隻眼の獅子 第六話

文字数 2,480文字

 朝から快晴だった。ひと月ばかり夕立がなかった。ゲモンは、二日酔いの頭を庇いながら操船の準備を始め誘った。
 「昨夜の戦い後でも見に行くか。」
 「雇われの身だからな。文句は言えない。」
 「兄弟、話が分かるな。お宝を探して今夜は、ぱあっと宴会だ。」
 「手堅い商売が、信条じゃなかったのか。」
 「時には、大胆にだ。これが、処世術だろう。」
 ゲモンの前向きな勢いに苦笑しながらヤジンは、戦闘が終わった後の危険な状態を知っているだけに危惧した。物見遊山の気分での戦場荒らしは、危険と隣り合わせだった。何が起こっても文句は言えない。ゲモンの様子から慣れているのが窺えてもヤジンは警戒を忘れなかった。 
 「無人機の広範囲な攻撃だったらしい。インフラの拠点を叩かれたとか聞いたが。巡回警戒中の甲冑も狙われたらしい。」
 土地勘があるゲモンは、昨夜に起こった戦闘の情報を仕入れていた。

 出発前のゲモンは癖になっているのか、操舵室の窓枠に貼った色褪せた写真を指先で撫でた。五歳ぐらいの女児を抱く若い母親の笑顔が平和な時代を想像させた。ヤジンの視線を感じたのかゲモンが珍しく照れた。
 「兄弟、笑うなよ。俺の女神様一号と二号だからな。」
 「人様の気持ちを揶揄うほども野暮じゃない。」
 ゲモンの事情は推察できた。誰にだって大切な思い出の一つぐらいあるのをヤジンも分かっているつもりだった。
 昨夜の戦闘が影響するのか大河を行き交う船舶は少なかった。沿岸近くの至る所に戦闘の痕跡が残っていた。内陸の町の各所から黒煙が立ち上るのが見えた。被害状態を見る限りでも無人機の攻撃が大々的であるのが判った。
 『結構な数を使ったようだな。甲冑同士の戦いは無かったようだが、待ち伏せでも受けたのか。』
 ヤジンは、胸の内で戦場の趨勢を読み解いた。損傷する甲冑の紋章と認識記号からこの領国の所属機であるのを理解した。
 「なんだ。遣られているのは守備部隊ばかりだな。無人機の攻撃だけじゃないのか……。」
 ゲモンも内情に詳しかった。双眼鏡を使い辺り一帯を探り確かめながら嘆いた。
 「攻撃の混乱に乗っかる賊共らが群がったな。勝手知る領内で奇襲を受けてオシャカとは、まったく泣けるね。」
 川岸に半壊の甲冑が水に浸かった状態で放置されていた。脚部の損傷が著しい状態にヤジンは、歩兵が使う携帯式の対甲冑武器で動けなくなったと見た。
 「賊の甲冑狩りだな。」
 ゲモンは状況を把握していた。ハッチが外から強制的に開けられているのが見えた。
 「上手く逃げられたか、捕獲されたか。」
 ゲモンの言葉の意味がヤジンにも分かった。戦場の混乱に乗じて殺されることも多かったが、捕虜になっても身代金が払えなければ悲惨な結末になるのを数多く見聞きしていた。
 「初期のシーマ型か、古いがいいね。使えそうな部品をさくっと頂いちまおうぜ。」
 機船を岸に寄せて台船からクレーンを伸ばした。ヤジンは、甲冑に取り付いた。
 「死体は、ないだろうな?」
 ゲモンの声にヤジンは、コックピットの中を検めた。血痕の状態からパイロットの無事を見て取った。
 「中は、キレイだ。」
 「ゲロも吐いていないってか。そりゃいい。」
 操縦席の内部は、損傷が軽微だった。ゲモンの指示で部品を外し回収を急いだ。

 少し離れた岸辺を急ぐ集団が見えた。その恰好から近郊の住民でないのは伺い知れた。ゲモンは、双眼鏡で確かめると歓喜に吠えた。
 「おおっ、リハナ姉か。くーっ、いつ見てもイカスぜ。」
 ゲモンの燥ぐ姿は、子供のようだった。光通信を使い情報交換するゲモンは、話し終えると苦々しく舌打ちした。
 「……クソがぁ、まずいな。」
 早々に撤収の準備を始めた。
 「ここを離れるぞ。特殊部隊が探索を初めているらしい。」
 無言の視線で真偽を探るヤジンにゲモンが苦笑して説明した。
 「賊の甲冑狩りを追っているらしい。奴らは、無茶をするからな。とばっちりを食っても文句の言いようがない。」
 甲冑が歩兵用の携帯武器で壊されている状況を見ればその信憑性が窺えた。ゲモンの行動は早かった。機船の舳先を川下に向けた。
 「それにしてもだ。いつ見てもリハナ姉は、カッケーな。」
 男の集団に一人混じる女を指している意味を解した。ゲモンは、喋りたいのか尋ねられもしないのに語った。
 「仕事の嗅覚が半端じゃねえ。ガッチシ儲けてる。昔から口説いているんだがな。さっぱり相手にされない。何処が悪いんだ。年下だからか。」
 「気の強い年上が好みだったか。」
 「おぅよ、分かんねえだろうな兄弟。情が深いし性格もいい。」
 「入れ込みようだな。」
 「そんだけ、極上ということだ。」
 「お仲間か。」
 「何でも屋だ。だがな、気に入らない仕事は絶対しない。そこんとこが、男前だろう。」
 ゲモンの身内びいきにヤジンは、内心呆れた。
 無人偵察機が川の沿岸を飛行するのが遠くに見えた。目敏く見つけたゲモンは、呻いた。
 「ハンモ領の紋章を付けてるじゃないか。レイフ公が加勢に出張ってる噂はマジか。」
 ヤジンも双眼鏡で確かめた。見覚えのある紋章と所属記号に納得した。ゲモンは,愚痴った。
 「どうなってんだ。これじゃ誰が敵か味方か知れたもんじゃねえ。大変な目に合うのは、俺ら平民なんだからな。まったく、別嬪の女王様は、お飾りかよ。」
 川を下る機船を操りながらゲモンは、独り言を口にした。
 「昔は、この辺りも長閑だったんだがな……。」 

 ジャンク工場に戻ったのは、三日目だった。その昼過ぎにミーナが姿を見せた。帰りを待っていたかのような現れ方にヤジンは苦笑した。
 「お宝、拾えました?」
 「耳が早いな。」
 「どうしてなのでしょう?」
 「暇だからだろう。」
 「照れてますか、パパ?」
 「揶揄うんじゃない。」
 軽く叱られてもじゃれて笑うミーナが愛おしく感じるヤジンだった。
 「お土産ありますか?」
 「土産話なら。」
 「お姉ちゃんも喜びます。」
 ミーナは、ヤジンの都合も聞かずに誘った。
 「午後から仕事は、お休みでしょう。買い物に付き合って下さい。お願いです。」
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