隻眼の獅子 第二話
文字数 2,561文字
翌日の早朝、工場主のゲモンは、入り口の鍵が壊され窓硝子が割れているのを目の当たりにしてがなりたてた。
「クソッがぁ、どこの悪ガキどもだ。」
「夜の巡回がいるなら考えてやってもいいぜ。」
ヤジンは、屋台で求めた朝食を続けながら揶揄った。ゲモンが悪態を並べて怒りの矛先を探した。
「そんな金なんかあるかぁ。こちとらは、いっぱいいっぱいなんだぞ。まったく……、手前も顔ぐらい見て置けよ。」
「俺は、眠りが深いんでな。」
「まったく、近頃は治安が悪くなった。あっちこちでドンパチやりやがるるし。」
ゲモンは、内乱を引き合いに出した。
「平安な時代が続いてたのに、なんだ。女王の即位以来ロクなことがねえ。女王サマは別嬪だが器じゃやねえな。マリュエティーナ女王の再来というが、外見のクリソツってだけか。」
ゲモンの愚痴は、終わることがないように聞こえた。世の中の不平を全て羅列できるほどの中年男だった。不満を口にしていない時間の方が珍しかった。それでも、人懐っこく人情深かった。
ヤジンは、先に朝食を終えると事務所を後にした。
「俺は、先に仕事を始めるぞ。」
ヤジンは、搭乗型可動式運搬作業機械を使って昨日にゲモンが選別したジャンク品の移動を始めた。それが済むと、持ち込まれるジャンク品の荷受けに忙しかった。雇われて日は浅かったが、熟練工のように卒なく仕事を熟した。命じられるままの仕事が性に合っているのか戦での嫌な想いが忘れられた。このまま工場で働き続けていもいいかと、ヤジンは思えるようになっていた。
昼間際にゲモンが呼びに来た。
「別嬪さんが面会だ。」
「俺にか。」
怪訝そうにヤジンは確かめると、機械を停めて事務所に向かった。二階の登り口に昨夜迎えに来た若い女性が待っていた。色気があるのにスーツが板につく姿に違和感を覚えヤジンは眉をひそめた。エレーナと名乗った女性は、二十歳半ば過ぎに見えた。妹よりも肌が褐色で金髪に深緑色の瞳が男好きした。
「昨夜は、ご迷惑をおかけしました。」
「売られた喧嘩を買ったまでさ。」
エレーナの視線に洞察力の鋭さを感じとりながらもヤジンは、大人げない言い訳に内心苦笑した。
「妹さん、大丈夫のようだな。」
「落ち着いています。あの子、気丈なのですよ。」
「それならいい。人は、気持ちの強いやつが最後に勝つ。」
「強いのですね。」
「考え方か?」
「それもありますが、何人も相手をして豪胆だったと聞きました。」
「運が良かっただけさ。」
話を重ねながらヤジンの人柄を探り見極めていたのだろうか。エレーナは、短い会話の中で納得したようだった。
「お礼に今夜、食事のご招待したいのですが。」
誘いにヤジンは、深く考えることなく即答した。
「ご馳走になるか。」
エレーナの後ろ姿を見送ると、ゲモンが横に立った。目が笑っていた。
「良い女だな。女は、後ろ姿を見ればわかる。手前も隅に置けねぇな。いつ知り合ったんだ。」
「お前のタイプだったか。」
ヤジンは、冷たく笑い返した。
緊急の仕事が入らなければ午後からは自由だった。事務所のシャワーを使い出掛けた。昔からの風情が残る商店街の馴染みになった店で昼食をとった。老夫婦が作る味に子供の頃を想い出しながらヤジンは、活気ある雑然とした場所が性に合っているのを改めて知った。商店街で時間をつぶした後は、ゲモンから借りたバイクを弄るのが楽しかった。器用に改造するのをゲモンは、感心しながら揶揄った。
「あんまし、ピーキーにしないでくれよ。乗れなくなっちまう。」
「下手が。トロいのが楽しいかよ。」
「工場経営と一緒さ。手堅く手堅くだ。分かんねぇだろうな。この辛さ。」
ゲモンは、雇って日が浅いが相性がいいヤジンを気に入っていた。
「今夜、ご招待なんだろう。別嬪さんに花、忘れるなよ。」
「お節介だな。それで、経営者とはね。」
「商売は、人情さ。」
夕刻、ヤジンはバイクで港に近い下町に向かった。下町の裏通りの古いアパートをと暮らしぶりを見れば姉妹の生活が想像できた。玄関に現れた十四歳のミーナは、落ち着いていた。昨夜のことがなかったかのように明るく健気に振る舞う姿が演技をしているようにも見えなかった。途中の屋台で求めた花束を手渡した。
「わぁ……、有難う御座います。お姉ちゃん、花だよ。」
ミーナの頬を染めて喜ぶ姿が眩しかった。
姉妹の用意する夕食は、気持ちがこもっていた。リューク領に落ち延びてから店屋物ばかりで過ごしてきた身に家庭料理は好い思い出になった。ヤジンの身の上を詮索しないエレーナの大人の対応が居心地をよくした。落ち着きがあるエレーナは、自分から話に入り込む性格でなかった。妹のミーナが楽しく話すのを静かに見守っていた。
「お姉ちゃんの料理、美味しいでしょうか。」
「今まで食った中では、二番目かな。」
「ええっ、一番じゃなくて。」
ミーナの瞳を丸くして驚く姿が笑みを誘った。
「もしかして、奥様の手料理が一番とか。」
「ずっと独り暮らしだ。」
「ゴメンなさい。そぅでしたか。そうなんだ。」
ミーナは、少し安心したのか嬉しそうな笑顔で独り照れた。
会話の中で打ち解けていくミーナの積極的な姿がヤジンの気持ちを解した。屈託なく物怖じしない性格は気遣いさせないからだろう。親子ほども歳が離れているのに話を重ねているとヤジンに昔の女友達の顔を思い浮かばせた。
食事の後は、長居をしなかった。
帰り際に エレーナが翌朝の料理が詰まった容器を用意した。
「宜しければ、明日から夕食をご一緒しませんか。三人分を作るのも同じですから。」
予想もしなかった提案に身構えるヤジンの気持ちを先読みするかのようにエレーナは説明した。
「飲食関係で働いているので、余った食材が安く譲ってもらえるのです。」
ヤジンが返事を保留していると続けた。
「それに、男性の出入りがあれば安心できます。」
「それなら、用心棒代として頂くか。」
姉の後ろで話の流れを見守るミーナが小さく歓喜の声を上げた。
「嬉しい。わたしも手伝うよ。」
帰り道、バイクを流しながらヤジンは独り言ちた。
「らしくねえか……。何やってんだか、俺は。」
長く忘れていた気持ちの安らぎを覚える自分に苦笑した。
「クソッがぁ、どこの悪ガキどもだ。」
「夜の巡回がいるなら考えてやってもいいぜ。」
ヤジンは、屋台で求めた朝食を続けながら揶揄った。ゲモンが悪態を並べて怒りの矛先を探した。
「そんな金なんかあるかぁ。こちとらは、いっぱいいっぱいなんだぞ。まったく……、手前も顔ぐらい見て置けよ。」
「俺は、眠りが深いんでな。」
「まったく、近頃は治安が悪くなった。あっちこちでドンパチやりやがるるし。」
ゲモンは、内乱を引き合いに出した。
「平安な時代が続いてたのに、なんだ。女王の即位以来ロクなことがねえ。女王サマは別嬪だが器じゃやねえな。マリュエティーナ女王の再来というが、外見のクリソツってだけか。」
ゲモンの愚痴は、終わることがないように聞こえた。世の中の不平を全て羅列できるほどの中年男だった。不満を口にしていない時間の方が珍しかった。それでも、人懐っこく人情深かった。
ヤジンは、先に朝食を終えると事務所を後にした。
「俺は、先に仕事を始めるぞ。」
ヤジンは、搭乗型可動式運搬作業機械を使って昨日にゲモンが選別したジャンク品の移動を始めた。それが済むと、持ち込まれるジャンク品の荷受けに忙しかった。雇われて日は浅かったが、熟練工のように卒なく仕事を熟した。命じられるままの仕事が性に合っているのか戦での嫌な想いが忘れられた。このまま工場で働き続けていもいいかと、ヤジンは思えるようになっていた。
昼間際にゲモンが呼びに来た。
「別嬪さんが面会だ。」
「俺にか。」
怪訝そうにヤジンは確かめると、機械を停めて事務所に向かった。二階の登り口に昨夜迎えに来た若い女性が待っていた。色気があるのにスーツが板につく姿に違和感を覚えヤジンは眉をひそめた。エレーナと名乗った女性は、二十歳半ば過ぎに見えた。妹よりも肌が褐色で金髪に深緑色の瞳が男好きした。
「昨夜は、ご迷惑をおかけしました。」
「売られた喧嘩を買ったまでさ。」
エレーナの視線に洞察力の鋭さを感じとりながらもヤジンは、大人げない言い訳に内心苦笑した。
「妹さん、大丈夫のようだな。」
「落ち着いています。あの子、気丈なのですよ。」
「それならいい。人は、気持ちの強いやつが最後に勝つ。」
「強いのですね。」
「考え方か?」
「それもありますが、何人も相手をして豪胆だったと聞きました。」
「運が良かっただけさ。」
話を重ねながらヤジンの人柄を探り見極めていたのだろうか。エレーナは、短い会話の中で納得したようだった。
「お礼に今夜、食事のご招待したいのですが。」
誘いにヤジンは、深く考えることなく即答した。
「ご馳走になるか。」
エレーナの後ろ姿を見送ると、ゲモンが横に立った。目が笑っていた。
「良い女だな。女は、後ろ姿を見ればわかる。手前も隅に置けねぇな。いつ知り合ったんだ。」
「お前のタイプだったか。」
ヤジンは、冷たく笑い返した。
緊急の仕事が入らなければ午後からは自由だった。事務所のシャワーを使い出掛けた。昔からの風情が残る商店街の馴染みになった店で昼食をとった。老夫婦が作る味に子供の頃を想い出しながらヤジンは、活気ある雑然とした場所が性に合っているのを改めて知った。商店街で時間をつぶした後は、ゲモンから借りたバイクを弄るのが楽しかった。器用に改造するのをゲモンは、感心しながら揶揄った。
「あんまし、ピーキーにしないでくれよ。乗れなくなっちまう。」
「下手が。トロいのが楽しいかよ。」
「工場経営と一緒さ。手堅く手堅くだ。分かんねぇだろうな。この辛さ。」
ゲモンは、雇って日が浅いが相性がいいヤジンを気に入っていた。
「今夜、ご招待なんだろう。別嬪さんに花、忘れるなよ。」
「お節介だな。それで、経営者とはね。」
「商売は、人情さ。」
夕刻、ヤジンはバイクで港に近い下町に向かった。下町の裏通りの古いアパートをと暮らしぶりを見れば姉妹の生活が想像できた。玄関に現れた十四歳のミーナは、落ち着いていた。昨夜のことがなかったかのように明るく健気に振る舞う姿が演技をしているようにも見えなかった。途中の屋台で求めた花束を手渡した。
「わぁ……、有難う御座います。お姉ちゃん、花だよ。」
ミーナの頬を染めて喜ぶ姿が眩しかった。
姉妹の用意する夕食は、気持ちがこもっていた。リューク領に落ち延びてから店屋物ばかりで過ごしてきた身に家庭料理は好い思い出になった。ヤジンの身の上を詮索しないエレーナの大人の対応が居心地をよくした。落ち着きがあるエレーナは、自分から話に入り込む性格でなかった。妹のミーナが楽しく話すのを静かに見守っていた。
「お姉ちゃんの料理、美味しいでしょうか。」
「今まで食った中では、二番目かな。」
「ええっ、一番じゃなくて。」
ミーナの瞳を丸くして驚く姿が笑みを誘った。
「もしかして、奥様の手料理が一番とか。」
「ずっと独り暮らしだ。」
「ゴメンなさい。そぅでしたか。そうなんだ。」
ミーナは、少し安心したのか嬉しそうな笑顔で独り照れた。
会話の中で打ち解けていくミーナの積極的な姿がヤジンの気持ちを解した。屈託なく物怖じしない性格は気遣いさせないからだろう。親子ほども歳が離れているのに話を重ねているとヤジンに昔の女友達の顔を思い浮かばせた。
食事の後は、長居をしなかった。
帰り際に エレーナが翌朝の料理が詰まった容器を用意した。
「宜しければ、明日から夕食をご一緒しませんか。三人分を作るのも同じですから。」
予想もしなかった提案に身構えるヤジンの気持ちを先読みするかのようにエレーナは説明した。
「飲食関係で働いているので、余った食材が安く譲ってもらえるのです。」
ヤジンが返事を保留していると続けた。
「それに、男性の出入りがあれば安心できます。」
「それなら、用心棒代として頂くか。」
姉の後ろで話の流れを見守るミーナが小さく歓喜の声を上げた。
「嬉しい。わたしも手伝うよ。」
帰り道、バイクを流しながらヤジンは独り言ちた。
「らしくねえか……。何やってんだか、俺は。」
長く忘れていた気持ちの安らぎを覚える自分に苦笑した。