第一話

文字数 2,992文字

 エシリマ王国、ルミナ・ターサドナー一世国王の御世。
 初夏のことである。国王が崩御した。
 七人の王子の中から、遺言で現王妃の長子である十八歳のジュライ・マリュエティーナ二世が女王として即位した。
 そのエシリマ王国の継承に端を発して、内紛が勃発した。隣国をも巻き込む長い戦乱の世になった。

 これは、それより少し後のエシリマ王国の辺境での物語である。


 夏の季節、炎天下の昼下がり、王都より遠く離れた辺境のスーレ領。荒れ野の宿場町ラウンに一機の人型兵器【甲冑】が姿を見せた。物珍しさに集まる群衆の中を、その漆黒の甲冑は保安官事務所の前で停まった。
 「‥‥【死神】だ。」
 群衆の一人から恐れおののく声が上がった。操縦席から降り立ったのは、褐色髭面の厳つい壮齢の男だった。通称【ゼィ】は、無頼漢の世界で名が知れていた。賞金稼ぎを生業にしているが、依頼があれば用心棒でも危険な仕事でも請け負った。容赦のない冷徹な手腕でそつなく仕事をこなす様子に同業者はやっかみ嫉妬して【死神】と呼んで悪い噂を吹聴した。その噂は、尾ひれを付けて広まり子供にでさえ知れ渡っていた。
 ゼィは、保冷箱を抱えて事務所に入った。壁に貼られた手配書の一枚を剥ぎ取って保冷箱と一緒に受付に出した。入口から野次馬が、様子を窺った。
 「確認してくれ。」
 ゼィは、身分証を提示した。受付は、保冷庫に機器を接続し確かめた。
 「‥‥手配人と確認しました。報奨金は、金貨でよろしいですか。」
 ゼィは、金貨を確かめ事務所を後にした。その姿を見送る群衆の溜息混じりの声が聞こえた。
 「有名人を、こんな片田舎で拝めるとは思わなかった。」
 「奴が現れると、厄介ごとが付いてくるらしい。」
 「あぁ、聞いたことがある。だから、死神だろう。」
 群衆の勝手な噂話の中をゼィは、自分の甲冑に向かった。ゼィの漆黒の甲冑の横に朱色の派手な甲冑が停まっていた。その足元で長身の若者が葉巻を吹かしていた。
 「ウィンだ。【紅蓮の戦鬼】と呼ばれている。」
 若者が、先に挨拶した。
 「あの賞金首は、俺も狙っていたんだ。」
 ゼィは、鷹揚に構えながらも隙を見せずに若者を観察した。内乱が長引き立身出世を狙う若者が多く現れていた。若者は、高価な葉巻を勧めた。
 「禁煙中だ。」
 ゼィは、断って後ろの甲冑を眺めた。一世代前の戦闘型を改造していた。その外装の設えから見ても性能の高さが窺い知れた。
 「凄い甲冑だな。」
 「まあな。命を預けているんだ。金は注ぎ込んでいる。」
 二人の会話を群衆は、遠巻きにして興味深く眺めていた。
 「一杯奢らせてくれ。」
 「わるいな。先客がある。今度見かけたら誘ってくれ。」
 ゼィは、甲冑に乗り込んだ。粋がる若さがゼィを懐かしい思いにさせた。若者に悪い印象を受けなかった。

 ゼィは、宿場でも目立つ大きい宿を選んだ。
 「一番良い部屋を頼む。それから、マッサージができる女を呼んでくれ。」
 ゼィは、前払いで金貨を出した。初老の宿主が用意した部屋は、特別室だった。二部屋続きの窓からは、起伏の連なる荒れ野が覗けた。木々の少ない殺風景の景色は、ゼィの生まれ故郷を想い出させた。
 ゼィは、シャワーを浴びてベッドに寝転がった。野宿が十日以上続いた身には、豪奢な造りの寝具の柔らかさと洗ったシーツの匂いが心地よかった。胸に掛けた金のペンダントの蓋を開けて中の写真を覗いた。
 「‥‥今回も、生き残ってしまった。もう少し待ってくれるよな。」
 呟きながらゼィは思った。あと何度、同じセリフを口にしなければならないのかと。
 宿主が、女を数人連れてきた。期待していなかったゼィは、その中でも年配の女を選んだ。少し疲れた感じが、所作にも表れていた。
 「‥‥よろしく。」
 気怠い声は、片田舎の宿場生活の過酷さを物語っていた。ゼィは、全裸のまま俯せになった。
 「マッサージを頼む。」
 ゼィの言葉が意外だったのか、女は暗い視線を向けながらも服を脱いだ。背中を押す女の指使いは、下手だった。慣れない女の御座なりなマッサージを受けながらもゼィは、気持ちが和むのを覚えた。ゼィの全身を揉みほぐし一通り終わると女は尋ねた。
 「‥‥続けますか。それとも、」
 「もう少し、頼む。」
 「‥‥仰向けに、お願いします。」
 ゼィは、体の向きを変えると手足を伸ばした。女は、足先からマッサージを続けた。

 突然の扉のノックは、ゼィを警戒させた。気配のない扉に向け拳銃を構えて女に命じた。
 「ドァを開けてくれ。」
 女は、裸のままで扉を開けた。廊下に立っていたのは、十四歳ぐらいに見える町娘だった。ゼィの拳銃と裸の女を前にしてもたじろぐ様子もなく佇んでいた。白銀の長い髪と蒼白な肌、青みがかかった黒曜石のような瞳が冷たく煌めき見るものを戸惑わせ畏怖させた。
 「約束はしていなかったはずだが。」
 ゼィは、警戒を緩めずに尋ねた。
 「何か用か。」
 「‥‥警護を頼みたいのです。」
 娘の鷹揚の少ない話し方は、人形のようだった。ゼィは、女を呼び戻してマッサージを続けさせた。
 「仕事依頼か。」
 「‥‥報酬は、用意できます。」
 「高いぞ。」
 ゼィの冷たい声に女の乾いた低い笑い声が続いた。憐れむように黙り込む娘の眼差しから強い力を感じたゼィは、先を続けた。
 「話を聞こう。」
 「‥‥自信があるのですね。」
 娘の静かな言葉には、深い意味が含まれていた。
 娘が持ち出した炭鉱町の名前にゼィは、眉を顰めた。イサラス国境が近く元々から緊張状態の高い場所だった。向かう途中も、危険が幾つもあった。国内が混乱して内戦の状態が続き治安が悪くなってからは、山賊や夜盗の類が出没することが多くなり近付く物好きもいなかった。ゼィのような仕事を生業にしている者は、危険な事情を熟知しているだけに近寄る愚かな真似をしなかった。
 ゼィは、女がいる前で尋ねたのを後悔した。
 「明日の朝まで待て。下の受付に連絡先を預けておけ。だが、期待はするなよ。」
 娘の姿が見えなくなると、ゼィは複雑な感情が絡んだ視線を向けていた女に尋ねた。
 「この町の娘か。」
 「‥‥ロテムの孫娘。」
 「名前は。」
 「‥‥何て言ったかね。たぶん、アナマ。」
 「ロテムって、何者だ。」
 「‥‥町外れで、修理屋をしているよ。」
 「どんなオヤジだ。」
 「‥‥変人の偏屈かな。」
 ゼィは、女の話す様子からロテムと孫娘のこの宿場での立ち位置を詮索した。
 「‥‥変な娘だよ。人を惑わせる雰囲気があるし。」
 女のその言葉にゼィも納得できるものを感じた。最初の印象からしてゼィは、娘に不可解な威圧感を覚えたのだ。
 「‥‥ロテムの孫というけど、どこかで拾って来たんじゃないかな。」
 「最近の話なのか。」
 「‥‥昨年、今年に入ってからだったかな。」
 自分の考えが纏まらないのか女の話は、歯切れが悪かった。
 「‥‥あの娘が来たのは、突然だった。爺さんと似ていないし、皆が陰で言っているよ。どっかの貴族のお嬢様じゃないかって。」
 この時世、有り得ない話でもなかった。領主や貴族が戦乱で追われ落ち延びるさまを見かけたこともあった。ゼィは、噂話を聞きながら娘の魅惑するような視線を想い返して心の中で思った。
 『あの娘、どこかで会っているか‥‥。』
 「‥‥まさかな。」
 ゼィは、迷いを吹っ切るようにそう呟き否定した。
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