隻眼の獅子 第五話

文字数 2,570文字

 翌日から大河でのジャンク探しが始まった。古い機船に小型作業機械を積む台船を曳いて現場を目指した。早朝の川面に陽が眩しかった。現場に向かう機船のブリッジでゲモンは、ビール片手に操船していた。
 「今日も暑くなりそうだ。絶好の潜水日和だな。気張ってくれよ。」
 「命日にならないのを祈るさ。」
 「バカいえ。中古だがな、ちゃんと整備したぞ。」
 「あっちこちガタが来てるじゃないか。」
 「細かいことは、気にするな。前祝いだ。遠慮するな飲め。飲め。」
 「簡単に言ってくれる。潜るのは、俺だぞ。」
 「見かけによらず、繊細だな。よっ兄弟。」
 ゲモンは、機嫌がよかった。
 喘ぐように進む機船は、大河を上るのに半日近くかかった。最近その大河沿いで戦闘が勃発していた。目指す水域に同業者の姿を見つけたヤジンは揶揄った。
 「先客がいるじゃないか。ガセを掴まされたわけじゃなさそうだな。」
 「くそっ。あの情報屋、他にも売ったな。」
 「初心なガキじゃないんだ。そんなもんだろう。」
 「だが、しかしだ。あのようすなら未だ見つけてないな。状態のいい甲冑が丸々沈んでるって話だ。」
 ヤジンは、最初から話を半分に聞いていた。戦闘で損傷した甲冑は回収され、放置されるのは全損ばかりだった。満足な部品を探せるかは微妙に思えた。
 「反女王軍の部隊が追撃で深入りして動けなくなった甲冑を川に沈めたって話だ。」
 「マジ噺かよ。」
 「おうょ。イサラエス製のジュリア型だぞ。」
 「おぃおぃ、最新型を置いてくかよ。」
 「そんだけ、慌てていたって話しだろうが。」
 ソナーを使い幾つか当たりを付けた。水深はそれ程でもなく流れが速く濁っていた。ヤジンは、手伝ってもらいながら水中服を着込み酸素ボンベを背負い操縦席に乗り込んだ。ゲモンがクレーンを操作して作業機械を水中に吊り下ろした。
 「兄弟、聞こえるか……。」
 有線からのゲモンの声は、クリアーに聞こえた。濁る水中の視界は最悪でライトをつけても数メーター先が見えなかった。ヤジンは、慎重に川底の泥に脚部を着けた。
 「川底に着いた。予想より柔らかい。指示をくれ。」
 台船の上からソナーを使うゲモンの指示だけが頼りだった。川の底での作業は、技術と要領のよさが必要だった。水中作業着を付けての操作でもヤジンは、巧みに作業を進めた。水底の泥土を巧みに歩かせて指示で動いた。条件の悪い場所ながら二人の連携は巧く良い仕事をした。
 「兄弟、上手いな。以前に雇った若い奴は使えなかった。」
 台船から指示を出すゲモンは、ヤジンの仕事に満足した。
 「あの時は、下手をすれば二人とも魚の餌になっていた。」
 「どんな奴を雇ってたんだ。」
 川の流れが予想よりも早く作業機の操作に細心の注意をヤジンは払った。所々が深く柔らかい川底を注意しながら移動して、ゲモンからの指示に苦も無く熟した。
 目的のお宝は見つからなかった。夕刻まで休息を挟み三度潜水して損傷した甲冑の備品が収集できた。ゲモンは、文句を並べながらも手応えを掴んだのか機嫌がよかった。
 「今日のところは、こんなものか。」
 台船を近くの岸に寄せて停泊した。ヤジンは、携帯タンクの水を浴びながら言った。
 「飯ぐらいは、はずめよ。」
 「はずみたいがな。ここは出前しかない。世辞にも旨いとは言えないが、地酒はまあまあだ。」

 暗くなる前に二人の中年女が食事を持って訪れた。女達の酌で夕食は賑やかに進んだ。ゲモンが貶す飯にヤジンは、不満がなかった。素朴な田舎の味が嬉しかった。
 「酒が足りねえな。」
 酒席が盛り上がるなかでゲモンが、中年女と立ち上がった。
 「夜道は物騒だからな。手伝ってくる。」
 ゲモンの意味ありげな笑いにヤジンも頷き返した。二人を見送った後、残った若い方の女性は、煙草を取り出し尋ねた。
 「……すっていい?」
 ヤジンが軍用ライターを貸した。口数の少ない女は、三十路を過ぎていた。濃い化粧をして派手にやつしているが、陰鬱で所作も物憂げだった。グラスに酒を注ぐ気怠い女が気にならず冷めた態度も許せた。余計な話をしなくてよく安心できたからだろう。ヤジンからも酒を注いで進めた。酒に慣れた強い女は、ポツンと言った。
 「鍛えているのね。」
 「そうかな。」
 「格闘技でもしてるの。」
 「そう見えるか。」
 「強そうね。」
 ヤジンは、苦笑を返した。
 突如、遠くの夜空に閃光が広がった。爆音が遅れ響いた。方向と距離から推測すれば戦闘の状況はあらかたの予想がついた。ヤジンは、胸の中で呟いた。
 『町を爆撃してるのか……、』
 女は、遠くの戦闘が気にならないようだった。視線を向けようともしなかった。
 「二人は、二時間ぐらい戻らないけど……。」
 そう言って女は、上着を脱いだ。戦闘の閃光と雷鳴のような爆音が続いた。

 ヤジンが寝転がっていると、ゲモンが一人で戻った。酒瓶を手にしていた。
 「この辺りは、星が綺麗に見えるだろう。」
 「ロマンチストだな。」
 「おうよ、子供心を忘れちゃ、単なる色ボケオヤジだろうが。」
 「だな。」
 「飲み直すか。兄弟。」
 ゲモンが持ち帰った地酒は、思い出に残るほどに旨かった。
 「面白い話を聞いてきた。山向こうで戦闘の光があっただろう。女王様に見切りをつけた領主が暴れているらしい。」
 「どこのどいつだ。」
 「いくつかの領主が結託してるって話だ。それをハンモ領のレイフ公がエリワナ公と掃討にでているらしい。」
 「胡散臭いな。本当か。この前の戦いで、エリワナ公も相当消耗しただろう。」
 ルント平原の戦いで右翼の一角にエリワナ公の兵が布陣していた。女王の異母兄のエリワナ公は、少数ながら名の知れた甲冑乗りの精鋭を率いの参陣だった。女王が座上する飛行艇旗艦近くに配置されたヤジン部隊の戦域は、集中攻撃を受けて甚大なる被害を被ったのだった。
 『エリワナ公らの兵が側面から迎撃したのなら、相当な損害を受けているはずだがな。』
 そう思うヤジンは、エリワナ公が退却の殿を務めたのを知らなかった。終盤近くに女王の旗艦が大破して動けなくなった近くでヤジンは、イサラエス製の甲冑部隊と交戦した。その中の一機の蒼いジュリアⅢに子供のようにあしらわれて撃破されたのだった。
 「……想い出したくもねえ。」
 ヤジンは、酒の勢いで呟いた。
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