死神と堕天使 第五話
文字数 2,372文字
翌朝、ゼィは寝坊をした。横に昨夜の女が寝ていた。酔った果ての薄い記憶の中で思い出した。
「……俺も、若いな。まあ、いいか。」
ゼィは呟いてシャワーを浴びた。
昼過ぎまで物資の手配に時間を使った。何時もより多く準備した。国境近くの無法地帯を考えれば、用意は慎重を期する必要があった。
行商を抱える店主は、行き先の事情に詳しかった。
「最近は、隊列を組んで用心棒を雇わないと厳しいですよ。」
つい数日前も、行商の隊列が賊に襲撃されていた。
「誰が敵か味方が判りません。領主の配下が賊に窶しているというし、イサラエスの軍属やらが越境している噂もあります。」
「この辺りの領主は、イサラエス国と勝手に密約を結んでいると聞くが。」
「だから、余計にややこしいですよ。」
店主は、近隣の領土の事情に詳しかった。
「悪く言えませんが。ここのスーレ領主は、野心家の小心者ですからね。早々にイサラエスに尻尾を振ましたよ。まぁ、そのおかげでまだ少し商売ができるんですがね。」
夕刻より早く工場に立ち寄ると、既に整備は済んでいた。甲冑に装着された装甲は、最新式のものだった。ゼィの甲冑は、別物のような外観に変容していた。
「こんな装甲があったのか。イサラエスの軍用品だろう。」
「片田舎でも、金さえ積めば持ってくる商売人はいる。」
「まぁ、そうだがな。」
ゼィは、高価な備品を用意し抱えているのが不思議だった。
「もしかして、親っさんは軍で働いていたのか。」
「知らんかったのか。」
「いゃ、悪かった。」
ゼィは、そう聞いて納得するものがあった。
「左足の調整は、大丈夫か。」
「問題ない。だが、お前さんの癖で左間接に負荷が掛かる。補強したから今回は保証する。次は、取り換えた方がいいぞ。」
ゼィは、関節の状態を見て動きの癖を見抜いたオヤジに一目置いた。操縦室を覗いたゼィは、複座になってているのに驚嘆した。
「……後ろの席は、何だ。」
「孫娘が乗る。」
「おぃ……、冗談は止せ。」
「孫を守ってくれるのだろう。」
「そんなの乗っけたら、戦えんだろう。」
「大丈夫じゃ。最新式の特殊強化シートだ。それに、孫娘は辛抱強い。」
「……まてよ、違うだろうが。」
ゼィが懸念するのは、正しかった。戦闘での甲冑の動きは過酷で訓練を積んだ屈強な者でも、一度の戦闘で数キロ痩せた。甲冑の操縦席は、訓練をしていない華奢な肉体なら数分と持たない場所だった。
「取り外せ。邪魔だ。」
「大丈夫と言っとるだろう。それに、孫をどう守るつもりだった。」
そう尋ねられたゼィは、用意している装甲車両を使う考えを伝えた。
「装甲車両に乗せる。」
「そんなものを別に置いて戦えるのか。一緒の方が何かと便利だろう。それに。」
ロテムは、たたみかけるように意見を並べた。
「用心棒のお前さんが、やられた時点で孫の命も終わったと同じだ。やられる時は、一蓮托生。」
ロテムが続けた。
「お前さんを信頼して大事な孫娘を託すのだからな。受け入れろ。」
そこまで二人のやり取りを聞いていたアナマは、静かに言った。
「……貴男の操縦なら、大丈夫でしょう。」
「おい、聞いていなかったのか。知らんぞ。」
ゼィは、嘆息して考えた。ものの三分も試に乗せれば自分から降ろしてくれと泣き出すだろうと。
「嬢ちゃん、乗ってみろ。甲冑の仕上がりの状態を見る。」
その甲冑は、元々が複座仕様だった。後ろの空間に野宿用の携帯備品を置いていた。ゼィは、溜息混じりに呟いた。
「俺の大事なものを勝手に下ろしやがって……。無くしてたら許さんぞ。」
アナマを後ろに乗せ甲冑を起動させた。少し動かしただけでも、足の動きが見違えるように良くなっているのに感心した。
『爺さんの腕は、確かなようだな。』
ゼィは、甲冑の調子を確認するために何時ものように動かした。後ろから悲鳴が上がるかと思ったが、何の変化も伝わってこなかった。
『気絶したか……。』
訝し気に振り返ると、アナマは平然としていた。
「……なんでしょう。」
「いゃ、何でもない。」
顔色一つ変えないアナマにゼィは、驚嘆し言葉もなかった。その後に試した急激な甲冑の態勢の変化にも呻き声一つ上げなかった。
『おぃおぃ……、マジかよ。』
ゼィは、呆れた。特殊強化用シートが機能しているを認めざる得なかった。それよりも、アナマが後ろから操作を観察しているのに気付きゼィは、背筋がうすら寒くなった。思わずゼィは、胸の内で呟いた。
『機械人形じゃあるまいし。』
ゼィは、噂でしか知らなかったが、イサラエス国の研究所で甲冑を自立式機械で動かす研究が進んでいるのを伝え聞いていた。その邪道な考えにゼィは、否定的だった。
『人が乗らない甲冑は、甲冑でない。人が乗って、戦ってこそ意味があるんだよ。』
甲冑の動き方でアナマの長い髪がゼィの顔近くを漂うのが気になった。
「それにしても……、嬢ちゃんの髪の毛は、なんとかならないか。」
「……はぃ、何でしょう。」
アナマは、シートから上半身を起こし前に寄せるとゼィの耳元で尋ねた。
「その髪だ。振り乱されては周りが見えんだろう。」
「……目で見ていらしたの。」
「当然だ。目で見なくてどうする。」
「……心の目をお使いになれば。」
「おいおい、冗談は聞かないぞ。」
「……そうですか。」
アナマは、シートに戻ると言った。
「……前、ぶつかりますよ。」
「なに。」
「……冗談です。」
甲冑は、ゼィが予想する以上に仕上がっていた。特殊装甲外装を装着しても機動性は失われていなかった。動力的にも充分に余裕があった。ゼィの甲冑は、エシリマ国軍で使用されていた二世代前のカスタム仕様だが、細部に至るまで最新の部品を入れ替えていた。外見以上に実際の性能は高かった。
「……俺も、若いな。まあ、いいか。」
ゼィは呟いてシャワーを浴びた。
昼過ぎまで物資の手配に時間を使った。何時もより多く準備した。国境近くの無法地帯を考えれば、用意は慎重を期する必要があった。
行商を抱える店主は、行き先の事情に詳しかった。
「最近は、隊列を組んで用心棒を雇わないと厳しいですよ。」
つい数日前も、行商の隊列が賊に襲撃されていた。
「誰が敵か味方が判りません。領主の配下が賊に窶しているというし、イサラエスの軍属やらが越境している噂もあります。」
「この辺りの領主は、イサラエス国と勝手に密約を結んでいると聞くが。」
「だから、余計にややこしいですよ。」
店主は、近隣の領土の事情に詳しかった。
「悪く言えませんが。ここのスーレ領主は、野心家の小心者ですからね。早々にイサラエスに尻尾を振ましたよ。まぁ、そのおかげでまだ少し商売ができるんですがね。」
夕刻より早く工場に立ち寄ると、既に整備は済んでいた。甲冑に装着された装甲は、最新式のものだった。ゼィの甲冑は、別物のような外観に変容していた。
「こんな装甲があったのか。イサラエスの軍用品だろう。」
「片田舎でも、金さえ積めば持ってくる商売人はいる。」
「まぁ、そうだがな。」
ゼィは、高価な備品を用意し抱えているのが不思議だった。
「もしかして、親っさんは軍で働いていたのか。」
「知らんかったのか。」
「いゃ、悪かった。」
ゼィは、そう聞いて納得するものがあった。
「左足の調整は、大丈夫か。」
「問題ない。だが、お前さんの癖で左間接に負荷が掛かる。補強したから今回は保証する。次は、取り換えた方がいいぞ。」
ゼィは、関節の状態を見て動きの癖を見抜いたオヤジに一目置いた。操縦室を覗いたゼィは、複座になってているのに驚嘆した。
「……後ろの席は、何だ。」
「孫娘が乗る。」
「おぃ……、冗談は止せ。」
「孫を守ってくれるのだろう。」
「そんなの乗っけたら、戦えんだろう。」
「大丈夫じゃ。最新式の特殊強化シートだ。それに、孫娘は辛抱強い。」
「……まてよ、違うだろうが。」
ゼィが懸念するのは、正しかった。戦闘での甲冑の動きは過酷で訓練を積んだ屈強な者でも、一度の戦闘で数キロ痩せた。甲冑の操縦席は、訓練をしていない華奢な肉体なら数分と持たない場所だった。
「取り外せ。邪魔だ。」
「大丈夫と言っとるだろう。それに、孫をどう守るつもりだった。」
そう尋ねられたゼィは、用意している装甲車両を使う考えを伝えた。
「装甲車両に乗せる。」
「そんなものを別に置いて戦えるのか。一緒の方が何かと便利だろう。それに。」
ロテムは、たたみかけるように意見を並べた。
「用心棒のお前さんが、やられた時点で孫の命も終わったと同じだ。やられる時は、一蓮托生。」
ロテムが続けた。
「お前さんを信頼して大事な孫娘を託すのだからな。受け入れろ。」
そこまで二人のやり取りを聞いていたアナマは、静かに言った。
「……貴男の操縦なら、大丈夫でしょう。」
「おい、聞いていなかったのか。知らんぞ。」
ゼィは、嘆息して考えた。ものの三分も試に乗せれば自分から降ろしてくれと泣き出すだろうと。
「嬢ちゃん、乗ってみろ。甲冑の仕上がりの状態を見る。」
その甲冑は、元々が複座仕様だった。後ろの空間に野宿用の携帯備品を置いていた。ゼィは、溜息混じりに呟いた。
「俺の大事なものを勝手に下ろしやがって……。無くしてたら許さんぞ。」
アナマを後ろに乗せ甲冑を起動させた。少し動かしただけでも、足の動きが見違えるように良くなっているのに感心した。
『爺さんの腕は、確かなようだな。』
ゼィは、甲冑の調子を確認するために何時ものように動かした。後ろから悲鳴が上がるかと思ったが、何の変化も伝わってこなかった。
『気絶したか……。』
訝し気に振り返ると、アナマは平然としていた。
「……なんでしょう。」
「いゃ、何でもない。」
顔色一つ変えないアナマにゼィは、驚嘆し言葉もなかった。その後に試した急激な甲冑の態勢の変化にも呻き声一つ上げなかった。
『おぃおぃ……、マジかよ。』
ゼィは、呆れた。特殊強化用シートが機能しているを認めざる得なかった。それよりも、アナマが後ろから操作を観察しているのに気付きゼィは、背筋がうすら寒くなった。思わずゼィは、胸の内で呟いた。
『機械人形じゃあるまいし。』
ゼィは、噂でしか知らなかったが、イサラエス国の研究所で甲冑を自立式機械で動かす研究が進んでいるのを伝え聞いていた。その邪道な考えにゼィは、否定的だった。
『人が乗らない甲冑は、甲冑でない。人が乗って、戦ってこそ意味があるんだよ。』
甲冑の動き方でアナマの長い髪がゼィの顔近くを漂うのが気になった。
「それにしても……、嬢ちゃんの髪の毛は、なんとかならないか。」
「……はぃ、何でしょう。」
アナマは、シートから上半身を起こし前に寄せるとゼィの耳元で尋ねた。
「その髪だ。振り乱されては周りが見えんだろう。」
「……目で見ていらしたの。」
「当然だ。目で見なくてどうする。」
「……心の目をお使いになれば。」
「おいおい、冗談は聞かないぞ。」
「……そうですか。」
アナマは、シートに戻ると言った。
「……前、ぶつかりますよ。」
「なに。」
「……冗談です。」
甲冑は、ゼィが予想する以上に仕上がっていた。特殊装甲外装を装着しても機動性は失われていなかった。動力的にも充分に余裕があった。ゼィの甲冑は、エシリマ国軍で使用されていた二世代前のカスタム仕様だが、細部に至るまで最新の部品を入れ替えていた。外見以上に実際の性能は高かった。