隻眼の獅子 第九話
文字数 2,665文字
『俺は強いか。』
ヤジンは、胸の内で自分に尋ねた。ルントの戦いで一方的に撃破された嫌な記憶が払拭でき自信の戻る思いになっていた。ヤジンは甲冑に間合いを取らせると声に出して問うた。
「俺は強いか。」
「はぁ、オッサンボケたか。何言ってんだ。」
「いやな、つい最近だ。バケモノと戦ったからな。ちょい、自信喪失ぎみだった。」
「舐めてんのか。」
「あの蒼いジュリアが普通じゃなかってことか。」
ヤジンは、笑いを含ませ言った。
「若いの、ジュリアに胸糞悪い思い出があってな。その甲冑は、手加減できないぜ。」
「うっせえ、うっせえ。調子こくなよ。」
リーダーが果敢に逆襲を試みた。激しい打ち合いだった。リーダーの意地が甲冑に伝わり鬼気迫る勢いがあった。それでもヤジンは、一歩も引かず叩き合いを制し追い込んだ。
朱色の甲冑は、鉄柱を受けきれず外装の至る所が破損し満身創痍状態になった。
叩きすぎたのかヤジンの長い鉄柱が折れ曲がった。鉄柱がそのような状態になるのを予め見越していたヤジンは動じなかった。
「もう少し早く使いもんにならんと思ったがな。」
ヤジンは、太々しく笑った。リーダーが勝ち誇ったように叫んだ。
「オッサン、得物を見誤ったな。半殺しに仕上げてやるぞ。」
「昔からな。よく吠える奴は、弱いと相場が決まっているんだ。」
「得物がなくてどうする。」
「お前に、甲冑の戦い方を教えてやる。」
「寝ぼけんな。」
リーダーが一気に間合いを詰め両手の鉄棒で連続攻撃を仕掛けた。ヤジンは、間一髪で機体を横に滑らせ振り下ろす鉄柱を掻い潜り横から組み付いた。その動きは、人が格闘で使う体捌きだった。
「知っていたか。人と同じように甲冑でも組み合えるのを。」
「なに……。」
困惑するリーダーの機体を固めたまま地面に転がした。
「言い忘れたが、体術が得意でね。組み合っては、今まで負けたことがない。」
リーダーは逃れようと暴れるが、ヤジンは巧みに腕を絡め取り甲冑の関節を締め上げた。
「ギギ、ギシッ、……バギッ。」
機械が軋み朱色の片腕が肩から動くなり、続いて頭部も曲がった。ヤジンは、手数を緩めずに脚部の関節を折り曲げた。朱色の甲冑は各所の関節が折れ動けなくなった。勝負はついた。観客の溜息と歓声が会場に木霊した。
朱色の甲冑の操縦席が開くと、リーダーが屈辱に我を忘れ飛び出した。甲冑から降りるヤジンに詰め寄り呻き吠えた。手に工具を握っていた。
「テメエっ、ぶっ殺してやる。」
「止めないか。」
兄貴分の制止も聞かずリーダーがヤジンに掴みかかった。
「舐めやがって。」
弾みでヤジンの襟元が破り開いた。ヤジンは、相手と組み合ったまま投げを打ち地面に落とした。関節を極められ首を締め上げられるリーダーの悲鳴が響いた。白目を剥いて泡を吹き気を失った。
「言っただろう。体術が得意だと。」
立ち上がるヤジンの服の破れから現れた胸のタトゥを見た一人が、信じられないという目で声を上げた。
「【隻眼の獅子】のタトゥ……。あんた、女王陛下の親衛隊か。」
周りから驚嘆と畏怖の声が広がった。
「だったら、どうする。」
ヤジンが不敵に笑った。遠巻きにざわつく若者らをねめつけた。
兄貴分は、周りを制した。
「久々に、肝の据わった戦いを見せてもらった。」
「手加減できなかった。」
「いいさ、此奴もいい勉強になっただろうよ。」
ヤジンの迷いがない戦う姿勢に感服しのか兄貴分の言葉に偽りは見えなかった。
「親衛隊に【隻眼の獅子】のタトゥを彫ったエースがいると聞いたことがある。なら、此奴では相手にならんな。」
兄貴分は、若者らの動揺を抑え道を開けさせた。
「後は任せろ。行ってくれ。」
観客の歓声に見送られヤジンは、賭博会場を後にした。
ミーナはヤジンの背中に飛びついた。
「やりますね。わたしのヒーロー。」
「ヒーローに格上げか。」
「わたしの・わたしの・ヒーローは・隻眼のネコ・ちゃん……。」
替え歌を口ずさむミーナは、浮かれていた。ゲモンの姿が見えなかった。
「工場長さんは、綺麗なお姉さんのとこだよ。」
「置いてゆくか。」
ヤジンは、ミーナをバイクに乗せて家に向かった。ミーナが背中に強く抱きつき囁いた。
「お姉ちゃんが、お祝の準備して待ってるから。」
翌日、朝早くゲモンは工場に現れた。機嫌がよかった。
「どうした。口説けたのか。」
「おぅ、今朝の酒はいい意味で残ってるぞ。」
ゲモンが陽気に応えた。
「リハナ姉が、感心していたぜ。くーっ、羨ましいね。めったに褒めないぞ。兄弟、喜べ。」
ゲモンは、袋に入った金貨を取り出した。
「今週分だ。少し色を付けてる。それから、バイク。退職金代わりだ。持ってけ。」
「太っ腹だな。」
ヤジンの揶揄にゲモンが意味ありげに笑った。
「兄弟の頑張りでしこたま儲けさせてもらったからな。」
「抜け目がないな。」
「おうょ、商売とはこいうものよ。」
「なら、遠慮なく頂くか。バイクは、あのガキんちょにやってくれ。」
ヤジンは、頼んだ。
ゲモンがトラックを出した。
「バスターミナルまで送ってやるよ。」
「頼むか。」
「軍を辞めたら雇ってやるぜ。兄弟。」
「覚えておくさ。」
工場の門前で姉妹が待っていた。ミーナは、寂しそうに尋ねた。
「やっぱり、いっちゃうの……。」
「素性がバレたからな。遅ればせながら復帰だ。」
ミーナは、今にも泣きだしそうだった。
「もう会えないなんて、嫌だよ。」
ミーナの感情を抑える姿がヤジンの気持ちを篤くした。
「休暇がとれたら遊びに来て。待ってるから。」
「約束しないでおくさ。甲冑乗りは、いつ死ぬかわからん仕事だからな。」
ヤジンは、一旦言葉を留めて言い聞かせた。
「甲冑乗りなんか、止めとけ。」
「遊びに来てくれる約束ができるなら、考えてもいいかな。」
「駆け引きが上手いな。」
ヤジンは、手を伸ばしてミーナの頭を優しく撫でた。少し離れた場所から姉のエレーナが成り行きを見守っていた。その眼差しに思うところがあったヤジンは、胸の内で納得した。
『俺の正体を知っていたか……。』
「お姉ちゃんと仲良くな。別れに涙は不吉だ。笑いな。」
そう言ってヤジンは、トラックを出すよう合図した。ミーナが涙を堪え笑顔をつくった。
「……うん。待っているからね。約束だよ。」
走り去るトラックをミーナの明るい声が追いかけた。
隻眼の獅子 終幕
ヤジンとミーナの未来は、どうなったか。小さな物語として続く。
ヤジンは、胸の内で自分に尋ねた。ルントの戦いで一方的に撃破された嫌な記憶が払拭でき自信の戻る思いになっていた。ヤジンは甲冑に間合いを取らせると声に出して問うた。
「俺は強いか。」
「はぁ、オッサンボケたか。何言ってんだ。」
「いやな、つい最近だ。バケモノと戦ったからな。ちょい、自信喪失ぎみだった。」
「舐めてんのか。」
「あの蒼いジュリアが普通じゃなかってことか。」
ヤジンは、笑いを含ませ言った。
「若いの、ジュリアに胸糞悪い思い出があってな。その甲冑は、手加減できないぜ。」
「うっせえ、うっせえ。調子こくなよ。」
リーダーが果敢に逆襲を試みた。激しい打ち合いだった。リーダーの意地が甲冑に伝わり鬼気迫る勢いがあった。それでもヤジンは、一歩も引かず叩き合いを制し追い込んだ。
朱色の甲冑は、鉄柱を受けきれず外装の至る所が破損し満身創痍状態になった。
叩きすぎたのかヤジンの長い鉄柱が折れ曲がった。鉄柱がそのような状態になるのを予め見越していたヤジンは動じなかった。
「もう少し早く使いもんにならんと思ったがな。」
ヤジンは、太々しく笑った。リーダーが勝ち誇ったように叫んだ。
「オッサン、得物を見誤ったな。半殺しに仕上げてやるぞ。」
「昔からな。よく吠える奴は、弱いと相場が決まっているんだ。」
「得物がなくてどうする。」
「お前に、甲冑の戦い方を教えてやる。」
「寝ぼけんな。」
リーダーが一気に間合いを詰め両手の鉄棒で連続攻撃を仕掛けた。ヤジンは、間一髪で機体を横に滑らせ振り下ろす鉄柱を掻い潜り横から組み付いた。その動きは、人が格闘で使う体捌きだった。
「知っていたか。人と同じように甲冑でも組み合えるのを。」
「なに……。」
困惑するリーダーの機体を固めたまま地面に転がした。
「言い忘れたが、体術が得意でね。組み合っては、今まで負けたことがない。」
リーダーは逃れようと暴れるが、ヤジンは巧みに腕を絡め取り甲冑の関節を締め上げた。
「ギギ、ギシッ、……バギッ。」
機械が軋み朱色の片腕が肩から動くなり、続いて頭部も曲がった。ヤジンは、手数を緩めずに脚部の関節を折り曲げた。朱色の甲冑は各所の関節が折れ動けなくなった。勝負はついた。観客の溜息と歓声が会場に木霊した。
朱色の甲冑の操縦席が開くと、リーダーが屈辱に我を忘れ飛び出した。甲冑から降りるヤジンに詰め寄り呻き吠えた。手に工具を握っていた。
「テメエっ、ぶっ殺してやる。」
「止めないか。」
兄貴分の制止も聞かずリーダーがヤジンに掴みかかった。
「舐めやがって。」
弾みでヤジンの襟元が破り開いた。ヤジンは、相手と組み合ったまま投げを打ち地面に落とした。関節を極められ首を締め上げられるリーダーの悲鳴が響いた。白目を剥いて泡を吹き気を失った。
「言っただろう。体術が得意だと。」
立ち上がるヤジンの服の破れから現れた胸のタトゥを見た一人が、信じられないという目で声を上げた。
「【隻眼の獅子】のタトゥ……。あんた、女王陛下の親衛隊か。」
周りから驚嘆と畏怖の声が広がった。
「だったら、どうする。」
ヤジンが不敵に笑った。遠巻きにざわつく若者らをねめつけた。
兄貴分は、周りを制した。
「久々に、肝の据わった戦いを見せてもらった。」
「手加減できなかった。」
「いいさ、此奴もいい勉強になっただろうよ。」
ヤジンの迷いがない戦う姿勢に感服しのか兄貴分の言葉に偽りは見えなかった。
「親衛隊に【隻眼の獅子】のタトゥを彫ったエースがいると聞いたことがある。なら、此奴では相手にならんな。」
兄貴分は、若者らの動揺を抑え道を開けさせた。
「後は任せろ。行ってくれ。」
観客の歓声に見送られヤジンは、賭博会場を後にした。
ミーナはヤジンの背中に飛びついた。
「やりますね。わたしのヒーロー。」
「ヒーローに格上げか。」
「わたしの・わたしの・ヒーローは・隻眼のネコ・ちゃん……。」
替え歌を口ずさむミーナは、浮かれていた。ゲモンの姿が見えなかった。
「工場長さんは、綺麗なお姉さんのとこだよ。」
「置いてゆくか。」
ヤジンは、ミーナをバイクに乗せて家に向かった。ミーナが背中に強く抱きつき囁いた。
「お姉ちゃんが、お祝の準備して待ってるから。」
翌日、朝早くゲモンは工場に現れた。機嫌がよかった。
「どうした。口説けたのか。」
「おぅ、今朝の酒はいい意味で残ってるぞ。」
ゲモンが陽気に応えた。
「リハナ姉が、感心していたぜ。くーっ、羨ましいね。めったに褒めないぞ。兄弟、喜べ。」
ゲモンは、袋に入った金貨を取り出した。
「今週分だ。少し色を付けてる。それから、バイク。退職金代わりだ。持ってけ。」
「太っ腹だな。」
ヤジンの揶揄にゲモンが意味ありげに笑った。
「兄弟の頑張りでしこたま儲けさせてもらったからな。」
「抜け目がないな。」
「おうょ、商売とはこいうものよ。」
「なら、遠慮なく頂くか。バイクは、あのガキんちょにやってくれ。」
ヤジンは、頼んだ。
ゲモンがトラックを出した。
「バスターミナルまで送ってやるよ。」
「頼むか。」
「軍を辞めたら雇ってやるぜ。兄弟。」
「覚えておくさ。」
工場の門前で姉妹が待っていた。ミーナは、寂しそうに尋ねた。
「やっぱり、いっちゃうの……。」
「素性がバレたからな。遅ればせながら復帰だ。」
ミーナは、今にも泣きだしそうだった。
「もう会えないなんて、嫌だよ。」
ミーナの感情を抑える姿がヤジンの気持ちを篤くした。
「休暇がとれたら遊びに来て。待ってるから。」
「約束しないでおくさ。甲冑乗りは、いつ死ぬかわからん仕事だからな。」
ヤジンは、一旦言葉を留めて言い聞かせた。
「甲冑乗りなんか、止めとけ。」
「遊びに来てくれる約束ができるなら、考えてもいいかな。」
「駆け引きが上手いな。」
ヤジンは、手を伸ばしてミーナの頭を優しく撫でた。少し離れた場所から姉のエレーナが成り行きを見守っていた。その眼差しに思うところがあったヤジンは、胸の内で納得した。
『俺の正体を知っていたか……。』
「お姉ちゃんと仲良くな。別れに涙は不吉だ。笑いな。」
そう言ってヤジンは、トラックを出すよう合図した。ミーナが涙を堪え笑顔をつくった。
「……うん。待っているからね。約束だよ。」
走り去るトラックをミーナの明るい声が追いかけた。
隻眼の獅子 終幕
ヤジンとミーナの未来は、どうなったか。小さな物語として続く。