 アナマの指摘は、ゼィの見立てと同じだった。
 「後ろと同じだ。」
 狙撃手が配置されているのは、予測していた。その後、より慎重に大胆にゼィは甲冑を動かした。
 広場に抜ける通りでは、大型の炸裂砲が、ゼィの甲冑の行くてを遮り苦しめた。
 「こんなものまで持ち込んでいたのか。」
 命中しなくても近接で破裂すると衝撃で装甲に被弾した。
 建物の間で爆発すると、跳ね返り防ぎようがなかった。爆風で甲冑が壁に叩きつけられた。
 「やってくれる……。」
 ゼィは、呻いた。
 激しい衝撃に、ゼィの額からは出血していた。
 「……血が出ていますよ。」
 「嬢ちゃんは、怪我をしていないか。」
 「……大丈夫です。」
 「それは、結構。」
 ゼィは、タオルを額に撒いた。
 建物や遮蔽物を上手く使いゼィは、獅子奮迅の活躍で善戦した。他の乗り手ならとっくに撃破されていただろう。手練れの賊を何機も動けなくしていた。炭鉱の入り口前の広場を前でゼィは、建物の影に隠れ一息ついた。
 ゼィの甲冑は、いたる所が損傷して可動が鈍くなっていた。甲冑の損傷具合を見極めたのか、保安官の深緑の甲冑が姿を現した。
 「【死神】も地に堕ちたな。」
 外部音声で保安官の声が響いた。ゼィは、応えた。
 「聞いたことがある声だ。保安官、領国を跨いでの仕事は、アリなのか。」
 「休暇を貰っての、旅行中だ。そのついでの粗末事だよ。」
 保安官は、有利な立場で余裕があった。
 「暴れてくれたな。」
 「向かってくる奴は、容赦しない。」
 「簡単にくたばればいいものを。」
 保安官が、冷たい笑い声を上げた。
 「お宝を置いていくなら、見逃してやるぜ。」
 「見逃してくれると、思えないな。」
 「疑い深いな。金塊を積んでいるんだろう。」
 「本気で信じているのか。」
 「確かな筋からの話だ。」
 「どこから聴いた。間抜けが。」
 「素直に甲冑を降りるなら、いいものを。アンタをあの世に送ってから、中を検めさせてもらう。」
 「御目出度い奴だな。」
 ゼィは、呆れて呟いた。
 「こうなったら、一人でも多く地獄に道案内してやるさ。特に、あの白い甲冑の奴は必ず仕留めてやる。」
 その思いにゼィは、燃えていた。後ろでアナマが諫めた。
 「……その台詞、ここで諦めるるように聞こえますよ。炭鉱の入り口が見えています。」
 「分かっている。だがな。満身創痍だ。あの数で囲まれている。弱気にもなる。」
 ゼィの不敵な笑いにアナマは、後ろから小突いた。
 「……入り口までが、約束ですよ。」
 「これ迄、しくじった仕事は、一つもないのが俺の自慢だ。」
 「……なら、その自慢を証明してください。」
 坑道の入り口前の広場は、遮蔽物がなかった。大破に近いゼィの甲冑が飛び出すと、賊が手柄をたてようと群がった。追撃の甲冑と戦いながらゼィは、坑道口に向かった。
 混戦の中、入り口の間際にゼィの甲冑の足は長距離砲で打ち抜かれた。片足が飛び散り、その反動で入り口に転がり込んだ。

 保安官の一団は、坑道口を遠巻きに取り囲んだ。 
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