死神と堕天使 第十話

文字数 2,441文字

 夜半を過ぎて雨は上がった。朝から青い空が高く突き抜ける快晴だった。
 炭鉱は閉山してから長く経ち、人の住まないゴーストタウンになっていた。そこに続く街道も廃れつつあった。

 その日、街道を炭鉱町に向かうのは、ゼィの甲冑だけだった。
 宿場町で情報を仕入れていたが、どれも芳しくなかった。街道は野盗や賊が暗躍して、炭鉱町も無頼漢らの巣窟になっている噂だった。
 「嬢ちゃんが、賊の頭領なら話は早いのだがな……。」
 ゼィの苦笑混じりの言葉にアナマが冷たく返した。
 「……失礼な。そう見えないでしょう。」
 「だな、この先は豪勢な歓迎を受けられそうだ。」
 ゼィは、途中の襲来を覚悟した。尾行されているのも考慮して全速で宿場を離れた。二度三度と街道から離れ森蔭に潜んだ。しばらく様子を探り街道沿いを急いだ。
 途中、商隊が襲われた跡があった。無残な現場を遠目にしてゼィは、警戒を強めた。
 少し進むと、一機の甲冑が立ち往生していた。戦闘で大破に近かった。甲冑の傍に負傷した用心棒の姿が見えた。単独で行動するゼィの甲冑を険しい目で眺めていた。
 「女か……。」
 そう呟くゼィは、周りを注意しながら速度も落とさず通り過ぎた。
 ゼィの対応を見ていたアナマは、離れると確かめた。
 「……助けないのですね。」
 「拘りのないことだ……、あの傷なら一人で動けるだろう。」
 「……肩が落ちています。」
 「大人を揶揄うんじゃない。」
 「……噂とは、残酷ですね。善い人なのに。」
 「ぬかせ。人の噂なんてそんなものだろう。」
 ゼィは、話しながら辛い昔を思い出していた。唇を噛み締めた。忘れようとしても、時々頭の片隅を過った。
 そのゼィの気持ちを察したかのようにアナマが、静かに尋ねた。
 「……貴男の生き急ぐ姿を見たなら、どう思われたでしょうか。」
 「怒られただろうな……。」
 ゼィは、気持ちを揺るがせる少女の言葉を素直に受け止めていた。

 丘陵が連なる野原の地帯に差し掛かった。丘陵の裾野に沿って街道が伸びていた。
 『俺なら、ここで仕掛けるが。』
 ゼィは、地形を見ながら戦法を想い描いた。
 『低地に追い込んで波状攻撃を加えるか、丘に追い上げて囲むか……。』
 そこからは、起伏の丘陵が続いた。遠くまで視界が開け隠れる場所が限られていた。
 ゼィが選択したのは、丘陵の頂を伝っての進行だった。遠回りになっても、追手と待ち伏せの危険を考えれば最善の策と考えた。
 「ここは、用心に越したことはない。」
 ゼィは、それまで以上に注意を払った。一つの頂に達すると、周囲を念入りに探索した。周囲を十分に偵察して状況を分析した上で次の頂を目指した。特に低い位置を抜けるときは、急いだ。今まで修羅場を乗り越えてきた直感に掛けた。
 アナマは、後部座席で静かにしていた。ゼィの判断と行動に全幅の信頼を置いているような落ち着きようだった。
 ゼィは、用心深く大胆に進んだつもりだった。
 幾つかの丘陵を越えたゼィは、胸騒ぎのような感覚にとらわれた。
 『静かすぎるな……。』
 甲冑を地面に屈ませた。地面に伝わる振動を探った。二つの方向から微弱な振動が伝わった。
 『後ろだけでないな……、横からもか。こっちの出方を見ているのか。』
 ゼィはそう思った後、自分の考えを確かめるように呟いた。
 「手練れがいるな。逃げれば、急襲されるか。」
 「……誘き寄せたのでしょう。」
 アナマが、静かに声を掛けた。
 「……一網打尽にするために。」
 「結果として、そうなるか。けっこうな数がお待ちだ。」
 ゼィは、苦笑した。
 「二方面からの射撃で始まる。その後は、数を頼んでの波状攻撃の消耗戦になるだろう。低地に追い込んでくると見る。相手の誘いに乗ると見せかけて、隙を見て逃げる。俺は、負ける戦いをしない。」
 そこで一息置くと、ゼィは後ろを振り返り続けた。
 「目いっぱい振り回す。しっかり捉まっていろよ。安心しろ、死なせるつもりはない。」
 「……了解しました。貴男の戦いを見せてもらいます。」
 アナマは、顔色一つ変えず受け答えた。

 戦いは、ゼィから誘った。逃げる素振りを見せて相手の出方を確かめた。予想どおり遠方からの射撃で始まった。
 「思ったより遠いな。この距離で命中するかよ。」
 ゼィの甲冑は、予想もつかない動きを繰り返した。相手を翻弄できるが、急激な変化を伴う動きは、乗り手の肉体に負荷が掛かった。ゼィは、骨と筋肉が軋む苦しさに歯を喰いしばった。
 『殺られるよりはいいさ‥‥。』
 昔からそう自分を鼓舞してゼィは、戦場を生き延びてきた。後部座席のアナマを気遣う余裕はなかった。最新式の特殊シートが機能しているのを祈るばかりだった。
 弾は命中しなかったが、近接弾の破片で装甲が焼けた。ゼィは、後方から追尾している集団に向かった。動きを変化させながら一気に間合いを詰めた。
 「多いな‥‥、左が弱いか‥‥。」
 二十数機の甲冑が、群衆隊形を崩し広がった。ゼィは、遅いと見た左翼に突っ込んだ。懐に飛び込むと、最も得意とする白兵戦いに持ち込んだ。新しい装甲と楯で攻撃を受けながら短槍とショットガンで立ちまわった。ゼィの奮戦んに賊の甲冑が、一機叉一機と損傷し後退した。

 混戦だった。数を頼んで力押しで迫る賊は、ゼィを消耗させ斃す作戦だった。だが、ゼィの甲冑の強さは想像以上だったのだろう。数の有利さから急がずに戦っていた賊の集団は、焦り始め浮足立ちだした。ゼィは、戦いの口火が切られる前から腹を括っていた。多勢を相手の消耗戦が愚かな戦法であるのを理解していたが、不利な戦いを生き延びた自信はあった。
 賊の一団は、入れ替わり立ち代って囲み攻めながらゼィの甲冑を低い位置に追い込んでいった。
 『予想どおりか‥‥。』
 ゼィは、激しく熱く戦いながらも冷静に戦場全体を見ていた。手近の甲冑を次々と損傷させながら逆に賊の囲みを引き摺って移動した。相手の誘いに乗るように見せながらもゼィは、主導権を握っていた。
 
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