死神と堕天使 第四話

文字数 2,123文字

 ゼィは、宿場町で骨休めを考えていた。次の仕事が見っからなければ、暫く滞在するつもりでいた。今までも一仕事が終わった後は、必ず休暇をとった。しかし、今回の火急な依頼を断らなかった自分にゼィは、半ば納得していた。アナマの不思議な雰囲気が気持ちを動かしたのだろう。この先々で拘ってくる大事な仕事の兆しに思えたのだ。甲冑乗りにとって一番大切にしなければならないのが、技能や経験もさることながら直感だとゼィは信じていた。
 「こういう時は、自分の勘を信じるさ。」
 ゼィは、そう呟いた。

 宿の酒場で流れ者が屯しカードに興じていた。保安官に誘われてゼィも仲間に加わった。真昼間から酒場で保安官がいる姿は、どこの宿場でも見かける光景だった。
 「アンタの得物は、どうした。」
 「修理に出した。」
 「ロテムの爺さんとこか。壊されるぞ。」
 保安官の言葉に周りが追笑した。ゼィも話を合わせた。
 「腕が悪いのか。」
 「偏屈なオヤジだ。直せるものしか直さない。」
 保安官の嫌みからロテムとの関係が推し量れた。
 「この宿場には、他に仕事のできるものがいるのか。」
 「いや、いない。」
 「なら、どうしてる。」
 「巡回の整備屋が来る。」
 「保安官のもか。」
 「おう、昔からの馴染みだ。」
 「だが、頻繁に来ないだろう。」
 「月に二度だ。立ち寄る。」
 「次は、いつ来るんだ。」
 「来週だ。」
 カードを合わせた。ゼィにツキがあった。保安官が嘆息した。
 「アンタ、勝負事も強いな。」
 「たまたまだ。」
 ゼィは、掛け金の儲けで周りに酒を奢った。
 「昨日、アンタが斃した甲冑を回収に行ってきた。」
 保安官は、カードを配りながら言った。
 「見事だな。一撃で仕留めている。」
 「運が良かっただけだ。」
 「厄介なお尋ね者だと、皆知っていたぜ。」
 ゼィは、軽く肩を竦めて見せた。
 「奴には、弟分がいたのを知っているか。」
 「詳しくは、知らないが。」
 「気つけたほうがいいぜ。仲が良かったって、噂だ。」
 「忠告、肝に銘じておくよ。」

 そこに保安官助手が、顔色を変えて飛び込んできた。
 「保安官、大変です。街道近くで賊が暴れています。」
 「よし、一緒に来るなら賞金は山分けだ。」
 その保安官の声に勝ち馬に乗る流れ者らが続いた。
 保安官が乗る黄土色の甲冑は、見事な設えだった。最新の軍用を改良していた。討伐に向かう一団を見送ると、ゼィは隣の優男に尋ねた。
 「行かないのか。」
 「お零れに与るには、少しリスクがあるようなので。」
 ゼィは、その優男の力を推し量りかねていた。カードの時は、勝ちも負けもしない勝負を通した男だった。しかし、ゼィの嗅覚に引っかかるものがあった。
 『……用心深いだけなのか。』
 「一杯、奢らせてください。」
 優男は、申し出た。グラスを合わせながら優男が言った。
 「有名人のゼィさんと知り合えて光栄です。」
 優男は、ハクトと自己紹介をした。
 「主に用心棒をやっています。私の人生哲学は、無理をしないです。」
 「ここは長いのか。」
 「知り合いを待って、二月になりますか。この宿場を拠点に頼まれ仕事をこなしてきました。」
 ハクトの所作や言葉の端々に生まれの良さが窺えた。
 「席を変えませんか。好い店を知っています。」
 優男に案内された店は、女子が接待する酒場だった。若く綺麗な女が揃っていた。
 「いい場所があるじゃないか。」
 ゼィの喜ぶ様子にハクトは、軽く頭を下げた。
 「この宿場で最も質の良い女と本物の酒を置いています。」
 ハクトは、常連客のようだった。酒の飲み方も無理をしなかった。酒の強いゼィは、遠慮なく飲んだ。
 「保安官が向かったが、この周辺では、よくあることなのか。」
 「最近は、そうですね。宿場近くの街道沿いにまで賊や物取りが出没してます。」
 「何か事情を知っているようだな。」
 「国境で小競り合いが続いていますからね。それに、隣のリオス領主が、最近部下に殺されたでしょう。」
 この辺境の領土の不穏な噂は、ゼィも伝え聞いていた。
 「これだけ内乱が長引けば、色気を出す領主もある云うことか。」
 「そういうことです。イサラエス国が近いことも、その要因です。」
 ハクトの話は、他人事のように冷たかった。
 「ゼィさんは、仕官なさらないのですか。貴方の腕なら国軍にでも受け入れてもらえるでしょう。この近辺の領主なら大枚を積んで迎えてくれますよ。」
 「今更、この齢になって宮勤めは御免だ。お前こそ、どうなんだ。」
 「自分でも解りません。」
 ハクトは、そう言って薄く笑った。

 宿に向かう暗い帰り道、背後に気配を感じて身構えた。酔っていても修羅場を潜り抜けてきたゼィは、不覚をとる男でなかった。
 「何か、用か。」
 ゼィの問い掛けに建物の影から姿を見せずに小さい声で伝えた。
 「……狙われていますよ。」
 ゼィは、金貨を影に投げ入れた。
 「……荒れ野に狼の群れが、山に熊が、渓谷には鰐が潜んでいます。」
 「それだけか。」
 ゼィは、もう一枚金貨を投げた。
 「……後ろからは、番犬にけしかけられます。いずれ、審判者を見ることでしょう。」
 影の気配が消えた。情報屋の謎めいた言葉は、ゼィを慎重にさせた。
 
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