死神と堕天使 第九話

文字数 2,561文字

 野盗が撤退する手際よさにゼィは、頭の有能さを認めた。
 「できる頭がいる集団か。つけられていたと考えればいいが、厄介だな。」
 ゼィは、少し時間を使うが暫く山岳地帯を通る計画に変更した。風雨の強くなった山間の走破は、困難を極めた。それでも、ゼィは甲冑を巧みに操り急いだ。
 昔の戦場を想えば、この程度の行軍は楽だった。

 『追ってくるならやり易いが、あの引き際のよさだ。体勢を立て直してからか。』
 ゼィは、考えながら野盗らしくない集団の行動に思うところがあった。
 「あれは……、軍人だな。」
 ゼィの呟きにアナマは、後ろから小突いて尋ねた。
 「……襲撃の集団を、賊ではないと見ましたか。」
 「間違いない。動き方と戦術が軍錬どうりだからな。俺としては、その方がやり易い。対処できる。」
 そう言ってゼィは、すぐ横に顔を伸ばしたアナマに苦笑を向けた。
 「シートから立たない方がいいぞ。この地形だ、踏み外して体勢を崩すかもしれない。放り出されて泣いても知らないぞ。」
 「……そんなに、下手ではないでしょう。」
 「俺は、過信しない。手堅さと用心深さで生き延びてきたんだからな。」
 「……それは、認めます。」
 アナマは、そう言ってから尋ねた。
 「……リオス領主は、名君と聞きましたが。」
 「噂でしか知らないが。そうだったらしいな。」
 イサラエス国と接するリオス領は、地政学的にも大事な場所だった。その領土を治めるレイトは、先の国王の信任も厚く、善政を布いていた。
 「だが、配下に暗殺されたのは不覚だな。何があったのかは、知らないが。」
 「……配下の一派が、新女王の国軍と内通していたと、聞きました。」
 「嬢ちゃん、詳しいな。」
 エシリマ国内で反乱が勃発した後、各領主は新しい女王に忠誠を誓い参戦するものと、反旗を翻す反女王の軍に付くものと二派に分かれた。反女王の軍がイサラエス国と盟約を結び内乱が激化すると、エシリマ国内は様相を一変させた。時勢見に徹して動かぬ領主や、この機に乗じて領土間で争いを起こしたりとエシリマ国は群雄割拠のような混乱に陥った。
 先王の側近だったリオス領主のレイトは、新しい女王に臣下の礼を示した。だが、反女王の軍がイサラエス国と盟約を結ぶと、周辺の領主に先んじてイサラエス国と密約を結び中立を決めたのだった。
 「俺は、国の大義や個人の主義主張なんかは、どうでもいい。」
 「……大義のない戦いは、殺戮でありましょう。」
 「大義を嘯く奴らは、糞だ。元軍人が言うと、可笑しいがな。」
 「……ロマンチストですね。」
 「もう、何を言われてもいい。俺には、拘りのないことだ。」

 ゼィは考えた。領兵が野盗に化けて暗躍しているなら領内の混乱と治安は予想以上に厳しいものだろうと。
 『宿場に立ち寄るのも一つの手か。』
 ゼィは、計画の変更を決めた。警戒しながら山岳地帯を踏破し宿場に着いたのが夕方間近だった。雨は、降り続いていた。
 リオス領の宿場は、賑わっていた。ゼィが考えていたよりも安定し活気があった。イサラエス商人の姿にゼィは驚かなかった。
 宿は、どこも旅人で溢れていた。
 「屋根裏部屋なら用意できますが。」
 老齢の宿主は、ゼィとアナマの偽造身分証で親子と信じた。前払いの宿代は、予想以上に高かった。屋根裏部屋は、狭いバルコニーが付いていた。斜面に建てられた宿は、浅い谷に面していた。ゼィは、何時もする様に部屋の配置と逃げ道を捜し確かめた。
 雨は、小降りになった。暮れ行く遠くの山々が、雨に煙り霞んでいた。
 アナマは、バルコニーの手摺にもたれて遠くを眺めていた。東向きの見渡せる景色に魅入られているようなアナマの後ろ姿にゼィは、揶揄った。
 「明日の天気でも見ているのか。」
 「……夜半には、止むでしょう。」
 アナマは、言った。
 「……山脈は、靄で見えませんね。」
 炭鉱町は、その山脈の麓にあった。晩秋になれば雪を頂く山脈が、イサラエスとの国境だった。
 「食事は、どうする。」
 「……携帯食で足ります。」
 「そうか。俺は、情報収集がてら飲みに行ってくる。」
 ゼィは、小型の拳銃を渡した。
 「護身用に持っていろ。俺を撃たないでくれよ。」
 「……淑女用ですか。良い細工が施していますね。」
 骨董価値をアナマは、見抜いた。
 「古いが、ちゃんと使える。」
 「……想い出の品なのでしょう。」
 「そうだったかな。」

 ゼィは、宿の酒場を覘いた。旅人で活気があった。ゼィの素性は、気付かれなかった。カウンターの隅からは、狭い店がよく見えた。中年の無愛想な女が用意した酒も食事も予想より美味かった。ゼィは、商人に見えない隣の若い男を探ってから声を掛けた。
 「ここの酒は、美味いな。」
 「イサラエスからの密輸らしいよ。」
 若い男は、気さくだった。話していると遠い北方地方の訛りがあった。ゼィの雰囲気から察したのだろうか。若い男は尋ねた。
 「アンタも、傭兵の募集を見てきたのか。」
 「一緒のようだな。」
 ゼィは、酒を交わしながら話を合わせた。
 「兵を集めて籠城でもするのか。」
 「女王陛下の勅命を受けたらしい。」
 「この近辺の領国は、反女王の軍に与しているんだろう。」
 近隣の領土は、反女王派だった。イサラエスと密約を結んで中立の立場をとっていた。ラウンの兵力だけで戦えるように思えなかった。
 「領主を殺った将軍は、なかなかやり手らしい。時流を読める人物らしい。」
 若者は、お喋りだった。
 「我々にも、充分な支度金を配布してくれると聞いた。」
 「金鉱は、閉山しているんだろう。よく資金があるな。」
 「噂だが、隠し金山があるらしい。」
 「それなら、頑張れるな。」
 「まぁ、適当にやるさ。アンタも死なない程度に戦いなよ。」
 酒場の片隅で酒の上の喧嘩が始まった。
 駆け付けたのは、保安官と領兵だった。その場を収める様子を見れば、平穏に見えて臨戦態勢になっているのが分かった。
 その後ゼィは、教えられた店に立ち寄り、夜の宿場を巡った。

 部屋に戻ると、アナマはベッドに入っていた。ゼィが長椅子に寝ようとするとアナマは、目を閉じたまま声を掛けた。
 「……遠慮なさらずに、隣を使って下さい。」
 「いいのか。」
 「……拳銃、ありますから。」
 「撃たれないようにするか。」

 
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