死神と堕天使 第三話
文字数 2,122文字
宿場町外れの裏通りに古い整備工場があった。小柄な初老の男が、独りで発電モーターを直していた。黒い人型兵器【甲冑】を目の端で一瞥した。
「ロテムか。昨日、お前の孫娘に仕事を頼まれた。」
ゼィの言葉に初老の男は、驚く様子もなかった。
「聞いとる。」
「孫娘は。」
「直ぐに戻る。」
ロテムは、仕事の手を止めなかった。ゼィは工場を観察した。作業場は、甲冑が二体整備できる広さがあった。工事車両や農機具が持ち込まれていた。どこの宿場でも見かける町工場と変わらなかった。
ゼィは、軒下の日陰で缶箱に腰を下ろした。宿場の裏通りは、閑散として活気がなかった。近辺の治安が悪く住民の流失が止まっていないようだった。人が住まなくなった宿場をゼィは、今までも数多く見てきた。いずれこの宿場も人がいなくなり廃墟になるだろう。ゼィの目には、宿場の行く末がそのように映った。
荒れ野の先からアナマが歩いて戻ってきた。その姿を目にしてゼィは、再び不可解な思いに囚われた。
『なんだ……、どっかで観たか。』
ゼィは、記憶の奥底に引っかかる残像のもどかしさに顔を顰めた。
来ているのが当然のような眼差しをゼィに向けた。外に停めている黒い甲冑をアナマは、見上げた。
「……軽い仕様なのですね。」
アナマの呟きが、ゼィを驚かせた。考えもしなかった若い娘の感想は、正しく状態を見ていた。戸惑いを隠しゼィは、気持ちを切り替え尋ねた。
「どうして、俺を選んだ。」
「……腕が良いと、噂で聴きました。それに、昨日の戦いを見せてもらいましたので。」
アナマが言っているのは、賞金首相手との戦いだった。戦った場所は、その宿場の近郊といっても少し距離があった。荒れ野の丘陵地帯が続き、人が簡単に寄り付ける場所でなかった。
「観客がいたとは、知らなかった。」
ゼィは、半信半疑だった。
「もっと派手にやればよかったかな。」
「……一撃の奇襲だったでしょう。」
アナマの言葉にゼィは、確信した。
「どんな方法で見ていたかはしらんが。まぁ、いいだろう。」
「……前金としての半分です。金貨で百枚あります。」
アナマは、革袋を出した。
「……残りは、目的地に置いています。それから、甲冑の整備改修費用は、此方で持ちます。」
ゼィは、革袋の中を検めた。隣国のイサラエスの金貨に驚いた。エシリマ国の金貨よりも金の含有率が高く市場価値が二倍以上あった。
「俺の腕を高く買ってくれたようだな。金さえ貰えれば、仕事はする。」
大金を用意するには、それなりのリスクを伴う仕事であるのを理解していた。
「昨日、言っていた場所まで送ればいいんだな。」
「……炭鉱の入り口までお願いします。」
甲冑の歩行速度で三昼夜の距離だった。現在の国境近くの治安状況を考えれば、より時間が掛かるとみてよかった。
「何時まで着けばいいんだ。観光旅行じゃないからな。途中の戦いは、覚悟してくれ。」
ゼィは、自分の考えを説明した。
「最長一週間は、必要だ。」
「……問題ありません。」
アナマは、驚く様子も見せず即座に了承した。
「……甲冑の整備は、御爺様がします。」
「この宿場に、他の修理工場はないのか。」
「……御爺様の腕は、確かです。」
「ちゃんとした整備が必要だ。」
ゼィの甲冑は、先日の追跡と戦いで軽微な損傷を受けていた。向かう先の状況を考えれば、念入りな整備調整が必要だった。二人の会話を聞いていたロテムが口を挟んだ。
「ここでは、儂以外に甲冑を扱えないのは知らんのか。」
予想はしていたが、ゼィはロテムの毅然とした姿を見て言い返さなかった。
「お前さんの甲冑を見せてもらうぞ。」
ロテムはそう言って、甲冑に取り付いた。その点検の仕方を見ただけでもロテムの腕が判った。ゼィは、納得して声を掛けた。
「注文を付けてもいいか。」
「聞こう。」
「外付けの装甲を強化したい。」
「他は。」
「左足が重い。それぐらいかな。」
ロテムは、無言で頷いた。
「……お茶を入れましょう。」
アナマが用意したお茶は、ゼィを穏やかにした。隣国から密輸入したものなのか、異国の香りが新鮮だった。
「……わたくしに、お茶を入れてもらえるなんて、果報者と思って下さい。」
「そうなのか。」
「……そうですよ。」
「人に自慢するか。」
ゼィは、笑った。
「それより、嬢ちゃん。」
「……嬢ちゃんですか。」
そう嫋やかに言ってアナマは、少し呆れたような涼しげな視線を向けた。
「……童顔なので、若く見られるのも致し方ないですか。」
「どっかで、俺と会ってないか。」
「……どうでしょう。わたくしは、憶えがありません。」
アナマの返事にゼィは、納得いかなかったが言葉を受け入れた。
「思い違いか。悪かった。忘れてくれ。」
アナマのお茶を飲む所作は、優雅で気品があった。
丁寧に点検した後、ロテムは言った。
「明日の夕刻までに整備は終わらす。出発は、明後日の早朝でいいか。」
ゼィに異論はなかった。工場の奥に置かれた小型の装甲貨物車両を指示した。
「あの車両を借りていいか。」
「そのつもりで用意していた。」
ロテムは、言った。
「此方の準備は、万全だ。」
「ロテムか。昨日、お前の孫娘に仕事を頼まれた。」
ゼィの言葉に初老の男は、驚く様子もなかった。
「聞いとる。」
「孫娘は。」
「直ぐに戻る。」
ロテムは、仕事の手を止めなかった。ゼィは工場を観察した。作業場は、甲冑が二体整備できる広さがあった。工事車両や農機具が持ち込まれていた。どこの宿場でも見かける町工場と変わらなかった。
ゼィは、軒下の日陰で缶箱に腰を下ろした。宿場の裏通りは、閑散として活気がなかった。近辺の治安が悪く住民の流失が止まっていないようだった。人が住まなくなった宿場をゼィは、今までも数多く見てきた。いずれこの宿場も人がいなくなり廃墟になるだろう。ゼィの目には、宿場の行く末がそのように映った。
荒れ野の先からアナマが歩いて戻ってきた。その姿を目にしてゼィは、再び不可解な思いに囚われた。
『なんだ……、どっかで観たか。』
ゼィは、記憶の奥底に引っかかる残像のもどかしさに顔を顰めた。
来ているのが当然のような眼差しをゼィに向けた。外に停めている黒い甲冑をアナマは、見上げた。
「……軽い仕様なのですね。」
アナマの呟きが、ゼィを驚かせた。考えもしなかった若い娘の感想は、正しく状態を見ていた。戸惑いを隠しゼィは、気持ちを切り替え尋ねた。
「どうして、俺を選んだ。」
「……腕が良いと、噂で聴きました。それに、昨日の戦いを見せてもらいましたので。」
アナマが言っているのは、賞金首相手との戦いだった。戦った場所は、その宿場の近郊といっても少し距離があった。荒れ野の丘陵地帯が続き、人が簡単に寄り付ける場所でなかった。
「観客がいたとは、知らなかった。」
ゼィは、半信半疑だった。
「もっと派手にやればよかったかな。」
「……一撃の奇襲だったでしょう。」
アナマの言葉にゼィは、確信した。
「どんな方法で見ていたかはしらんが。まぁ、いいだろう。」
「……前金としての半分です。金貨で百枚あります。」
アナマは、革袋を出した。
「……残りは、目的地に置いています。それから、甲冑の整備改修費用は、此方で持ちます。」
ゼィは、革袋の中を検めた。隣国のイサラエスの金貨に驚いた。エシリマ国の金貨よりも金の含有率が高く市場価値が二倍以上あった。
「俺の腕を高く買ってくれたようだな。金さえ貰えれば、仕事はする。」
大金を用意するには、それなりのリスクを伴う仕事であるのを理解していた。
「昨日、言っていた場所まで送ればいいんだな。」
「……炭鉱の入り口までお願いします。」
甲冑の歩行速度で三昼夜の距離だった。現在の国境近くの治安状況を考えれば、より時間が掛かるとみてよかった。
「何時まで着けばいいんだ。観光旅行じゃないからな。途中の戦いは、覚悟してくれ。」
ゼィは、自分の考えを説明した。
「最長一週間は、必要だ。」
「……問題ありません。」
アナマは、驚く様子も見せず即座に了承した。
「……甲冑の整備は、御爺様がします。」
「この宿場に、他の修理工場はないのか。」
「……御爺様の腕は、確かです。」
「ちゃんとした整備が必要だ。」
ゼィの甲冑は、先日の追跡と戦いで軽微な損傷を受けていた。向かう先の状況を考えれば、念入りな整備調整が必要だった。二人の会話を聞いていたロテムが口を挟んだ。
「ここでは、儂以外に甲冑を扱えないのは知らんのか。」
予想はしていたが、ゼィはロテムの毅然とした姿を見て言い返さなかった。
「お前さんの甲冑を見せてもらうぞ。」
ロテムはそう言って、甲冑に取り付いた。その点検の仕方を見ただけでもロテムの腕が判った。ゼィは、納得して声を掛けた。
「注文を付けてもいいか。」
「聞こう。」
「外付けの装甲を強化したい。」
「他は。」
「左足が重い。それぐらいかな。」
ロテムは、無言で頷いた。
「……お茶を入れましょう。」
アナマが用意したお茶は、ゼィを穏やかにした。隣国から密輸入したものなのか、異国の香りが新鮮だった。
「……わたくしに、お茶を入れてもらえるなんて、果報者と思って下さい。」
「そうなのか。」
「……そうですよ。」
「人に自慢するか。」
ゼィは、笑った。
「それより、嬢ちゃん。」
「……嬢ちゃんですか。」
そう嫋やかに言ってアナマは、少し呆れたような涼しげな視線を向けた。
「……童顔なので、若く見られるのも致し方ないですか。」
「どっかで、俺と会ってないか。」
「……どうでしょう。わたくしは、憶えがありません。」
アナマの返事にゼィは、納得いかなかったが言葉を受け入れた。
「思い違いか。悪かった。忘れてくれ。」
アナマのお茶を飲む所作は、優雅で気品があった。
丁寧に点検した後、ロテムは言った。
「明日の夕刻までに整備は終わらす。出発は、明後日の早朝でいいか。」
ゼィに異論はなかった。工場の奥に置かれた小型の装甲貨物車両を指示した。
「あの車両を借りていいか。」
「そのつもりで用意していた。」
ロテムは、言った。
「此方の準備は、万全だ。」