隻眼の獅子 第八話

文字数 2,689文字

 「おぃ、何受けてんだ。」
 ゲモンの顔は蒼白だった。あの後、早々に賭博場を後にした。
 「止めとけ。ヤバいぞ。あの若い奴は、強い。あそこで無敗のエースだ。今まで何人も病院送りにしている。えげつない戦い方をするぞ。」
 「そうなのか。楽しませてもらえそうだな。」
 ヤジンは、気持ちに余裕を見せた。ゲモンの親身な態度から口は悪くても人情深いのが改めて分かった。
 「りハナ姉は、顔が利く。俺から頼んでやるから、暫くここから離れろ。」
 「おいおい、なにをひよってんだ。」
 「テメエの心配をしてるんだろうが。兄弟。」
 ゲモンの本気の気持ちが伝わった。ヤジンは、苦笑を返した。
 「気持ちは、十分に貰った。オマエ、顔に似合わずいい奴だったか。」
 「ぬかせ。……おい、まさか。甲冑乗りか。」
 「他で言うなよ。」
 ヤジンは、不敵に笑い言った。
 「俺は、今まで化け物のような奴ばかり相手をしてきたからな。詳しくは話せんが。」
 事務所に戻り酒を飲みなおした。その夜、ゲモンは自宅に戻らなかった。

 ヤジンが掛け試合に出る話をどこで耳にしたのか翌日の午後にミーナは息を切らせて駆け付けた。
 「パパ、本当なの。」
 ミーナの怯えた眼差しが痛々しかった。ヤジンは、苦笑してバイクの手入れを続けた。
 「止めなさいよ。」
 「俺のママみたいなセリフだな。」
 「あんな奴、相手にする必要ないよ。」
 「だろうな。」
 「あたしの為なの。」
 「自惚れんなよ、違う。ちょっと、甲冑で戦ってみたくなっただけさ。」
 「ゲガするよ。彼奴ら、無茶するって。」
 「若い奴は、そんなもんだろう。」
 ヤジンの鼻に括った答えにミーナは、顔を顰めた。
 「甲冑に乗れるの。ゲーセンとは違うよ。」
 「昔、ゲーマーだったからな。大丈夫だ。」
 「……噓でしょう。」
 ミーナの泣き出しそうな表情が切なかった。話を終わらせるようにヤジンは、バイクに跨ると少し前を開けた。
 「バイク乗りたいって言ってたよな。教えてやる。」
 ミーナを前に乗せると後ろから腕を伸ばしハンドルの端を補助した。操作の手順を説明しながらジャンク工場の敷地内を走り回った。

 賭博の会場に付いていくとミーナは譲らなかった。
 「変装すれば大丈夫だって。連れて行ってくれないなら、許さない。一生恨んでやるから。」
 「俺が責任を持つ。テメエの女神さまだろう。」
 ゲモンの口添えにヤジンは、ミーナを見据え念を押した。
 「いい子にしてろよ。何があってもな。」

 賭博会場の裏手に三機の甲冑が搬入されていた。初老の整備士がヤジンを一瞥して不愛想に言った。
 「ゲモンから聞いとる。今用意できるのは、この三機だ。好きなのを使え。」
 シーマ型の初期仕様ばかりだった。ヤジンは、尋ねた。
 「お勧めは、あるかい。」
 「そうだな、真ん中の青いのはどうだ。」
 ヤジンは、操縦席に上った。最初の実戦で使用した形式だった。防御よりも機動性を重視する軽い機体は、素直に反応する機敏さが持ち味でヤジンの性に合った。操作機器は、最新のものに入れ替えていた。シーマⅡ型と同じ馴染んだ操作系に安心した。
 「少し動かす。」
 ヤジンは、試しに使っただけでも機体が完璧に仕上げられているのが分かり整備士の腕を認めた。
 「いいじゃないか。申し分ない。」
 ヤジンは、不敵に笑った。初老の整備士もヤジンが動かす様子に慣れているのを見て取ったようだった。
 そこに、赤毛の美人が現れた。
 「リハナ姉……。」
 ゲモンが子供のように歓喜の声を上げ駆け寄った。
 「はぃはぃ、邪魔。」
 りハナ姉は、ゲモンを適当にあしらった。
 「面白い試合が観れるって聞いたから来たよ。」
 「嬉しいよぅ、リハナ姉。」
 「後で、相手してあげるから。その男かい。いい面構えだね。」
 りハナ姉は、真正面からヤジンの器量を見定めた。
 「今夜は、全額掛けさせてもらうよ。」
 そう言い残しリハナ姉は離れた。ゲモンが子犬のように尻尾を振り後をついていった。その姿を見送るミーナは、溜息混じりに尋ねた。
 「工場長さんって、あんなキャラだったの。」
 「タイプらしいぜ。」
 「マジですかぁ。」
 ミーナは、人が遠くにいるのを確かめて囁いた。
 「パパ、わたしが乗ろうか。たぶんいけると思う。」
 「冗談は、その変装だけにしろよ。」
 ヤジンは、ミーナのウイッグを被り化粧を厚くして大きなメガネを付け着飾る変装を揶揄った。
 「今回は、任せろ。」
 「……信じていいのね。」

 メインイベントが告知されていたのか、会場は客で埋まり盛り上がっていた。
 若者らのリーダーは、自前の甲冑だった。シーマ型の機体を外装から手を入れ別物に改造していた。見ようによってイサラエス国のジュリア型だった。朱色の塗装は、リーダーの入切る気持ちを表していた。
 『バッタもんのジュリアか、面白い。借りを返させてもらわないとな。』
 そう思うヤジンの闘志は高揚した。
 リーダーの甲冑に撃破数の印が並んでいた。操縦席の外装を開けたまま余裕の笑いで揶揄った。
 「オッサン、逃げなかったようだな。褒めてやる。」
 「撃破のマークが並んでいるな。軍の真似事か。」
 「もう一つ増えるさ。」
 「そうかい。」
 ヤジンは、冷たく笑った。気持ちを上げながらも頭は冷静だった。リーダーが甲冑の両手に鉄棒を持たせた。
 「オッサンも獲物を選びな。」
 ヤジンは長めの鉄棒を選んだ。歓声が高まり戦いを待ちかねる客の熱気が広がった。
 「楽しませてくれよ、オッサン。」
 構えを見れば力量を推し量れるヤジンは、舐めて掛からなかった。戦いながら相手機体の性能を確かめリーダーの甲冑での戦い慣れを理解して実力差を見極めた。ゲームセンターで戦ったジュリアと癖が似ているのに気がついた。
 『そういうことにしとくか。』
 ヤジンは、そう納得しながら外部音声を使った。
 「若いの、やるじゃないか。戦いなれているな。だが、軍にいたわけでもなさそうだが。」
 「兵隊になる奴は、馬鹿か主義者だからな。オッサンもなかなか受けが上手いな。」
 リーダーが嘯き挑発した。
 「受けが手いっぱいで、攻撃できないってか。歳で息が切れてんじゃない。」
 ヤジンは二本の鉄柱の攻撃を巧みに受け流した。
 「本物の戦いを知っているかいないかは、どう見分けるか判るか。」
 「ちびったことがあるかどうかだろう。」
 「それはな。戦場で死を見てきた者にしか云う権利はない。やっと、体が温まってきたところだ。本気を見せてやるか。」
 ヤジンは、容赦しなかった。相手の癖と力量を見極めた後は一気に攻めた。朱色の甲冑が防戦一方になった。
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