隻眼の獅子 第七話
文字数 2,727文字
ミーナは、何かと理由をつけてヤジンを外に引っ張り出した。娘ほどに年の離れた女子の行動は理解が及ばなかったものの億劫がらずに付き合った。それでも、ヤジンは自分の行動を顧みて独り苦笑した。同僚がこの姿を見れば驚くよりも呆れ笑うかもしれないと思いながら。
『腑抜けたか……、気儘な休暇と考えれば、これもアリとするかな。』
そう自分の行動に正当性を見つけ納得もした。
ミーナが案内する場所は、若者の楽しむ店が並んでいた。デートのように二人で巡る日々は、ヤジンに遠くなりつつある昔を思い出させた。
若者らが多く集う繁華街でヤジンの姿は異彩を放った。巌のような屈強な体躯が歩くと威圧感に道が開けた。
「……ふふっ。」
ミーナが可笑しさに堪える。ヤジンの服の裾をつかみ歩く姿は、娘を連れて歩く親子に似るものがあった。
「歩きやすいね。」
「便利に使うなよ。」
「いいでしょう。パパ。」
「そのパパは、よせ。」
「では、カレに昇格で。」
「大人を揶揄うと、怖いぞ。」
「本気なんだけど……。」
ミーナの言葉を最後まで待たずにヤジンは、細い腰を持って軽々と持ち上げた。
「軽いな。そんなセリフは、もうちっと脂肪をためてから言いな。」
「わぁ、高い。」
顔がほころぶミーナは、ヤジンの気持ちを和ませた。
「凄いっ、空飛んでるよ。」
雑貨店は、若い女子で賑わっていた。マスコットのキーホルダーを選ぶミーナの笑顔が輝くようすに気持ちも和んだ。
「ねぇ、どっちの色が似あうかな。」
「えっ、どっちでも……。」
ヤジンは、適当に返事をしようとしてミーナの真剣な眼差しに思い止まった。二つを受け取って比べた。
「……そうだな。どっちもいいが、右かな。」
「そぅ、嬉しい。」
ミーナが同じ好みに喜んだ。ヤジンは、二個を購入した。
「ありがとうございます。プレゼントね。大切にします。」
そう言うミーナは、二個買い求めた真意を測るような熱い視線を向けた。
「……お揃いですね。」
ミーナの瞳を輝かせて甘える姿にヤジンは、苦笑を返し言った。
「一つは、お姉ちゃんに渡しな。姉妹でお揃いになるだろう。」
「大切にします。」
そう歓喜するミーナは、自分でもう一個買った。
「はい、パパもどうぞ。これで、三人でお揃いでしょう。」
ヤジンは、武骨でも女子の気持ちを慮る忍耐を持ち合わせていた。ミーナが父親の姿に重ねて見ているのに気が付いていたこともあるからだろう。
ジャンク屋の昼食は、ゲモンの気紛れで振舞われることがあった。近く店からビールとバーガーの取り寄せだが、大河の上流でジャンク探しから戻ってからは多くなった。
「そういえば、以前にお前に会いに来た美人がいただろう。」
姉のエレーナのことを言っているのが分かった。
「見間違いも知れねえが、どっかの店で見かけた女に似ていたな。」
「安い店の話か。」
そう返しヤジンは、興味なさげにビールを煽った。ゲモンが話を続けた。
「そこそこ金は掛かるが、楽しめる。」
「気前のいい話だな。そんな金があるなら、昼飯をもっとはずめよ。」
「馬鹿いうな。このご時世だ。たまの昼飯でも御馳になれるなんてないぞ。ラッキーと思えよ、兄弟。」
ゲモンの陽気な言い草が快かった。
「ところでだ。先日話した甲冑の興行を覘きに行くかい。」
興行会場は、工業地帯の奥まった工場跡を使っていた。ヤジンは、他でよく似た賭博場に出入りしたこともあった。古い券売機を使う仕組みにヤジンは苦笑し胸の内で納得した。
『どこも同じってか。』
一段高い観客席は網で防御され老若男女が集い溢れていた。客層と雰囲気から不法賭博は大目に許されているのか窺えた。
格闘試合は、実戦武器の代わりに鉄柱を使う方式を取り入れていた。それでも鉄柱があたれば外装はへこみ飛び散る。甲冑の肉弾戦は激しく過酷だった。一つの試合に時間が掛かり観客を楽しませた。前座から始まり真打に進むにつれて観客のボルテージは上がった。贔屓があるのか歓声に人気が窺える試合の中には、明らかに力の差が見える一方的な戦いもあった。途中から勝負はついていた。あたり所が悪く甲冑の動きが悪くなった。戦意は失くさず挑み続けるが、最後の一撃が受けきれずにコックピットを直撃された。その結果にゲモンは、呻き説明した。
「怪我することもあるさ。」
ヤジンも事情を理解していた。ゲモンは、紙屑になった発券を揉みつぶし嘆いた。
「くぅ、奴に賭けていたのにな。今回は調子がいまいちだったか。」
その後も後味の悪い試合が続いた。派手な勝敗は観客を喜ばせるが、甲冑に乗る身には命懸けの戦いだった。何人かは病院の世話になるのが見てとれた。
ヤジンは、持ち前の勝負勘で勝ち越しその勢いで誘った。
「一杯奢るぞ。賭け事は、手堅くないらしいな。」
大穴狙いで負け続けるゲモンは、肩を落とし愚痴に塗れた。
「人生に楽しみの一つや二つあったって罰はあたらんさ。日頃真面目に地道にコツコツやってんだ。辛抱辛抱の商売だ、辛れえぞ。これぐらいは、許されるさ。まったく、今日は裏目ばっかしだ。」
怒りの矛先を時世の不満に向けた。
「それにしてもだ。今時、内戦なんか起こると思ったか。まさかの坂だ。先の王様は、なぜ別嬪の小娘を女王様に選んだ。一番上の長子は、期待されていただろうに。」
ゲモンの疑問は、国民の大半が思っていた。ヤジンにしても驚き内心不思議に思うのだった。母違いの長兄は、先王の在位中から補佐として役職をこなし内外に人望があった。誰もが後継者と考えていた。
カウンターで二人が酒を交わしていると、夜の事務所に押し入った集団のリーダーが姿を現した。兄貴分らしき中年の男が一緒だった。仕立てのいい高級なスーツが荒む威嚇を押し隠していた。ヤジンの技量を見極めながら切り出した。
「先日は、舎弟が世話になったとか。」
「礼には及ばんよ。」
ヤジンの捉えどころなく放つ胆力が兄貴分にも伝わったようだった。
「こんな場所で挨拶してもらえるのをみると、暴れるつもりじゃなさそうだな。」
「今夜は、ビジネスの話に来た。」
兄貴分は、静かに言った。
「舎弟の対戦相手がフケてしまってね。困っている。代わりをオタクに頼めないか。」
「あんな試合かい。」
ヤジンが会場で繰り広げられている甲冑同士の戦いを目で示した。兄貴分は、短く言った。
「メインイベントだ。」
「何時だ。」
「明日。」
「いいだろう。」
ヤジンは、簡単に受けた。何か言いたそうなゲモンを最後まで制した。
「楽しみにさせてもらう。」
そう言って兄貴分は、冷たく口元で笑った。横でリーダーが険しい眼差しを向けていた。
『腑抜けたか……、気儘な休暇と考えれば、これもアリとするかな。』
そう自分の行動に正当性を見つけ納得もした。
ミーナが案内する場所は、若者の楽しむ店が並んでいた。デートのように二人で巡る日々は、ヤジンに遠くなりつつある昔を思い出させた。
若者らが多く集う繁華街でヤジンの姿は異彩を放った。巌のような屈強な体躯が歩くと威圧感に道が開けた。
「……ふふっ。」
ミーナが可笑しさに堪える。ヤジンの服の裾をつかみ歩く姿は、娘を連れて歩く親子に似るものがあった。
「歩きやすいね。」
「便利に使うなよ。」
「いいでしょう。パパ。」
「そのパパは、よせ。」
「では、カレに昇格で。」
「大人を揶揄うと、怖いぞ。」
「本気なんだけど……。」
ミーナの言葉を最後まで待たずにヤジンは、細い腰を持って軽々と持ち上げた。
「軽いな。そんなセリフは、もうちっと脂肪をためてから言いな。」
「わぁ、高い。」
顔がほころぶミーナは、ヤジンの気持ちを和ませた。
「凄いっ、空飛んでるよ。」
雑貨店は、若い女子で賑わっていた。マスコットのキーホルダーを選ぶミーナの笑顔が輝くようすに気持ちも和んだ。
「ねぇ、どっちの色が似あうかな。」
「えっ、どっちでも……。」
ヤジンは、適当に返事をしようとしてミーナの真剣な眼差しに思い止まった。二つを受け取って比べた。
「……そうだな。どっちもいいが、右かな。」
「そぅ、嬉しい。」
ミーナが同じ好みに喜んだ。ヤジンは、二個を購入した。
「ありがとうございます。プレゼントね。大切にします。」
そう言うミーナは、二個買い求めた真意を測るような熱い視線を向けた。
「……お揃いですね。」
ミーナの瞳を輝かせて甘える姿にヤジンは、苦笑を返し言った。
「一つは、お姉ちゃんに渡しな。姉妹でお揃いになるだろう。」
「大切にします。」
そう歓喜するミーナは、自分でもう一個買った。
「はい、パパもどうぞ。これで、三人でお揃いでしょう。」
ヤジンは、武骨でも女子の気持ちを慮る忍耐を持ち合わせていた。ミーナが父親の姿に重ねて見ているのに気が付いていたこともあるからだろう。
ジャンク屋の昼食は、ゲモンの気紛れで振舞われることがあった。近く店からビールとバーガーの取り寄せだが、大河の上流でジャンク探しから戻ってからは多くなった。
「そういえば、以前にお前に会いに来た美人がいただろう。」
姉のエレーナのことを言っているのが分かった。
「見間違いも知れねえが、どっかの店で見かけた女に似ていたな。」
「安い店の話か。」
そう返しヤジンは、興味なさげにビールを煽った。ゲモンが話を続けた。
「そこそこ金は掛かるが、楽しめる。」
「気前のいい話だな。そんな金があるなら、昼飯をもっとはずめよ。」
「馬鹿いうな。このご時世だ。たまの昼飯でも御馳になれるなんてないぞ。ラッキーと思えよ、兄弟。」
ゲモンの陽気な言い草が快かった。
「ところでだ。先日話した甲冑の興行を覘きに行くかい。」
興行会場は、工業地帯の奥まった工場跡を使っていた。ヤジンは、他でよく似た賭博場に出入りしたこともあった。古い券売機を使う仕組みにヤジンは苦笑し胸の内で納得した。
『どこも同じってか。』
一段高い観客席は網で防御され老若男女が集い溢れていた。客層と雰囲気から不法賭博は大目に許されているのか窺えた。
格闘試合は、実戦武器の代わりに鉄柱を使う方式を取り入れていた。それでも鉄柱があたれば外装はへこみ飛び散る。甲冑の肉弾戦は激しく過酷だった。一つの試合に時間が掛かり観客を楽しませた。前座から始まり真打に進むにつれて観客のボルテージは上がった。贔屓があるのか歓声に人気が窺える試合の中には、明らかに力の差が見える一方的な戦いもあった。途中から勝負はついていた。あたり所が悪く甲冑の動きが悪くなった。戦意は失くさず挑み続けるが、最後の一撃が受けきれずにコックピットを直撃された。その結果にゲモンは、呻き説明した。
「怪我することもあるさ。」
ヤジンも事情を理解していた。ゲモンは、紙屑になった発券を揉みつぶし嘆いた。
「くぅ、奴に賭けていたのにな。今回は調子がいまいちだったか。」
その後も後味の悪い試合が続いた。派手な勝敗は観客を喜ばせるが、甲冑に乗る身には命懸けの戦いだった。何人かは病院の世話になるのが見てとれた。
ヤジンは、持ち前の勝負勘で勝ち越しその勢いで誘った。
「一杯奢るぞ。賭け事は、手堅くないらしいな。」
大穴狙いで負け続けるゲモンは、肩を落とし愚痴に塗れた。
「人生に楽しみの一つや二つあったって罰はあたらんさ。日頃真面目に地道にコツコツやってんだ。辛抱辛抱の商売だ、辛れえぞ。これぐらいは、許されるさ。まったく、今日は裏目ばっかしだ。」
怒りの矛先を時世の不満に向けた。
「それにしてもだ。今時、内戦なんか起こると思ったか。まさかの坂だ。先の王様は、なぜ別嬪の小娘を女王様に選んだ。一番上の長子は、期待されていただろうに。」
ゲモンの疑問は、国民の大半が思っていた。ヤジンにしても驚き内心不思議に思うのだった。母違いの長兄は、先王の在位中から補佐として役職をこなし内外に人望があった。誰もが後継者と考えていた。
カウンターで二人が酒を交わしていると、夜の事務所に押し入った集団のリーダーが姿を現した。兄貴分らしき中年の男が一緒だった。仕立てのいい高級なスーツが荒む威嚇を押し隠していた。ヤジンの技量を見極めながら切り出した。
「先日は、舎弟が世話になったとか。」
「礼には及ばんよ。」
ヤジンの捉えどころなく放つ胆力が兄貴分にも伝わったようだった。
「こんな場所で挨拶してもらえるのをみると、暴れるつもりじゃなさそうだな。」
「今夜は、ビジネスの話に来た。」
兄貴分は、静かに言った。
「舎弟の対戦相手がフケてしまってね。困っている。代わりをオタクに頼めないか。」
「あんな試合かい。」
ヤジンが会場で繰り広げられている甲冑同士の戦いを目で示した。兄貴分は、短く言った。
「メインイベントだ。」
「何時だ。」
「明日。」
「いいだろう。」
ヤジンは、簡単に受けた。何か言いたそうなゲモンを最後まで制した。
「楽しみにさせてもらう。」
そう言って兄貴分は、冷たく口元で笑った。横でリーダーが険しい眼差しを向けていた。