死神と堕天使 第六話

文字数 2,600文字

 甲冑が停まると、ロテムは操縦席を覗き込み尋ねた。
 「どうじゃ。」
 「動きは、問題ない。」
 「当たり前だ。誰が整備したと思っとる。儂が言ってるのは、孫娘の方じゃ。」
 「あぁ……、大丈夫のようだな。」
 アナマが、ふらつくこともなく降りた。ゼィは、未だ信じられなかった。ロテムが、アナマに確かめた。
 「どうだった。」
 「……良い人に出会えました。この甲冑なら大丈夫です。」
 アナマが、静かに答えた。ゼィは、改めてアナマを観察しながら思った。
 『まさか……、【稀人】なのか。』
 この時代、技術的や感覚的な能力が常人より秀でる人を総称して【稀人】と呼んでいた。ゼィは今まで戦ってきた中でも、そうとしか考えられない働きをする兵士を見てきた。真意は定かでないが、【稀人】を異世界からの【かりそめの客人】と考える輩もいた。人知を超えた圧倒的な力を目の前にして、常人は理由付けることで納得しようとしたのだろうか。
 ゼィは、腹を決めて尋ねた。
 「用心棒を引き受けたからには、隠し事は無しだ。お前の孫は、何者だ。普通は、乗っていられんだろう。」
 「特注の強化シートだからな。」
 「俺が言っているのは、嬢ちゃんが甲冑に【乗れている】ってことだ。」
 ゼィは、糺した。
 「【稀人】なのか。」
 「何を言い出すかと思えば、リアリストの甲冑乗りらしくないな。【稀人】ってもんは、このご時世に人が期待して勝手に創り出したプロパガンダだろうが。」
 ロテムの理屈は、筋が通っていた。
 「だが、そう思われても仕方がないか。……そうならアンタどうする。」
 そう尋ねられてゼィは、返す言葉を飲み込んだ。アナマが、祖父の後を引き継いだ。
 「……向こうに着いてから、お話しできます。」
 アナマ本人の言葉にゼィは、頷いた。
 「いいだろう。見事嬢ちゃんを目的地まで送り届けてやる。」
 「アンタなら、孫娘を任せられる。」
 ロテムは、言った。
 「これは、歴史に残る大役と思ってくれ。」
 「御大層だな。」
 ゼィは、苦笑した。
 「翌朝、日の出と共に出発だ。」
 そう周りに聞こえるように話てから、二人に小声で言い残した。
 「出発前に、もう一度フル装備で試したい。夕方に来る。いいな。」

 帰り道、ウィンに会った。ゼィを待っていたような現れ方だった。
 「仕事の話は、聞いた。」
 ウィンは、話を切り出した。
 「一口、乗せてれ。」
 「仕事は、独りと決めているんでな。」
 「国境近くに向かうなら。俺は詳しいぜ。」
 「噂は、広がっているようだな。」
 ゼィは、若者の真意を測りかねていた。ウインが笑い軽く肩を竦めた。
 「小さな宿場だからな。手伝わせてくれよ。」
 「ご執心だな。理由を聞けるか。」
 「あの娘を守りたい。」
 ウィンの意外な答えにゼィは、言葉を探した。
 「知り合いか。」
 「……いや、そうでないが。」
 ウィンが躊躇い言葉を濁した。ゼィは、それ以上踏み込んで尋ねなかった。
 「俺に決定権はない。お前が直接売り込むのは勝手だ。邪魔はしない。」
 ゼィの言葉にウィンは、言葉を詰まらせた。その様子から、ウィンが既に掛け合っているのをゼィは推し量った。
 「……断られた。」
 ウィンが、小さく落胆するように告げた。ゼィは、若者の見かけによらない繊細さを知った。
 「理由を聞いていいか。」
 「あぁ、俺では死ぬと断られた。」
 ウィンは、溜息をつき言った。
 「盾にでも、なって見せる気持ちはあるんだ。」
 「その気持ちだけ貰っておく。」
 ゼィは、言い聞かせた。
 「お前は、これからの男だろう。焦るな。」
 近くの酒場にゼィは、ウィンを誘った。

 ゼィが宿に帰ると、女は店に出る準備をしていた。
 「飲んできたの……。」
 「若者に説教してきた。」
 「そぅ、店に行かないの……。」
 「もう十分飲んだ。」
 「出掛けるの……。」
 「酔い覚ましに、ちょっと散歩に行く。」
 「次も、指名してもらえるの……。」
 「戻る理由をつくってくれたな。」
 ゼィは、笑った。女が寂しそうな表情を見せた。
 「この部屋は、前払いで一週間借りている。自由に使え。」
 「アンタ、優しいね。……噂と、違った。」
 「ぬかせ。」

 夕方、ゼィは工場に戻った。すべての用意が整っていた。
 「このまま出発する。」
 ゼィの言葉にロテムは、頷いて言った。
 「無事に帰ってこい。左足を取り換えてやるから。」
 「楽しみだ。」
 ゼィはそう答えて、パイロットスーツに着替えた。
 防寒着姿のアナマは、祖父と別れを惜しんだ。
 「……御世話になりました。いずれまた、お会いできるでしょう。」
 「無事に着くのを願っております。」
 ロテムが、背筋を伸ばし言上した。その様子は、祖父と孫でなく、臣下と主のように見えた。ゼィは、二人の関係に薄々勘づいた。
 アナマを奥に座らせると、ゼィは操縦席に乗り込んだ。ロテムに合図を送り言った。
 「ちょっと、行ってくるか。死なせはせんよ。」

 装甲貨物車を先に走らせ、その後に甲冑を続かせた。どちらも後ろに跡を消す装置を付けていた。陽が沈む間際の荒れ野をゼィは、急いだ。宿場町を離れ人影がなくなると、目星をつけていた丘陵の岩陰に隠れた。
 「さて……、どうかな。」
 ゼィの行動にアナマは、不審がらなかった。後部のシートで静かに瞑目していた。
 ゼィが予定よりも一日早く突然に出発したのは。よくよく考えて戦略を練った上での決断だった。先ずは、誰もが予測しない早い時期に行動を起こし周りの動きを見ようとしていた。
 ゼィは、アナマに話した。
 「余計な噂が立っている。俺が金塊を運ぶってな。」
 「……金塊ですか。」
 「欲の突っ張った奴らだ。美味しい話は放っておかない。」
 ゼィは、言った。
 「金塊じゃなくて、別嬪のお嬢ちゃんだと知ったらたまげるだろうな。」
 「……意外と、お喋りさんでしたか。」
 「かもしれない。」
 ゼィは、苦笑した。
 「昔、お喋りはモテないと言われたよ。」
 「……モテたかったのですか。」
 「一人だけに、モテたかった。」
 「……正直ですね。操縦は、ひねくれているのに。」

 ゼィの読みは正しかった。一刻が過ぎようとした頃、甲冑の一団が追い付いてきた。その急ぐ様子をゼィは、望遠を使って機種と数を確かめた。流れ者らだった。
 「十三機か。此奴らだけとは思えんな……。」
 一団が通り過ぎてもゼィは、未だ暫くその場から動かなかった。
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