死神と堕天使 第二話

文字数 2,458文字

 暗くなってからゼィは、女を連れて夕食に出かけた。女が案内する飲み屋は、食事も酒も不味かった。しかし、この時世の田舎では、有り得ることだった。
 「奥で遊べるけど……。」
 女がゼィの耳元で囁いた。ゼィは、予測していた。
 「保安官の公認だから……。」
 「覗いてみるか。今夜はもういい。後は、勝手にやる。」
 ゼィは、女に多めの金を握らせた。

 奥の地下に降る階段の前には、二人の屈強な荒くれが見張り番をしていた。ゼィの滞在の噂を知っているのか目礼して招いた。
 入り口近くまで人の騒ぐ声がとどいた。階段を降る深い地下は、防空壕を目的に造られているが見て取れた。避難所を兼ねた地下は、予想以上に広った。灯りの落とした薄暗い店内は、檻に囲まれたリングが設えられ照明が当てられていた。そのマット上では、下着姿の若い女が二人で取っ組み合っていた。客が取り囲み歓声を上げて観戦していた。金を賭けて楽しむそのような催しは、珍しくなかった。
 ゼィは、片隅のカウンターで酒を注文した。二人の女が長く戦っているのは、息を切らし汗をかいている様子からも分かった。ゼィの目からは、二人共に格闘技の心得があるように見えた。見世物としても成立させているだろう。酔った観客の声援を受けて派手な組手を繰り返し長引かせた。最後は、寝技で勝負がついた。恥ずかしい姿で締められて浅黒い娘が失神した。司会の男が現れて叫んだ。
 「さて、この哀れな敗者を慰めて頂ける御仁を募集いたします。この負けた女と一晩、楽しむ権利を競って頂きましょう。では、金貨一枚からお願いします。」
 歓声の中、掛け金が吊り上がった。ゼィが値踏みする金額に近かった。声を上げる中にさくららしき人物も見受けられた。
 ゼィの横で飲んだくれていた初老の男が、酔った目で絡んできた。
 「……お前、……見たことがある顔だな。」
 「そうか。」
 ゼィは、適当に受け答えた。
 「……あれだ。想い出したぞ。……用心棒の、なんだ。……【漆黒の韋駄天】だ。」
 「昔、そう呼ばれていたな。」
 「……こんな、片田舎まで仕事か。……誰か追っかけて、来たのか。」
 「まあ、そんなものだ。」
 「……七人相手に、……独りで、一瞬で倒したんだよな。」
 「おう、苦労した。」
 「……こうみえても、……儂も、若い頃は賞金稼ぎをやっていた。」
 「ほう、凄いな。」
 酔っぱらいの御託をゼィは、適当に聞き流した。

 続いて勝負が始まった。その夜のメインイベントらしく観客が盛り上がった。客の大半は、若く綺麗な娘の敗北を叫んでいた。
 ゼィは、泥酔状態の老人の向こうで独り酒をあおる中年男に声をかけた。
 「なかなかの人気だな。」
 「これが最初の試合になる志願した生娘だからな。」
 その中年男が、下卑た笑いを返した。
 「飢えた狼らがお待ちかねだ。」
 ゼィは、そのルールを知っていた。試合で勝てば大金を手にできるが、負ければ玩具にされる。非合法の賭け格闘技は、どこにでもあった。
 「相手が悪かったな。【生娘墜としのスネーク】だ。」
 「強いのか。」
 「おうょ。元格闘技のチャンプさ。」
 スネークは、急がなかった。素人を適当にあしらいながら観客にサービスした。ショーとして成立させる技術を持っていた。ゼィの目から見ても、力の差は歴然だった。組まれ投げられた後、寝技に持ち込まれた。必死で抵抗する娘を、スネークは揶揄うように体制を変えて固めた。娘の乱れる姿に観客が歓声を上げ悦んだ。
 「相変わらず。スネークは、えげつないな。サービスしすぎだろう。」
 中年男は、低く笑った。
 「ワザと相手の下着を剥がしたことがあるんだぜ。」
 「スネークは、負けたことがないのか。」
 「ここでは、見たことないな。昔、どこかで顔を切られて負けたとか聞いたことがあるが。」
 スネークの頬に傷跡が見えた。何度か寝技から逃す余裕をスネークは、持っていた。若い娘は、息が上がり汗まみれになって疲れていたが、闘志だけは失っていなかった。スネークは、何度も投げ組み付き寝技で若い娘の体力を殺いでいった。
 勝負の最後は、娘を惨めな姿勢にして決めた。娘は、ゆっくりと締め上げられ、時間をかけて観客の好奇な見世物にされた。ゼィは、裏世界の興行の有意義性を認めていたが、面白くない過去を想い出し苦虫を噛んだ。勝負が決まり、観客の囃す歓声が上がった。若い娘は、マットの上で惨めな姿で失神していた。
 歓喜の中、司会の掛け声に次々と掛け金が吊り上がった。ゼィは、思わず大金を示した。その場にいる誰もが提示できない金額に、驚きと嫉妬の視線が集まった。

 その奥の部屋で若い娘は、意識を失いベッドに横たわっていた。汗まみれで汚れ疲れ果てた姿は、痛々しかった。見た目にも十代後半だった。若い娘が意識を取り戻したのは、一刻も過ぎていた。娘は、暫くボンヤリしていたが、直ぐに置かれている状況に気付きシーツを引き寄せ身を起こした。離れた椅子で酒を飲むゼィの姿に怯え眺めた。
 「いくら金を掛けたんだ。」
 ゼィは、吐き捨てるように冷たく尋ねた。若い娘が、少し迷ってから消え入るような声で答えた。
 「……金貨で三十枚。」
 「大金だな。」
 ゼィは、そう言って確かめた。
 「もう一度、戦うのか。」
 若手娘が、力なく頷いた。ゼィは、小さく溜息を零して言った。
 「お前では、何度戦っても勝てない。」
 若い娘は、泣き出しそうになるのを必死で堪えていた。
 「分かっています。でも……。」
 「理由なんか言うな。」
 そう遮るとゼィは、革袋をベッドに投げた。
 「貸してやる。ガキは、ガキらしく背負うんじゃない。」
 ゼィは、言い残して部屋を後にした。若い娘が一時しのぎの金を得たところで、どうにかなるものでないのは判っていた。ゼィは、自分の甘さに舌打ちした。
 「……いい歳をして、俺も甘いな。」
 苦い思い出に酔いが醒めた。叫び出したい思いを堪えた。

 宿に戻ったゼィは、ベッドの上で暗い天井を眺め呟いた。
 「嫌なことを、想い出させやがって……。」
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