隻眼の獅子 第四話

文字数 2,709文字

 対戦表示された甲冑は、イサラエス国のジュリア型だった。
 「乱入って、よくあります。あたしもたまにするし。」
 ミーナは、対戦を受ける操作をしながら言った。
 「あれって性能半端なく高いから、誰でも勝ちに来るよ。」
 「そうなのか。」
 ヤジンは、実際に戦った蒼いジュリアⅢを想い返して内心期するものがあった。
 「敵の甲冑まで登場させるなんて、ご苦労なことだな。」
 「基本強いし、カッコいいでしょう。人気あるよ。……これで、対戦モードはオーケー。パパ頑張ってください。」
 ヤジンは、対戦して直ぐに分かった。乱入相手の操作は巧く戦い慣れているが、甲冑の性能の高さに助けられていた。
 『甲冑の性能の差が絶対でないことを教えてやりたいが……。腕だけではダメってことか。』
 そう胸の内で思うヤジンは、昔気質が抜けきれない軍人だった。信じるのは自分の力だけと、受け入れ戦える潔さがあった。
 ゲームの中でジュリアと対戦しながらルントの野戦で戦った蒼い甲冑を想い重ねていた。
 『あれは、普通じゃなかった。』
 蒼い甲冑の動きは、気持ちの先を行くような違和感があった。甲冑の戦績では自他ともに認めるヤジンをしても一弾も中てられなかったのだ。
 『あんなバケモノもいるのが戦場ってか。』
 対戦ゲーム上では、ジュリア型甲冑に命中させることができた。武器の火力が違うのかジュリアの装甲が特殊なのか連打しても致命傷に至らなかった。それに対してヤジンの使う甲冑の装甲は、脆く近接弾でもダメージのゲージが下がった。
 「限界だな……。」
 ヤジンは、悔しさを隠し呟いた。長い激闘の末に敗北した。ミーナは感心して称賛の眼差しを向けた。
 「すごいよ。この甲冑でこんだけジュリアと戦えるの初めて見た。」
 「褒められたかな。」
 ヤジンは、苦々しく笑った。対戦して気付いたのは、実戦データを元に加味してジュリア型の性能が調整されていることだった。シミュレーターのジュリアとの対戦を体感したヤジンは、唇を引き締め胸の内で呻いた。
 『本物のジュリアは、こんなもんじゃねぇ……。』
 「わたしたちも、対戦しよう。」
 ミーナは、誘った。
 「わたし、ここでトップテンに入ってるよ。女子では、天辺ね。」
 ヤジンの戦い方は、ゲームでも実戦と同じだった。冷静に余裕をもって相手の実力を見極めながら対処した。ミーナの必死で挑み来る戦い方が面白く楽しみながらヤジンは、無理をせず大人の対応で五分に保ち最後はミーナに勝ちを譲った。
 「……もう少しだったね。」
 ミーナは、得意満面だった。
 「なかなかやりますね。でも、わたしの方がちょっと強いですか。」
 「そうしておくか。」
 帰りのバイクの後ろでミーナは、ご機嫌だった。
 「もしかして、昔、凄いゲーマーだったりしてます。」
 「そうかもな、」
 ヤザンは、風の中で苦笑した。背中に伝わる勝気な少女の感覚が昔に忘れた愁いを想い出させた。
 アパートでは、姉のエレーナが夕食の準備を始めていた。
 「子守のような真似をさせてすみません。」
 「いいさ。俺なりに若い奴らの遊びを教えてもらっている。」
 ヤザンは、正直に言った。
 「結構、面白い。」
 エレーナが、声を出さずに笑った。その夜の食卓は、ゲームセンターのことで盛り上がった。

 朝が早いのは、軍人としての習慣が抜けきれないからだった。肉体を鍛えるのも日課になっていた。ひと汗かいた後、シャワーを使い近くの屋台で朝食を買い求めた。事務所に戻ると、程なくゲモンが二日酔いで現れた。
 「安い酒は、残るな。頭痛ぇ……。」
 ゲモンが、頭を振りながら言った。
 「昨日の朝来た学生は、どこの子だ。」
 「屋台で知り合った。」
 ヤジンは、適当な嘘をついた。
 「近所の子だろう。」
 「なんだ。ガキが好みか。なかなか可愛かったじゃないか。」
 「そんな高尚な趣味はないさ。」
 そう言い放ちヤジンは、一笑に伏した。ゲモンの紹介で女を呼んだのを想い返し苦笑を向けた。
 「だよな。脂の乗ったのが一番だ。」
 ゲモンも高笑いして話題を変えた。
 「ところでだ。水中でも乗れるか。」
 「なんだ。いい話か。」
 「おぅ、良いのが沈んでいる話を小耳にしたんだ。」
 「機械は、どうする。まさか、あの中古を使うのか。」
 ゲモンが仕事の合間に修理している小型の人型作業機械があった。
 「おうょ、もう直ぐ使える。」
 「操縦室に隙間があるあるじゃないか。」
 「水中作業着に酸素ボンベをつければ問題ない。」
 「おぃおぃ、本気か。」
 「ああ、甲冑の部品が足りないんだ。」
 「特別手当を付けるなら考えてもいいぜ。」
 「お宝が拾えれば色を付けるぞ。」
 ヤジンは、時々来る不穏なトラックに甲冑の部品を積むことがあった。
 「得意先があるのか。」
 「詳しくは話せないが、金をかけて甲冑で格闘している元締めだ。」
 そのような興行があるのをヤジンも噂で知っていた。
 「なるほどな。観戦はでるのか。」
 「かけないと入場はできないな。」
 「行ったことがあるのか。」
 「お得意様だからな、付き合いもあるし、たまに顔を出してる。」
 「分かった。とりあえずは、修理を手伝う。川の底で死にたくないからな。」

 ヤジンが昼寝をしていると、小窓を叩くミーナに起こされた。
 「今日、昼までだったから。ちょっと早いけどお迎えです。」
 顔なじみになったミーナは、遠くのゲモンに笑顔で手を振ってバイクの後ろに乗った。
 「あたしもバイク走らせたいな。運転教えてくださいよ。」
 「足届かんだろう。」
 「パパが後ろでフォローしてよ。そしたら倒れないでしょう。」
 「考えておく。」
 エレーナから頼まれた買い物にヤジンは付き合った。
 「ちょい、遠回りいいですか。」
 立ち寄ったのは、軍属の集合墓地だった。墓石に戦没者の名前が並んでいた。一つを示してミーナが説明した。
 「お父さんが眠っているの。」
 ミーナは、ボトルの水を注いでから空に掲げ語りかけた。
 「頑張ってるよ。いつも見守ってくれてありがとう。乾杯。」
 そう言ってミーナ自身も水を飲んだ。帰りのバイクでミーナは、独り言のように囁いた。
 「お父さん、バイクが好きだったんだ。」

 ミーナがヤジンを誘って墓地に参拝したのをエレーナは知っていた。
 「妹が、無理を言いましたか。」
 「いや、気にするな。」
 姉妹の父親が軍属として徴用され物資の運搬作戦中に戦死している話を聞かされた。戦地で数多く軍属の犠牲が出ているのをヤジンも知っていた。正規兵よりも遺族年金が少なかった。
 「嫌な話を聞かせましたか。」
 エレーナは、静かな口調で続けた。
 「妹は、よくお参りしています。」
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